第27話 何ができる
翌朝、俺はいつもの通り学校へ向かった。
昇降口で靴を履き替えて、自らの教室へ向かう。
無駄に長く感じる廊下を歩いていると、奥の方から二人の生徒が歩いてくるのが見えた。
一方は男子で、もう一方は女子だ。
女子生徒の方は、遠くからでも誰だか見分けることができた。
渡辺風香だ。
少し前に、俺のことを呼び止め、なぜか場所を変えて自身の落とし物について聞いてきた彼女だ。
対して男子生徒については、どこかで見たことがあるような…という程度だった。
まぁいわゆるイケメンであることに違いはないのだが、どうも俺の中では印象が薄いようだ。
俺と風香たちの間が5メートルほどになった時、突如として風香が立ち止まり、俺に話しかけてきた。
「ねぇねぇ、ちょっといい?」
かつて俺が彼女に話しかけられた時と、同じ調子で。
朝から呼び止めておいて何事かと心配する俺の胸の内はつゆ知らず、風香と男子生徒は、俺を屋上の手前にある踊り場のような場所へ誘導した。
教室のある階からちょうど1つ上に上がったところにあるそこは、まず人が来ない。
そのため、掃除も行き届いておらず、少々ほこりっぽい。
よく小説とかアニメとか映画で、生徒が学校の屋上に出入りして、昼食をとったり、ましてや告白をしたりするなんていうシーンがあるが、俺の学校でそんなことは到底できない。
屋上に行くのなんて、せいぜい避難訓練の時くらいだ。
だから必然的に、避難訓練の時くらいしかこの踊り場にも来ない。
「ごめんね、朝早くに呼び止めたりなんかして」
「いや、それはいいんだけど…用件は何?」
俺が尋ねると、風香は男子生徒の方に目をやって、話し始めるように促した。
「えっと、初めまして、だよね?南條君」
「なんで俺の名前知ってるの?」
「まぁ、人づてにね。俺は坂本誠。一応風香の彼氏やってます」
ザ・イケメンといった風貌の彼は、さわやかにそう語る。
とはいえ、人づてに俺の名前が知らない人に伝わっていたと聞かされたので、少し気分が悪い。
「はぁ。初めまして。それで、なんで俺を呼び止めたの?」
状況が読めないことへの怒りで、俺は少し語気を強めた。
「うん、最近南條君、保健室によく行ってたよね」
「まさか監視してたの?さすがに気持ち悪いよ」
「いやいや監視だなんてとんでもない。風香とか俺が通りかかった時に、保健室に入っていく君を何度か見かけただけだよ」
その言葉の真偽がわからないほどには、俺は目の前の二人への不信感を募らせていた。
「でさ、この学校には保健室登校をしている女子生徒がいるっていう話を聞いたんだ。人づてに」
やたらと最後を強調する彼の口調にはイラっときたが、俺はなるべく平静を保った。
「もしかして最近、その子と仲良くしたりしてる?南條君」
「なんでそんなこと聞かれなきゃいけないのかな?関係ある?」
「いやいやそんな怒らないでよ。ほら風香、自分からも言いたいこと言いなよ」
今度は風香の方から何を言い出すのか。俺はさらに身構えた。
「南條君の反応を見る限り、仲良くしてるっていう認識でいいんだろうけどさ…なんで仲良くしてるか…教えてくれない?」
意味が分からない。
俺は無意識に口から、「は?」とこぼしていた。
俺には、風香たちの質問に答える義務がないというのは明白だった。
なぜそんなことを聞くのか。
そしてもう一つ気になるのは、2人が、特に風香が、柚希とどんな関係なのかということ。
いくつもの”わからない”が重なって、俺の脳は怒りを忘れて思考を止めてしまった。
「なんで…そんな質問するの?そこがわかんないとさ、何も答えられないよ、こっちも」
「うーん…できればこれは言いたくなかったんだけど…」
そう言うと、風香は一度誠の方を一瞥してから、こう冷たく言い放った。
「だって私、古賀さんのこと嫌いだから」
「え…?」
俺の声は、ひどくかすれていた。
突然呼び出されて、何を聞かされるのかと思えば、この様だ。
いきなり柚希が嫌いだと打ち明けられても、俺はどういう反応を示せばいいのかわからない。
「いや…嫌いだからって俺に話しかけてくるのはおかしいじゃん。嫌いなら嫌いで関わらないようにしてればいいのに、なんで俺に話しかけてきたわけ?」
