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この15年、お店でご飯を食べることなんてなかった。
田舎過ぎて、村に料理屋は1つもない。
母さんの手料理 or 近所の家にお呼ばれのどっちかだ。
久々のレストランの味って感じで、すげー嬉しい。
「あーあ、口の周りがベトベトじゃないか。
ほら、拭いてやるからこっち向け」
甘やかし過ぎたのか、クロは必ず俺の膝に乗って食事をとる様になってしまった。
口に運ばなくても、自分で食べてくれるのは助かるが、周囲の視線が厳しい。
「もう少し、気をつけて食べてくれよ」
拭き終わって、そう言うと、クロはコクコクと頷く。
人前では喋らない様にしているらしい。
喋ったら見せ物になっちまうもんな。
「「「(何で獣魔が同じ飯食ってんだ。
しかも、器用に前足でスプーン握ってやがるっ!!)」」」
それにしても、すごい視線だなー。
もしかして、獣魔は別に食事するスペースがあるのか?
「ん、どうした?
パンが食べたいのか。今ちぎるから待って」
テーブルロールに似た丸パンをちぎって皿にのせる。
パンはスプーンでなく、手に取って食べるらしい。
近頃、クロの人間化が止まらない。
「水も飲まないとダメだぞ」
水が入ったコップを目の前に寄せると、両前足で支えてちびちび飲む。
やっぱお前、中身人間だろ。ちっさいオッサンが入ってるんだろ? もう今更見捨てないから、正直に言ってくれ。
「「「(何で獣がコップ握って、水飲むんだよ!!)」」」
お。満足したみたいだな。
クロの満腹ポーズは分かりやすい。
お腹に前足をおいて、俺にダラーっと寄りかかる。
「けぷっ」
「こら。人がまだ食べてるのに、ゲップはないだろ」
今度は持参したウェットティッシュで、口の周りを丁寧に拭いて、自分のご飯に集中する。
「「「(そういう次元の問題じゃねー)」」」
「お客さん、これサービスだよ」
「えっ、いいんですか」
俺が食べ終えるタイミングで、女将さんがデザートをつけてくれた。
しかもクロの分まで。なんて気前の良い人なんだ。
「木苺のケーキなんだけどね。その子も食べれるかい?」
「はい! ありがとうございます!
クロやったな~。女将さんにお礼言って」
「くう~ん」
「ハウっ、い、いいんだよ。さっ、ゆっくりお食べ」
あざとさMAXのクロの可愛さに女将さんはノックアウト状態だ。
胸を押さえて、厨房に引っ込んでしまった。
だけど見て欲しい。クロがしたり顔でニヤついているのを。
お菓子は別腹らしいクロは、ぽっこり膨れたお腹をさすって、口を大きく開けている。
「……食わせろってか」
ウェットティッシュ使っちゃったから、汚されるより良いけどさ。
ケーキをひと口サイズにして、口元に持っていくと、バクッと勢いよく食いつく。
俺と同じ量食べてるけど、その身体のどこに入ってるんだ? 謎すぎる。
「「「(かっ、かわっ!!!)」」」
どれ、俺もひと口。
しっとりしたパウンドケーキって感じかな。パサつきがなくて食べやすい。
清潔なベッドに、美味い料理。この宿、最高。
「ふあぁ~、よく寝た」
翌朝。
気持ち良く目が覚めた。頭もスッキリしてるし、しばらく暮らしたいぐらいだ。
「ハルト、朝メシ食いに行くぞ」
「クロおはよー。朝は予約してないから、外な」
「なんだとぉ!」
昨日、あんだけ食べたのに元気だなー。
とっくに起きてたらしいクロが、ドアの前でスタンバってる。
はえーよ。準備するから待ってくれ。
身支度を終えて、街に繰り出す。
まだ朝の8時くらいだろうに、既に人々で賑わっていた。
クロのリクエストは、肉が入ったスープ。
これが意外とありそうでない。昼だったら、たくさん出てそうなんだけど。
「お、ココとかどうだ?
肉の絵が描いてあるし、ありそうじゃね」
屋台ではなく、大衆感あふれる小さな店の看板に惹かれ、そのまま入ろうとするが、クロが何故か乗り気じゃない。
え、嫌なの。肉の絵がババーンとあるのに?
とりあえず、メニューだけでもと説得して店内に入る。
「肉スープある。クロ、決まりでいいよな?」
メニューを確認し、席に座ろうとした瞬間。
「っあ───!! 黒くて小さい獣魔連れた少年!」
「えっ、えっ、あ、俺?」
「そう! 君! 君だよ!
君でしょ。昨日、私を助けてくれた人」
言われて初めて、声の主を確認する。
この垂れたうさ耳………行き倒れのうさ耳さん?!
つか、昨日は土で汚れてて分かんなかったけど、可愛い。
まさかこんな可愛い人だったなんて。
「門の近くで倒れてた方ですか?」
「そう! 良かったわ、会えて。今からご飯食べるの?
奢るから、一緒に食べましょ」
ナニコレ。キタコレ。
「はい、ぜひ!」
クロがジト目で見てくるが、気にしない。
だって可愛いんだもの。
もふもふの、ぬいぐるみが手を使ってご飯を食べる姿を想像すると、きゅんきゅんしますよね。
クロは、ポメラニアンのフォルムをして、赤ちゃんライオンの瞳と鼻を持つ、ぬいぐるみのイメージです。
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