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第19話 変わらない人、変わる人

柚希は火曜日も学校を休んだ。


朝、白本さんの顔色をうかがうと少し暗かったし、2限の終わりに理子から休みである旨の連絡を受けた俺も、気落ちしたものだ。


そしてまた昼休みがやってきた。

「あれ、今日も古賀ちゃんは休みなの?」

「あぁ、普通に心配」

「体調でも悪いんかなぁ」

今日も今日とて泰正と昼食を共にしているわけだが、今日の泰正はコンビニで買ってきた弁当をほおばっている。

のり弁から香ってくる海苔のにおいが鼻腔をかすめ、俺の食欲までそそられる。


まぁそんなことはどうでもよくて。

「保健室登校してるわけだし、普段から休みがちだったとかはないの?」

紙パックに入った桃ジュースをチューチュー吸いながら尋ねてくる泰正に、俺は少し語気を強めて言った。

「いや、ないよ。根が真面目だし、前向きな性格してるから、休みがちってことは考えにくい」

「そうか…だとすると理由はわからんままだな。まぁでもそんな暗い顔してんなよ。俺まで気分下がっちゃう」

「それもそうだな。とりあえず、あんまり考えすぎないようにしてみる」

「おう。そういや、今日は俺部活ないんだよ。帰りにゲーセンでも寄ってくか?気分転換」

「行っとくか」

「決まりだな」

ニヒッと笑った彼は、中学時代から変わらないように見えて、俺の心は軽くなった。

最近の俺は気分転換しすぎだと思うが…まぁ、いいだろう。


放課後になって、俺たちは学校を後にし、駅までの道の途中で左に曲がって少し進んだところにあるゲーセンに行くことにした。

「久しぶりに来たわここ」

「俺も。最近はもっぱらゲームは家でやってたしな」

この町に古くからあるこのゲーセンには、小学生のころなんかは休日に電車を乗り継いでよく来たものだ。

だが、携帯ゲーム機やスマホを使うようになって、訪れる機会はめっぽう減った。

それは俺たちだけではないようで、店内は閑散としている。


「久しぶりに来てみるとやっぱりいいもんだな。ささ、今日は遊ぶぜぇ!」

「よっしゃ。じゃあまず何する?」

「やっぱあれだろ!」

そう言って泰正が指さす先には、長らくやっていなかったレーシングゲーム。

赤い帽子をかぶった某有名キャラクターが出てくるおなじみのあのゲームではなく、アメリカの市街地に張り巡らされた道路を舞台に繰り広げられる、警察と犯人のカーチェイスをイメージしたもの。


「うわ懐かし。全然やってなかったよこれ」

「だろ?でもツミッチで車ゲーはやってたし、いけるっしょ」

「それは言えてる。早速やるかぁ」

俺たちが中学生の頃に発売された携帯ゲーム機、通称ツミッチでも車のゲームはたしなんでいたし、そこまで腕は落ちていないはず…

そんな淡い期待を抱き、俺は泰正のとなりに腰を落ち着け、100円を投入。

ゲーム開始の音が鳴り、モードの選択画面になる。


「店内対戦だな」

「おっす。さて、腕が落ちてないことを祈る」

俺がこぼすと、泰正は苦笑いを浮かべ、

「昔の広哉、めちゃくちゃ強かったからな~。まぁツミッチでもボコられてたけど」

と漏らした。

そう、我ながら俺はゲームの腕に自信がある。

互いの家でゲームをやった時にはほとんど俺が勝っていたし、ゲーム内で開催されたオンラインの全国大会では、何度か100位以内に入ったことがあった。

(まぁ全国大会の予選ではあっさり負けたけどな…)