「だって古賀ちゃん、なんか入院してるらしいじゃん。南條君のことだから、お見舞いにも何度も行ってるんでしょうけど」
最後の一文に底知れぬ怒りが込み上げてきたが、俺は歯を食いしばって耐える。
「私たちが南條君に話しかけたのは、もう古賀ちゃんと関わるのはやめた方がいいってことを伝えるため。君自身のためでもあるんだよ?」
「俺自身のためって…そんなの思い上がりだろ?俺が関わる人は俺が決める。誰に何を言われようが関係ないよ」
「はぁ…じゃあさ、今から言うことを聞いても、それでもあの子と仲良くし続けようって思う?」
「は?」
俺は怒りに任せて素早く返答する。
「あの子、中学時代に何人も男をとっかえひっかえしてたらしいよ。そんで、高校入ってからも、私可愛いでしょ、みたいな雰囲気振りまいてんの。男にしか目がない自分大好きちゃんなんだよ」
「てめぇいい加減に…」
俺が風香に近づこうとするも、すぐ隣にいた誠に間に入られてしまう。
(ボディーガードなんかつけやがって…そっちは言いたい放題かよ…)
俺は心の中で悪態をつくが、こちらも言われてばかりではいられない。
中学時代のことはわからないが、事実無根と信じたいし、高校での彼女は自分の容姿を鼻にかけることなんかない。
むしろ、自分への自信がないような一面を見せることもあるくらいだ。
「言いたい放題言いやがって。悪いが俺から見た古賀さんはそんな人じゃない。彼女の可愛さに嫉妬してるのか知らないけど、古賀さんを悪く言わないでくれ」
「嫉妬…ねぇ…」
そう言うと、風香は屋上へ続く扉の大きな窓へ目をやった。
俺も彼女の目線を追ってみるが、そこにはざらざらした表面のガラスがあるだけ。
俺は記憶の棚から、あることを引っ張り出した。
『柚希、高校入学してすぐにクラスでいじめみたいなことがあって、それで保健室登校になっちゃったんだよ。いじめる理由もすごい理不尽なものでさ。一方的な妬みだったんだよ?』
少し前に、白本さんから聞いた話だ。
風香の話を聞けば、彼女が柚希へのいじめの主犯──ではなくとも、何らかの形でいじめに加担していると考えてよさそうだ。
「古賀さんが教室に行けなくなる理由を作ったのは、君?」
俺は思い切って聞いてみた。
すると、風香は少し間をおいて答えた。
「イエスかノーで答えるとしたら…イエスになるね」
「っ…」
「でもさぁ、誰しも嫌いな人は視界に入れたくないじゃん?仲良くしたい人とか、好きだなぁって人だけそばにいてほしいって思うじゃん」
「ふざけんなよお前!!」
「ちょ、そんな大きい声出さないでよ。誰か来たらまずいじゃん」
「気に入らない人がいたから教室に来られないようにした!?なんだよそれ、自己中心的すぎんだろ!!さっきお前は古賀さんのことを自分大好きとか言ったよな?それまさにお前のことじゃねえかよ!自分のこと棚に上げて、罪のない人の高校生活奪ってんじゃねぇよ!」
人生最大とも思える声量で俺は怒鳴った。
風香が女子ということも忘れ、殴ってやりたい思いだったが、誠による全力の制止でそれは叶わない。
そして、俺の言葉は風香には響いていない様子だった。
「必死すぎだよ。でもまぁ、誰に何言われても、私は私のやりたいようにやらせてもらう」
「それってさ、これから古賀さんがケガから学校に復帰して、その先教室に戻れるようになっても、お前らはまたいじめるってこと?」
「ん-、どうだろ」
ふざけんなと吐き捨て、俺は背後の壁を殴る。
アドレナリンのせいか、拳に痛みは感じない。
「そういうことだから、じゃあね」
「おいちょっと」
俺が言葉で制止しようとするも、二人は手をひらひら振って階段を下りて行ってしまった。
「なんだったんだよ…」
言いたいことだけ言って去っていった彼らに、底知れぬ怒りと憎しみ、そして柚希への恋情からくる、悔しさ。
全てが入り混じった重りのようなものに押し潰されそうになった俺は、意図せずその場に座り込んでしまった。
(結局、何もできてねぇじゃねぇか…)
不定期更新になるかもしれません…
申し訳ございません。




