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まあ、こんな所でいっか。
とりあえず、裏の森まで抵抗するクロを運んだ。
暴れたところで、ふわふわの毛に覆われてるからダメージゼロなんだが。
「───っ、ぷっはあ~!
おい! 殺す気か!」
「いや。口は塞いだけど、鼻は塞がなかっただろ」
「そういう問題ではないっ」
じゃあ、どういう問題なんだよ。
「にしても、相変わらず鬱蒼とした森だな」
「失敬な。此処は神聖な森なのだぞ!
本来であれば、お前の様な小僧が立ち入れる場所ではないのだ」
また意味の分からないことを、と言いたいところだが、これがあながち間違いではない。
この森は、何故か成人した者しか入れないらしい。
村で唯一にして最大の謎だ。
それなのに、俺が5歳くらいの時に普通に入ったもんだから、えらい騒動になった事を覚えている。
しかも、無傷で腕いっぱいに山の幸を抱えて帰って来た。
父さんも村長も、神隠しにあったんじゃないかって、大騒ぎしてたなー。
実際は、普通に入って、普通に山菜とかキノコを採っただけなんだけど。
まあ、なんとなく仮説は立っている。
恐らく、俺に前世の記憶があるせいだ。転生者だからって見方もあるかもしれない。
が、成人がミソなんだとしたら、前者だろう。
社会人やってたわけだし。
すごい、すごいと褒めてくれる大人達には悪いが、年齢詐欺の様なもんだと思う。
「なあ、クロは何で毎日ウチに来るんだ?」
「メシを食いにだが」
「え、何だって? ごめん、聞こえなかった」
抱っこする力をぎゅっと強めると、クロは正直に話し始めた。
「───────、─────────……
───と、言うわけだ」
ほう。つまり俺の霊力的な何かを吸い取ってたわけだな?
よろしい。戦争だ。
「待て待て待て!
何も言わずに力を分けて貰ったのは、悪いと思っている。
だから話し合おうではないかっ」
「なぁ~にが、悪いと思ってるだ!
この泥棒!」
「くっ、くうぅ~ん」
はん。俺がそんな見かけだけのぶりっ子ポーズに騙されると思ってんのか。
「きゅう~ん。きゅう、くぅ~ん」
「……そんなマネしても無駄だ」
「く~ん。ハルトォ、もふもふして良いから。一緒に寝てやるぞ? 抱き枕にしても怒らんぞ? ハルト~」
「…………くっ、騙されるな。これは罠だ。罠なんだ、俺! しっかりするんだ、ハルト」
「きゅう」
ぐっ。コイツ、自分の魅力を理解してやがる。
腹が立つのに、それを上回る圧倒的庇護欲。
恐ろしい子っ!
「はあ~~~。仕方ない。
次からは勝手に取るな。分かったな?」
「う、うむ! もちろんだ!」
どうなんだか。微妙に目が泳いでるぞ、クロ。
クロの話によると、俺には霊力というか、マイナスイオン的な何かがあるらしい。
クロと初めて会った時も、実は死にかけていたが、俺が手当てしたおかげで、驚異的な速さで回復したとか。
うーん。特に実感もないし、分からん。
だが1コ解決した事がある。
大人達が一緒だと、動物は近付いて来ない。
だけど俺1人の時は、動物達が寄って来る。中には果物や薬草なんかをプレゼントしてくれるヤツもいる。
なるほど。マイナスイオンのお礼だったわけだ。
あれ? でも、クロが一緒の時は、遠巻きに見て来るだけだよな。
「まさか、クロ。
お前、友達がいないのか?」
可哀想なヤツ。だからウチに毎日飯をたかりにっ。
「なんだ、その目は。やめろ。そんな目で見るな」
「よしよし。分かったよ」
「違う。絶対に違うぞ!
そもそも我は、高貴な存在だと言うておろう」
「はいはい。神の使いなんだよな。分かったって」
「むうぅっ、分かっとらん!
我は、誇り高き神獣なのだ。本来であれば、ハルト如きが気安く触れて良い様な……」
「お~よしよし、良い子だなー」
「だから我は、しんじゅ………もう少し右もかいてくれ」
それから10分程、俺はクロを撫で続けた。
「やべ、そろそろ戻らないと」
「メシか!」
「今日はダメだ。反省しなさい」
「くっ、ご馳走だというのに」
流石にバレて気まずかったのか、駄々をこねずに森の奥へ帰って行った。
いつもこれぐらい聞き分けが良いと良いんだかな。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
料理がひと段落すると、カリナは椅子に座って窓の外を眺めた。
「ふう。ハルトったら、また森に行ったのかしら」
だがその顔は、どこか浮かない。
村が出来て以来、初めて騎士を輩出するかもしれない家。
希望の星カルロと森に愛されたハルトの母親。
いつしか彼女は、村の有名人になっていた。
特別な子供を2人も産み、育てるカリナを村人達は賞賛する。
「本当にヒヤヒヤするわ。分かってるのかしら………クロだなんて、そんな安っぽい名前をつけていい存在ではないのよ」
毎日、自分が作った料理を満足そうに食べてくれる黒い獣。息子に抱っこされ、せっせと世話を焼かれる尊き存在。
見た目は確かに愛らしい。
それこそ唯一無二の愛らしさだ。
それでも、カリナは恐ろしかった。
もし、機嫌を損ねてしまったら?
もし、今以上にハルトを気に入ってしまったら?
そう思うと、恐くて恐くて堪らなかった。
「私は立派な母親なんかじゃない。
カルロが騎士学校に行けたのだって、本当はハルトが」
2年前の春の出来事だ─────