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第1話 プロローグ

所々汚れた白い扉の前に俺は立つ。

銀のプレートに手をかけ、扉を引くと、鼻に飛び込んでくる消毒液の匂い。もうずいぶん嗅ぎ慣れて、以前のように顔を顰めるといったことはなくなった。

「やっほー、遅かったね」

丸椅子に腰掛け、こちらに控えめに手を振る美少女の名前は、古賀柚希(こがゆずき)。いわゆる、”保健室登校”をしている生徒だ。


同じ高校1年生とは思えない大人っぽい雰囲気と、抜群の容姿を目の当たりにすれば、クラスにはすぐに馴染み、たくさんの友達に囲まれて、よく漫画や小説で見るような青春を送るのだろうと想像するのは難しくない。

そんな彼女が保健室登校をするに至った経緯を説明するには、少し昔話をしなければならない…


5月も半ばとなったある日。俺は保健室の扉の前に立っていた。


別に俺には保健室の周りを徘徊するとかいう、怪しい趣味があるわけでも、保健室に行った友人を見舞いに来たわけでもない。ただ単に4時間目の体育の授業中、解けた靴紐に足を取られ、転んでしまったからだ。特に理由がないなら、怪我の治療を早くしてもらいたい一心で、迷うことなく扉を開けるだろう。しかし、俺が扉を開けるのを戸惑うのには、ある理由があった。


その理由が頭をよぎったストレスのせいかは知らないが、足の傷の痛みも強くなってきたので、俺は意を決して扉を開けた。


「失礼します」

扉を開けると、消毒液の強烈な匂いが鼻を突く。思わず顔を顰めた俺は、歩みを進め、保健室の左奥にある養護教諭の机を目指す。


そこには2つの顔があった。1つは見慣れた中年女性の顔、もう1つは、先輩だろうか、とても大人びていて、一言で言ってしまえば美人の顔だった。俺と同じ制服を着ているので、同じ高校の生徒だとわかるが、とても同学年には見えない。そんな彼女に一応目礼する。


「お、広哉じゃん。どうしたー?」

「体育の授業で転んじゃって」

「ありゃりゃ、結構傷でかいね、座ってー」


そう言って、俺に近くの長椅子に座るよう促したのは、この学校で養護教諭、つまりは保健室の先生を務める、指田理子(さしだりこ)である。そして、この人こそが、俺がさっきまで保健室に入るのを躊躇(ためら)っていた理由そのものである。


「相変わらずドジっ子だねぇ、広哉は」

「やめてくださいよ」


俺の母親──南條美里(なんじょうみさと)と大学からの友人である理子は、俺が小さい頃はよく我が家にも遊びに(?)来た。俺のことを気に入っているのか、ちょうどいいからかいの対象と思っているのか定かではないが、俺を校内で見かけるたびに友人のように話しかけてくる。

そして、話したいだけ話した後に、鼻につく言葉を放って去っていくのだ。


「美里ちゃんは元気?最近会えてなくてさ」

「元気にしてますよ。今朝も俺がなかなか起きて来ないことにブチ切れてそのまま仕事に行きました。長生きしそうですよ」

「そっかそっか、何よりだね」

ふふっと愉快そうに笑いながらも、俺の足を手際よく手当てしていく。そこは流石に慣れているだけあるなと思わされる。


「はいっ、おしまい。もう転ぶなよー、女子の前でコケたらダサいぞー?」

「はいはい、気をつけますよ」

これまた一言余計だ。これ以上ここにいても、理子に何か言われかねないので、俺は教室に戻ろうと長椅子から腰を浮かした。

「ありがとうございましたー」

「あ、ちょっと待って。君に紹介しておかないとね」


思いがけず理子に呼び止められ、俺はたじろいだ。


「え、なんですか」

「ほら、この子を紹介したくてさ」


そう言って理子は隣に座る女子生徒を手で示す。


「古賀柚希ちゃんね。広哉と同じ高1だよ」

「初めまして、古賀です」

理子にそう紹介されたその美少女は、ペコりとお辞儀をする。


「は、はあ。あ、南條広哉(なんじょうひろや)です」

「よろしくね、南條くん」

俺と同じ高1ということに驚きを覚えつつ、何がよろしくなのかはわからなかったが、俺も一応頭を下げておいた。


「まぁ柚希ちゃんはいろいろあって保健室登校してる感じなんだ」

「そうだったんですか」

あまり興味がなさげに相槌(あいづち)を打つ俺を見て、理子が口を俺の耳に寄せてきた。


「美人でしょ?仲良くなりたいんじゃないのー?」

「っ…」

鏡を見ずとも自分でもわかるくらい頬が紅潮したのを、俺は自覚した。


「なっ、何言ってんですか!やめてくださいよ」

俺は柚希に聞こえないよう、小声で、でも怒気を込めて理子に抗議する。


その様子を見た理子はニヤリと笑って

「あー、そう言えば柚希ちゃん、勉強苦手だったよね?広哉って実は勉強できるんだよー」

と言い放った。俺も柚希も予想外の爆弾発言である。


「えそうなの!?」

「いや、そんな自慢できるほどでは…」


理子の発言は完全に不意打ちだったが、美少女に憧憬(しょうけい)の眼差しで見られては、思春期の男子高校生は照れてしまうのである。


「謙遜しないの、毎回テスト順位高いじゃん。前は学年4位だったっけ?」


「うわ、すごっ。私勉強は全然だからなぁ…」

「そうだ、広哉放課後とかどうせ暇でしょ?勉強、教えてあげればー?」


女性陣の会話のスピード感についていけなかった。が、最後の聞き捨てならないフレーズだけが、脳内で何度もリフレイン。


(勉強、教えてあげればー?勉強、教えてあげればー?勉強、教えてあげればー?)


