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活発で行動力に溢れる兄、カルロ。
気怠げで慎重さを備える弟、ハルト。
性格は真逆だが、仲の良さは評判になる程だった。
「うっし、こんなもんか。
ハルト、そろそろ終わりにしようぜ」
収穫後の畑を1/3耕し、カルロは満足気に弟を呼ぶ。
「ん。そうだね。午後にもう少し頑張れば今日中に終わりそう」
「はあっ? お前まだやる気か?
オレ、昼食ったら遊びに行くって言っちまった」
「別にいいよ。あとちょっとだし」
「けどよ~」
「それより兄さん、またあの人のとこ行くの?」
ハルトの言うあの人とは、最近村に移り住んだ青年の事だ。彼は3日に一度、子供達に剣術や読み書きを教えている。
「おう。ハルトも来いよ」
「………むり。家でゴロゴロしたい」
「またそれか。たまには外で遊んだらどうだ?」
「いいの。畑手伝ってるんだから、運動だってしてるし」
いつも通りの答えに呆れながら、カルロは持っていた鍬で素振りを始めた。
ハルトは、ぼうっと兄の背中を見ていたが、やがてカルロの変な癖を見つける。
「兄さん。重心が左にズレてるよ。
あと振り下ろすタイミングが少し速い」
「え、マジで?
どこら辺? これぐらい?」
指摘に腹を立てることもなく、あれこれポーズを変えながら試した結果。
カルロは周りも驚く程、メキメキ上達した。
その後も、行き詰まればハルトに相談を繰り返し、大人も舌を巻く様な成長ぶりを見せた。
3週間後
「ハルト~、今村に傭兵団が来てるらしいぜ」
「何でウチに」
「なんか国々を周ってるらしい。見に行かないか?
きっと本物の剣持ってんだよ。いいなー、見てぇなあ」
ハルトは乗り気では無かったが、カルロに引き摺られ、仕方なくついて行くことに。
「すげーっ、本当にいる!
なあって、見ろよ! ほら」
「ぐびっ首絞まってる、兄さんギブ、ギブっ」
「あ、わりわり」
怒られない様、少し離れた所から見ていた兄弟は、村長によってあっさり見つかる。
ちょっと覗くだけのはずが、何故か話の中心に担ぎ出され、ハルトの目はどんどん死んでゆく。
「団長さん。この子がカルロです」
「ああ、君かあ! 聞いたぞ、強いんだって?」
「へっ? や、いや、あの………」
「最近では、我々大人達も勝てないぐらいでねぇ。
どうですか。少し見てやってはくれませんか」
村長のゴリ押しに負けた団長は、この後滞在を1週間延ばすことになったとか。
「ぐすっ、もう行っちゃうんでずがぁっ」
「ダァコラ泣くな!
カルロ、お前はもっと強くなる」
「だ、だんぢょお~」
滞在最終日。
村の門まで見送りに来たカルロは、それはもう酷い泣き顔で、大男にしがみ付く。
団員達にニヤニヤ見られながら、照れた様子の団長は言った。
「カルロ。お前さん騎士学校に興味はあるか」
「えぐ、ずぴっ……き、ぎしぃ?」
「そうだ、騎士学校だ。
正直、その才能をココで腐らせるのは、ちと惜しい。
お前がその気なら、この推薦状をやる」
「でも、オレ、ただの農民だし………」
「大丈夫だ。実はな、傭兵団なんてやっちゃいるが、これでも騎士学校の出身なんだ」
「ぐすっ、団長、お貴族様だったのか?」
学校は、貴族か豪商の者達だけが通う場所。
それが、村の子供達の共通の認識だった。
カルロが戸惑うのも無理はない。
「んー、昔の話さ。
それより金の心配は要らねぇ。実力さえあれば、誰だって入れるぜ」
「ほ、本当にっ?」
「ああ。よく考えて、その気になったら王都に行くといい。この紹介状を見せりゃ、試験受けさせてもらえっから」
「う゛んっ」
こうして傭兵団は、次の目的地へと旅立った。
「いやー、にしても見込みのあるヤツでしたね」
「おう。アイツは化けるぞ」
村を後にした傭兵団は、カルロの話で盛り上がる。
「あー、でも! 私は弟の方も気になりましたよー」
「弟? ああ、あの変な名前の。ハルトだっけか?
不思議な響きだよなぁ。最近の流行りなのか?」
「さあ。というか、弟の方って何かあったっけ。
俺には普通……むしろ、鈍臭い感じに見えたけど」
「えーっ、見る目ないわよ、アンタ。
ねえ、団長?」
後方支援を得意とする団員の1人が、ハルトの話題を振ると、団長は眉を寄せた。
「団長?」
「ん? あ、ああ。そうだな。彼は良い目を持っている。
カルロの上達の速さは、弟のおかげだろう」
「え、ちょマジっすか!」
「ほら見なさい。私が言った通りでしょ」
「ええー? 納得できねー」
何となく変化を察した団員が、不思議そうに団長に尋ねる。
「何か気になる事でも?
うるさい様でしたら、彼奴ら黙らせますが」
「いや、違う。
弟の方を思い出しててな」
「気に入ってたんですか?
そのわりには、あんまり話しかけてませんでしたけど」
そう。この団員が言う様に、滞在期間中、団長はハルトとほとんど会話していない。
カルロに集中していたから、という考え方もあるが、答えは違っていた。
「なあ、お前は何か感じなかったか?
あの弟の異質さを」
「? まあ、子供にしては落ち着いてたような」
「………そうか」
「何かあったんですか? ハルト君と」
「いんや。ただ、苦労するだろうなと思っただけだ」
「はあ。そりゃカルロ君は優秀ですから、比べられるかもしれませんね」
「────、そう、だな」
出かけた言葉を飲み込んで、団長はそう肯定した。
「兄より弟の方が、よっぽどバケモンだ。魔物でも精霊でもねえ。もっと上のナニカに気に入られてるんだからよお」
「団長ー? なんか言いましたかぁ」
「独り言だよ、独り言。
ほらさっさと歩け! 日が暮れるぞ」
「「「は────い」」」
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半年が経ち、旅先の傭兵団から便りが届いた。
旅の話、カルロを気遣う言葉。そして。
『追伸
以前、ハルトが森に入れるという話をしていたのを思い出して、気になったので念のため書きます。
彼からは、人ならざる者の匂いを感じました。
恐らく、我々では対処出来ない程の存在に魅入られてしまったのでしょう。
森には気を付けて下さい。特に、得体の知れない特別なナニカには』
手紙を読んだカリナは直感する。
つい一昨日、ハルトが連れ帰って来た手負いの黒い獣のことだ、と。