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「ハルトー! ご飯よーっ」
「今行くーっ」
結論から言おう。未だ夢の中である。
───と、言いたいところだが、流石に10年も経ったら夢とは言い難い。
くそっ。異世界転生って言ったら、もっと事前説明があるもんじゃないのか?
あんなテキトーな感じで転生させられるなんてっ。
「母さん、お皿の準備出来たよ」
「あら、偉いわねー。ありがとう、ハルト」
「うん」
俺は、農家の次男に生まれた。
農業とは無縁の暮らしをしてきたけど、案外これが楽しい。
田舎には学校なんて物はなく、毎日家の手伝いをしながら、のんびり生活している。
母さんが作ったオムライスもどきと、畑で採れたサラダに舌鼓を打っていると、窓をコツコツ叩く音が聞こえた。
「ふふっ。今日も来たのね。ハルト、入れてあげなさい」
「まだご飯食べてるんだけど」
「ダメよ。あの子は、ハルトにしか懐いてないんだから。
ほら、早く入れてあげて」
半年前に森で助けて以来、ほぼ毎日の様に奴はやって来る。
しかも、昼飯か夕飯時を狙ってだ。
「まったく。ウチは飯屋じゃないんだぞ」
「カリナのメシは美味いぞ」
そう言って、我が物顔で窓から侵入しやがる、赤ちゃんライオンと子犬を足して割った様な外見の獣。
ぶっちゃけ何の生き物か知らない。
まず喋れるのが、コワイ。
「おい、クロ。身体はちゃんと洗って来たんだろうな」
「ちっ。ハルトはいちいちうるさいな。水浴びはして来た」
「なら良いけど」
にしても毎度毎度、遠慮がねーな。
そして、そこは俺の席だ。
お前獣だろ? 何でぬいぐるみみたいに、ちょこんと座ってんだよ。
中身おっさんじゃないだろうな。小人族が着ぐるみ着てるんじゃないだろうな!
「ハルト。早く食わせろ」
「こら、そのメシは俺の分なの。あと1人で食えるだろ」
「む。嫌だ。ハルトが食べさせろ」
誰が想像出来るだろうか。人間の赤ん坊サイズの獣が、スプーンを使って子供に、あーんされる姿を。
しかも毎回膝の上。
仕方なしに、いつもの様に膝に乗せ、コイツ専用のスプーンでオムライスを口に運ぶ。
「ん、美味い」
「へーへー、良かったな」
「ハルト、次は葉っぱだ」
「おー」
クロは、何様だって言いたいレベルの我儘野郎だ。
だが、艶々の漆黒の毛並みに上質なシルクを綿にした様な手触り。おまけに瞳がキュルンとしてるもんだから、ついつい許してしまう。
正直に言って、めちゃくちゃ可愛い。
食後に口の周りを拭いて、尻尾の先までブラッシングしてしまうのも仕方ない。
この容姿が悪いんだ。くっっ、卑怯だぞ、クロ。
「ハルト、ブラッシングはまだか」
「はいはい。今やってやるから」
「うむ。今日は背中を中心に頼む」
こうして俺は急かされる様に、自分のご飯をかき込む。
次いで、せっせとクロの我儘に付き合わされるのだ。
「そろそろ、パパとカルロが帰って来るかしら」
陽もどっぷり沈んだ頃。
母さんが夕食の準備をしながら、ソワソワと言う。
「そうだね。そろそろかも」
「じゃあ門まで迎えに行こうか」
「ええっ? 家の前でいいじゃん。むしろ出て行く必要なくない?」
3週間に1回程、父さんは畑で獲れた野菜を街まで売りに行く。
当然ウチには馬を借りる余裕なんてない。
隣の村まで1時間かけてリヤカーで運び、荷馬車を借りて街まで出る。
往復で移動に4日。露店で3日。
だから父さんは毎月1週間、家を空ける。
子供から見てもラブラブな両親だ。
母さんは、その1週間がキツイらしい。
「でも、今回はカルロだって帰って来るし」
「3ヶ月前だって、それで兄さんに怒られたんじゃなかったの」
「ううっ、だって」
6つ上のカルロ兄さんは、村1番の期待の星だ。
2年前、旅の傭兵団が村に立ち寄った。
兄さんはその時才能を見出され、騎士学校の卒業生だったドーマさんが、推薦状を書いてくれたんだ。
それから王都の騎士学校の編入試験を受けて合格。
貴族クラスと平民クラスがあって色々大変らしいけど、成績も上々。
弟として実に誇らしい兄貴だ。
騎士学校は、一部の貴族を除いて基本寮生活。平民としては非常に助かる。
しかも平民は学費、寮費、共にタダ!
その分かなり狭き門らしい。俺の兄さんは素晴らしいな、うん。
「母さん、そんな事してたら兄さんが帰って来なくなっちゃうよ」
「けど王都なんて遠いから、なかなか会いに行けないし……」
「何言ってんの。その遠い王都から、長期休みの度に帰って来てくれてんだぞ」
「ゔ」
「兄さんも思春期なんだって。ご飯いっぱい作って待ってようよ」
母さんは「全く、ドライなんだから」とか何とかぶつくさ言いながら、凄まじい勢いで調理無双を始めた。
「お前は思春期ではないのか?」
「ん~、まだ10だしなー」
「10歳と言えば、そんなもんじゃないのか」
「人それぞれだよ、それぞれ」
「………どうにもハルトは年寄りくさいな」
黙れ、タダ飯食らいの獣が。
そもそも、死ぬ前も20代だったわ! 若者だ馬鹿野郎。
「そんな事言うなら、俺の腹の上からどけ。
昼寝なら十分だろ」
「なにっ?! ハルトのくせして生意気だぞ!」
「とっとと帰れ。夕飯は家族で食べるから」
「ふん、残念だったな。メシを作るのはカリナだ。
よってお前の指図は受けん」
コイツ、マジで憎たらしいな、おい。
「母さん、クロ帰るってー」
「あらそう?
喋るわんちゃんなんて珍しいから、カルロにも会わせてあげたかったんだけど」
「ちがっ、ふがっ、むむぅ~!」
「何々、早く帰りたいって?
分かったから暴れるな、クロ」
「ふんがっ、ふがあぁ─────!!」