俺は数秒したのちに、やっとの思いで喉の奥から声を絞り出した。


「はへ?」


「ぶふっ」

綺麗とはほど遠い笑い声の主は、理子だった。


「なんで笑うんですか!」

「いや、はへって面白すぎでしょ、あはははは!」

「しょうがないですよ、いきなりそんなこと言われて。古賀さんもびっくりしましたよね?」


理子に抗議しても無駄だろうと察し、俺はこの場における唯一の頼みの綱である、柚希に話を振った。


「いや?私はむしろありがたいかなー、ホントに勉強できないし」

「えぇ…」


蜘蛛の糸に(すが)る思いで柚希を頼ったが、その糸は切れてしまったようだ。


「さぁて、あとは広哉がいいよって言えば決まりだけど、どうするの?」


柚希の賛同も得られてさらに調子に乗った理子にそう畳みかけられる。


「えぇ…いや、一応写真部だし、放課後空いてない日もあるよ」

「来れる日だけでいいのよ、そんな、毎日勉強してても柚希ちゃん疲れちゃうし」

「ん-、そうですか。わかりました。まあ、検討します。とりあえず、戻ってもいいですか?昼休み終わっちゃうんで…」


時計を見ると、昼休みが終わりに近づいていたので、俺は曖昧(あいまい)に返答し、この場から去ることにした。


「うん、いいよー、いい返事待ってる」

理子にそう言われ、ほっと胸を撫で下ろした。


「それじゃ、怪我の手当て、ありがとうございました」

「じゃーねー」


2人に見送られ、俺は保健室を出た。


(なんだったんだ…)


俺は大きな疑問を胸に抱えつつも、自分の教室へと戻った。


昼休みの後は、5,6時間目の授業を適当に受け、部活もなかったのでそのまま帰宅した。


「ただいま」


両親とも仕事に出ているので家には誰もいないが、俺はつぶやいた。自室へ行き、荷物を置く。堅苦しい制服を脱ぎ、パジャマに着替える。ちなみに我が家には部屋着という概念がないため、俺のクローゼットには、出かけるときに着る私服、制服、パジャマの三種類しか入っていない。


この日は季節外れの陽気で、ワイシャツも俺の汗で少し湿っていた。部屋の中も少し暑かったため、俺はエアコンのスイッチを入れた。しばらく使っていなかったためか、エアコンから出てくる風は少しだけカビ臭い。リビングへ行って、冷蔵庫から麦茶の入ったボトルを取り出し、適当にコップを取って注ぐ。それを持って自室へ戻り、俺は携帯ゲーム機を起動させた。普段、母さんが帰ってくるまではたいていゲームをして過ごす。


ゲームを始めて1時間くらいが経ち、玄関のドアが開く音がするのと共に、母さんが帰ってきた。


「ただいま~、今日も疲れた~」

「おかえり」


俺は自室を出て玄関まで出迎えに行く。そして母さんが荷物を置き、パジャマに着替えて(当然母さんも部屋着など持っていない)手洗いうがいをし終わるのを、俺はリビングでテレビを見ながら待っていた。


「すぐ夕飯作るね、今日は肉じゃがにしようと思ってるの」

「うん、わかった」


そう答えるのとほぼ同時に、母さんが冷蔵庫を開け、夕飯の準備をする音が聞こえてきた。


30分ほどすると、肉じゃがのいい匂いがリビングに充満してきた。ちょうど空腹がピークに達してきた頃合いだったので、俺の期待も膨らんだ。


「できたよー」


少しして、母さんが俺を呼んだ。はーい、と返事をして、ダイニングテーブルの椅子に腰を落ち着かせた。


「いただきます」

「召し上がれ」


いつもの通り挨拶をしてから、俺は夕飯に箸を伸ばした。俺はおかずから食べる派の人間なので、初めに肉じゃがに手を付けた。じゃがいもをかんだ瞬間、まろやかな出汁がじゅわっと染み出してくる。俺が肉じゃがを堪能していると、母さんが、あ、そうだと話し始めた。


「理子ちゃんから連絡あったんだけどさ、なんか、女の子に勉強教えることになったんだって?」


あまりにも単刀直入な母さんの発言に、俺はたじろいだ。


「い、いや、まだ決まってないよ」

「あれ、そうなの?」

「そもそも、指田先生がその場のノリというか流れ的な感じで勝手に話を進めただけで…」


早口で否定する俺を見た母さんは、楽しそうに、そしてしみじみと言った。


「学校楽しそうね、理子ちゃんがいてよかったわー」

「あ、、うっ、、」


今まで学校での話を家庭であまりしない俺としては、嬉しそうにする母さんを見て、複雑な気持ちになった。


「まぁさ、理子ちゃんが言うんだからきっと悪い子じゃないと思う。前向きに検討してあげてよ」

「まぁ、うん。明日また保健室行こうかな」

「うん」


そう母さんが言ったのを最後に、俺は食事を再開した。この話をする前とは、少しだけ味が変わった気がした。

さて、こちらカクヨム様にて半年ほど連載させていただいている作品になります。


9万文字程度原稿はできておりますので、コンスタントに更新できればなと考えております!


長編となりますが、最後まで描き切りますので、応援のほどどうぞよろしくお願い致します!!

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