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何かお土産をと思ったけど、結局ギリギリまで宿屋に時間を割いてしまった。
「いたいた、ハルト~!」
いきなりの呼び捨てだと!
手をブンブン振りながら、リーザさんが駆けて来る。
何それ。耳までピクピク動いてるじゃん。可愛すぎて辛い。
「顔が気持ち悪いぞ、ハルト」
「いや、だってアレ見ろよ」
やべ、ニヤける。
なんだ、クロ。うさ耳リーザさんに嫉妬か?
安心しろ、1番可愛いのはクロだから。たぶん。
あー、リーザさん可愛いっ。
「お待たせ!
なんか大荷物だね。買い物したの?」
「ああ、コレは貰い物です」
リーザさんの視線の先には、両手いっぱいの布袋。
実はコレが、宿屋で時間をとった原因である。
「え、誰に」
「宿の人とお客さんに」
「君、昨日来たばっかりなんだよね?
しかもお客さんって何。君の?」
いえ、宿屋の宿泊客とご飯食べに来た人です。
ぜーんぶっひっくるめて、クロへの貢物。
残念がる声も、別れの挨拶も、全てクロに対してだった。
お金払ったの俺だし、メインの客も俺なはずだけど、どうやらそうではなかったらしい。解せん。
「みんなクロにメロメロで。
たくさん貢物をもらいました」
「貢物って……、そうね。確かに可愛いもの」
ちなみに、ふわふわの高そうなタオル(クロ用)、綺麗なリボン(クロ用)、雨ガッパ(クロ用)、小さなクッション(クロ用)、魔物用のおやつ、魔物用の塗り薬、魔物用の………etc。
面白いほど#人間__おれ__#用がない。
すごく有難い事なのに、何故だろう。このモヤモヤ感。
「とりあえず、行こっか」
「はい。お世話になります!」
人混みを抜け、森林の方へ歩いて行く。
あれ、馬車乗り場の看板、あっちにあるけど。
いくつか乗り場があるんだろうか。
「着いたわ。さっ、荷物乗せるから貸して」
「…………」
「どうしたの?
持ったままじゃ重いでしょ」
「いやいやいや、えっ、ちょ、え?」
「ハルト?」
「えっ、ま、ええ?!」
馬車じゃない。そもそも車体部分がない。馬いない。
めっちゃ怖そうな何かが、こっち見てるんですけど!
ギョロついた目が恐ろしすぎるっ。
ムリ、絶対ムリ。俺死んだかも、てかリーザさんに騙されてたのかっ?
「何呆けてるのよ。早く乗る!」
「ののの乗るって、何に」
「はあ? 何って目の前にいるじゃない」
やっぱりいるんですね! 幻覚じゃないんだ。
それ何なの。俺は餌なのか?
「見えない、見たくない。死にたくないっ」
「死ぬって……もしかしてハルト知らないの?」
何が? 何を?
パニックなんですけど。
「今から乗るのは、ワイバーン。超高速な移動手段よ!」
「ワイバーンって何。そのいかつい魔物ですか?
ムリです。それこそ馬車一飲みで食べれそうじゃないですか!」
「一飲みはムリよ」
いや、そこじゃないっ。そんな冷静に返さないでくれ。
「ハルトよ、さっさと乗らんか。
ただのデカい鳥だ」
「黙っとけクロ。あんなデカい魔物の機嫌を損ねたらどうなるか!」
「だから、ただの鳥だ」
「バカか、お前は! あんなデカい鳥がいてたまるか。どっちかっていうとドラゴンだ!」
ん? 何で急に静かになったんだ。
まさかクロの失礼発言のせいで────
「うそ。クロってしゃべるの?!」
そういや、リーザさんの前でしゃべってなかったな。
心なしかワイバーン様も驚いている様な。
というか、怯えてる様な?
「うちのクロは、しゃべれます」
「いや、そっちの方がおかしいから!」
そんな事言われたって。
しゃべるんだから仕方なくね?
「俺、馬車を手配してくれるって言ったリーザさんを信じたのに」
「でも馬車よりワイバーンの方が速いのよ?
20~30分で王都に着くわ」
速すぎて恐い。息吸えんのそれ。
「もし落ちたら」
「落ちない落ちない。速くて安全だから!
馬車の3倍はするのよ? ハルトの為に奮発したんだから」
リーザさんの厚意が素晴らしすぎる。
だが恐いものは恐い。
「ほほ。乗るのかの? 乗らんのかの?」
誰、このお爺さん。どこから出て来た。
急に第三者の声が聞こえたかと思ったら、ワイバーンの口の横にいるではないか。
ぷるぷると震えている、小人サイズのお爺さん。
そこ危ないですよ。
「あっ乗ります!
ほら、ハルトも覚悟決めなさい」
「あのお爺さんも乗るんですか?」
「当たり前じゃない。
御者がいないと飛べないもの」
パニックになりすぎて、耳までやられたらしい。
あの小人の老人が、このクソデカい魔物を乗りこなすはずがない。
「ほほ。メルちゃんは優しい子での。
乗り心地も抜群じゃよ」
「だってさ。良かったね、ハルト」
「メルちゃんって」
「グルルル」
「ひぃっ」
そうですよね。俺なんかに名前呼ばれたくないですよね!
恐い。やめて、謝るから唸らないで。
「おや、よかったなぁ。名前で呼んでもらえて」
「グル」
違う。絶対そうじゃない。
もう情報量が多すぎてわからん。
「さっ、メルちゃん。お客さんにご挨拶して」
「グルグルルルグア!(じぃじ、あの人間は危険だよ!)」
「ほほ。どうしたんだい? いつも大人しいのに珍しい。
って、あれ。お客さん? お客さん、大丈夫かね!」
「ハルトっ?!」
メルちゃんの大迫力のご挨拶で、俺の恐怖メーターは振り切ったらしい。
キュウっと視界が回って、暗転した。
「う゛」
「良かった! 気がついた?」
冷たい風がビュウビュウ吹いて、寒い。
瞼を開ければ、リーザさんの顔面ドアップ。
「へっ、あ」
「もうっ、あの後急に倒れたから心配したんだよ」
「す、すみません。えっと……」
「医者に見せるにしても、王都に行った方が早いと思って」
え。王都?
「…………まじか」
父さん、母さん。俺今、ワイバーンに乗って空を飛んでます。
どうりで寒いわけだ。
「どうする? 起きれそう?
辛いならこのまま寝てて良いよ」
「…………すみません、このままでお願いします」
クロに前足でベシッと叩かれたけど、気にしない。
だって、リーザさんの膝枕というオプション付きなんだもん。
メルちゃん最高! ワイバーン最高!
「ほっほ。もう着くぞい。少し揺れるから気をつけておくれ」
「はーい」
目覚めたばっかなのに?
メルちゃん、もう少しゆっくり飛んでくれて良かったんだぞ?