浅羽 悠人は、何処にでもいそうな若者だった。
同僚達は、彼を「真面目」「要領が良い」「面倒見が良い」などと評価するが、あくまで一般的な基準の範囲でだ。
したがって、スピード出世する様な力量も、求心力のあるカリスマ性も持ち合わせてはいない。
ただ、彼が同年代に比べて違うところがあるとすれば、その育ち方にあるだろう。
だがそれも、大きな枠組みで見れば平凡な事情にすぎないのだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
え~っと、トマト買った、ナス買った、鶏肉、卵……あ、味噌買うの忘れた。
またスーパー戻るのも面倒だし、明日でいっか。
────なんて事を、レジ袋の中身を確認しながら歩いていた前方不注意の俺に言ってやりたい。
例え人気がなくて、車の通りが少なかったとしても、夜道は前を見て歩きましょう。
でないと5秒後に死ぬから、と。
「あら、やっと意識が戻った様ね。我を前にして、その態度とは嘆かわしい」
いや、誰。
急に視界が真っ白になったと思ったら、此処は何処なんだ。
「無」としか言い様のない、何もない空間に偉そうなコスプレ美女が1人。
「ねえ、貴方聞いてるの?」
夢か。
って事は、何。俺、倒れた? 道端で?
熱中症かな。そういや、蝉の声聞こえなかったし。普段あの時間は、まだまだうるさいはずだから。
「ちょっと。聞こえてるんでしょ」
「ヤバイ。ガリガ◯君と鶏肉死んだ」
「え、死ぬ?
我は殺生などしてないわ!」
「いやいや30°近くある熱帯夜は無理でしょ。冬でも溶ける。
てか、誰か見つけて救急車呼んでくれてるかな?
そのまま放置はキツイ。死因が熱中症は嫌だ。老衰が良い」
この時間、マジで人通り少ないんだよなぁ。
あー。誰か見つけてくれ。ガリ◯リ君あげるから。後日きちんと菓子折りも持って行くからー!
「………貴方、状況理解出来てる?」
「むしろしたくない。ちゃんと帰宅して、ベッドで熟睡であってくれ」
「もう帰れないわよ」
「は? え、夢じゃなくて、臨死体験だとでも?」
二次元ばりの美女に怪訝な顔で言われても、全く読み込めないんですけど。
早く目覚めろ、俺。いやダメだ。目覚めたら、ご臨終かもしれない。
「まだ死んでないわ」
あっ、良かった。まだ生きてた。
「もうすぐ生まれ変わるから、死ぬと言えば死ぬかもしれないけど。概念的な問題だから、貴方の好きに捉えたら良いわ」
「おお、電波」
ギリシャ神話に出てきそうな風貌のニ次元美女は、コスプレイヤーなだけでなく、電波も搭載していたのか。
まあ、こんだけ容姿が良けりゃ許される気もするが。
「なんだか気に触るわね。
まあ、良いわ。今から貴方には、我が管理する世界に転生してもらう。だからと言って、特別な事はしなくて良いの。
我を困らせなければ、好きに生きなさい」
「はあ」
あれだ。異世界転生ってやつだ。あんま、この手の漫画とかアニメは見てこなかったんだが、夢に出てくるくらいだからなー。自覚してないだけで興味があったのか?
明日、電子書籍でも買ってみるか。
「それで? 望みは何?
どうせ貴方もブラックは嫌だとか、ニートを満喫したいとかなんでしょ。
下手に正義感を振りかざさない様に、社畜とか言うのを選んできたけど、貴方で最後にしようかしら」
「ん?」
俺って社畜だったの?
今日も定時上がりで、有休の消化も順調なのに。
「何よ。まさか勇者になりたいとか、ハーレム築きたいとか言う気?」
「いや別に」
「そうよね。社畜ってそう言う人間達よね。間違えたかと思ったわ」
「よく分からないですけど、社畜ではない、です」
「え?」
「え?」
わっ、ちょ、急に顔近づけられたら緊張すんだけど。
やべー、睫毛なげー。瞳デカイ、顔ちっさい。なんか良い匂いがする気がする。
「やっあの、近い。てか、胸がっ」
───こつん
「へ?」
「うるさい。じっとしてなさい」
ええ~。おでこ、こつんって何。何の妄想。俺、こういう願望があったのか?
うわ、谷間見えてる。Dカップ、いやEカップとみた。
「変ね。社畜だけが引っかかる様に操作したはずなのに……確かに、貴方は違うわ」
「額合わせたら分かる設定なわけ?
俺の記憶覗かれちゃった、みたいな?」
とりあえず、良いものを見させてもらったし、設定にノッてみるか。
「そうよ。けれど問題ないわ。似たところがある様だし。きっと、それで引っ掛かったのね」
「?? だいぶ平均的な生活だと思いますけど」
「平均? ふ~ん。まあ、貴方がそう言うなら、そうなんでしょう。で、平凡なアサバ ハルトは、我に何を望むか」
「何でも良いんですか?」
「摂理の範囲であれば」
摂理ねえ。まあ何もせずに生きられたら楽だろうなー。
あと、やっぱ自分の時間も欲しいし、自分の為に生きれたら………
「気ままに生きたい、かな」
「曖昧すぎるわ。却下」
却下パターンもあるわけね。うーん。
「じゃあ、生活に困らなくて済むぐらいの衣食住完備で」
「──それだけ?」
「衣食住は、生活の基本ですから」
「そんなスキルないのだけれど………まあ良いわ。
面倒臭いし。衣食住ね、はいはい」
やはりニ次元でも美女は性格に難あり、と。
「貴方如きに我の何が分かると?」
何だっ。急に寒気が。
「アサバ ハルト。お前は我の点数稼ぎの名も無い駒にすぎない存在だ。決して驕らず、そのつまらない人生を謳歌するが良い」
点数稼ぎって、何の───────……
「ぉん、ぎゃあぁー! おんぎゃぁ!」
ん?
「カリナっ! 良く頑張った!
男の子だぞっっ!!」
んん?
「ジーモ……、ああっ、私の可愛い坊や。早く顔を」
「もちろんだっ! 見ろ、俺達の子供だぞ」
「あっ、あぁっ、良かった、良かったわ。無事に産まれてきてくれて」
んんんっ??
「ぉうおぎゃあぎゃああ!!」
急募。誰か夢から覚める方法を教えて下さい。