『3・2・1 START!』

久しぶりに聞くスタートの合図が脳内に入ってきて、俺は足元のアクセルペダルを踏みこんだ。


『VICTRYYYYYYYY!!!!!!!』

結果。俺の圧勝。


「いや、わかってたけど!わかってたけども!悔しいよこんな完膚なきまでに打ちのめされたら」

「あっはは、まさか泰正の腕も落ちてるとは。そこまで考えが及ばなかったよ」

「広哉ぜんっぜん腕落ちてないじゃねぇか!ちっとは手加減せい!」

「いやぁ、やっぱり圧勝した方が気持ちいいじゃん」

「おのれ~!!」

俺が勝利の余韻に浸り、泰正は悔しさに埋もれるのであった。


その後は、若かりし頃(まぁ今も若いのだが)に戻ったように、クレーンゲームやら、昭和感漂うレトロなアーケードゲームを2人でやった。


時間を忘れるくらいにいろんなゲームをした。

柚希のことも忘れそうになるくらいに。


「さ、そろそろ帰るか」

「いい時間だしね。今日はサンキュ。気にかけてくれて」

「全然!思いつめてもいいことないからな」

「おう」


俺たちは一緒に帰路に就く。

「明日は古賀ちゃん、来るといいな」

「そうだな。昼休み寂しいし」

「なんだよ、俺じゃ不満か?」

「んふふ」

「そこは否定してくれ…」

俺たちはまだまばらな光しか放っていない星空のもと、軽口をたたき合う。


明日へのかすかな、それでいて確かな希望を言葉に込めながら。


翌日の昼休み。この日は理子からの連絡がなかったので、俺は柚希が登校していると信じて、保健室までの道を歩く。

(どんな顔して会えばいいんだ…?普通に久しぶりって声かければいいのかな…)

答えのない問いを自分にぶつけ、なんとかその答えを見つけ出そうとする、ということを繰り返す。


そして保健室の前にたどり着いたのだが。


ドアを開けるのをためらってしまう。

迷ってる時間はもったいないものであり、とっとと開けてしまえばいいということを、頭では理解しているのに、体が言うことを聞かない。


「っつ…ぁ………ふぅ……」

自分でも聞いたことのない声にならない音を出しながら、俺はドアに手を伸ばす。

そしてまた引っ込める。


これを何度か繰り返して、やっと決心がついた。


ガラララッ───


「どーも。古賀さん来てます?」

俺は恐る恐るドアを開け、なるべく平静を装って部屋の奥の方に声をかける。


「いるよー」

間髪入れずにいつもの柚希とさほど変わらない調子の声が返ってきて、ほっと胸をなでおろす。

そして俺はそのまま声のした方へ歩みを進める。


「やっほ。日曜日ぶりだね」

「だね。元気だった?」

「ぼちぼちって感じかな。今日は調子よかったから、久しぶりに来たんだ」

「そっか」

こうして直接会って話してみると、柚希の様子がやっぱりおかしいことを痛感する。日曜日ほどではないが、やはりどこかつかみどころのない感じというか、本心を隠されているような気がする。


「なによ広哉、久しぶりに会えたってのに嬉しそうじゃないじゃん」

視界の端っこで理子が何か言っているが、聞こえない。

(まぁ嬉しくないわけがないんだけど、それを前面に出すのはさすがにな…)


「今日は勉強はやめとく?」

俺は念のためと遠慮がちに尋ねる。すると、柚希は申し訳ないといった表情で

「うん。せっかく来てくれて申し訳ないんだけど、今日はパスかな…」

と言う。これについては仕方ないというか、予想していたのもあり、俺はにこやかに答えることに努めた。

「無理しないでいいからね。そういや白本さんから聞いたけど、いろいろ大変だったみたいだね。全然知らなくて。なんか俺にできることあったら何でも言って」


「日菜と…?話したの…?」

もっと前向きな反応が返ってくると思っていたのに、柚希の反応は芳しくなく。

俺は動揺してしまう。なにかまずいことがあったのか。でも考えてみれば当然のことだ。自らの辛い過去を本人の知らないところで話されたら、そりゃ嫌な気分にもなる。


「ごめん。気になってというか、白本さんが古賀さんのこと心配して、それで何か知らないかって俺に聞いてきてさ。その時の流れで聞いちゃった…みたいな…感じ。でもそうだよね、古賀さん本人がいないところで話しちゃうのはよくなかったよね。それも、明るい話題じゃなかったし。ごめん」

俺が慌てて謝罪の言葉を並べるも、柚希が気にしていたのはそのことではなかったようで。

「いや、そのことはいいの。ただ、日菜って人見知りだし、誰かと積極的に関わろうとするなんて、いままであんまりなかったから、ちょっと…意外で…」

「そ、そっか。でもそれはいいことだと思うな、白本さんにとっては」

「南條君にはそう思えるんだね。でもそっか、日菜も変わっちゃったんだ…」

そうこぼす柚希は、声も、顔も、切ないものとなっていた。

社交的になることは白本さんにとって悪いことではないように感じるのだが、柚希には何か思うところがあるようだ。


だが、今の俺にはそれが何なのかわからなかった。


ピロンっとスマホの通知が鳴る。

確認すると、理子からのメッセージ。

(なんでこの至近距離にいながら間接的に伝えてくるんだよ…)


『広哉君。君はまだまだ乙女心というものを知らないね』


何言ってんだこの人とは思ったが、俺はなぜかスマホの画面をすぐに閉じることができなかった。


少し気まずくなって奥の窓の外に目をやれば、灰色のどんよりとした雲がのっそり、のっそりと進んでいた。


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