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ハルトが屋台の誘惑から逃れ、宿でぐったり休んでいる頃、リーザは徐々に倒れた時の記憶を思い出していた。
ソロ冒険者として活動する彼女は、兎の獣人だ。
高い跳躍力と細身からは想像出来ない脚力を活かし、短剣1つでBランクまで昇り詰めた有望株。
そんな彼女をスカウトするパーティーも多々存在する。
しかし、どのパーティーも、1週間と経たずに勧誘を取り下げていく。
彼女が孤独を愛するのか、性格に難があるのか。
新人冒険者達は今日も、理由について噂に花を咲かせる。
「うん。寝たら回復したわ。
先生ありがとう。もう帰るわ」
「ええっ! もうかい?
最低でも3日は様子を見るべきだ。魔力欠乏症を侮ってはいけない」
ハルトに託された憲兵によって担ぎ込まれて3時間。
一時的とはいえ、危険な状態であった彼女の回復力は、脅威的である。
「大丈夫。もう魔力は戻ったから」
「馬鹿な。早くて1週間はかかるはずだ。
それをたったの…………戻っている。そんなはずがない!」
魔力欠乏症の為に作られた、魔力量感知器を手に、医師は驚愕した。
元の保有量もさることながら、リーザが言う通り、魔力が戻っていたのだ。
「ね? だから言ったでしょ」
「あり得ない。奇跡だ!
いつもそうなのかいっ? もしや遺伝か?」
新発見とばかりに、医師が矢継ぎ早に質問をする。
一方リーザは困り顔で、申し訳なさそうに答えた。
「その~、元々魔力は多い方で。
魔力量だけなら、魔術師にも負けないんだけど………アハ」
「魔術師クラスの魔力を!
なるほど。しかし、それほどの器を持ちながら何故?
まさか、大魔法でも使おうとしたのかい!」
想像通りの医師の反応に、彼女は少しヘコむ。
「ファイヤーボールを」
「は?」
「ファイヤーボールを練習しようとして、ちょっとミスを」
「ファイヤーボール。初級魔法の、ファイヤーボール。
微量な魔力でも行使出来る、あのファイヤーボール?」
医師が不思議そうにファイヤーボールと口にするたび、リーザはみるみる萎れていった。
見えない刃が、彼女を滅多刺しにしたのだろう。
「うぅっ。そうよ、初級魔法のファイヤーボールよ!」
「改良して威力を上げようとしていたとか」
「初級だって言ってるでしょ!」
「…………君はひょっとして」
「言わなくても分かってるわっ」
「恐ろしいノーコン……」
「分かってるって言ったじゃない!
何よ、悪い? 魔法がちょっと下手だからって何よ!」
リーザはベッドに泣き崩れ、ドンドンと拳でマットを殴った。
「ちょっと?」
「うるさいっ!」
子供が1番初めに習う魔法を、果たして「ちょっと下手」で済ませて良いものか。
医師は驚きを隠しもせず、終いには憐れんだ目で肩を叩いた。
まあ、笑えない話である。
本来必要な魔力の50倍の量を込めて失敗し、魔力が足りなくなったのだ。
致命的と言えよう。
「内容がファイヤーボールだったから、すぐ魔力も戻ったんだろうね」
「うう゛」
「とにかく、命に別状がなくて良かったじゃないか」
「ちくしょおぉ~っ」
「こら。女の子がそんな汚い言葉を使うんじゃない」
短剣使いのリーザ、またの名を「宝の持ち腐れうさぎ」
彼女が泣き止み、診療所を出たのは、それから1時間後だった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
あ~っ、ふかふかベッド最高。
今なら1日寝られる気がする。
「ハルト、いつまでそうしている気だ」
「ん~ごめん。あとちょっと」
「それは30分前にも聞いた」
「ちっ」
仕方ない、起きるか。お腹も空いてきた頃だし。
節約のため屋台か自炊がメインだが、今日はクロのご機嫌取りを兼ねて、宿の夕食を予約した。
1泊銀貨3枚。夕食付きでプラス銀貨1枚。
くうぅっ。買い食いだったら銅貨5枚で済んだのに!
「よし、ご飯食べに行こう」
「メシか!」
「宿のご飯だから、いつもより豪華だぞ。たぶん」
「何をボサっとしておる。早く行くぞ!」
食べるの好きだねー。美味しいものあげるって言われても、絶対ついて行くなよ。
信じてるからな。
宿の女将さんに声をかけると、10分も待たずに熱々の料理が出てきた。
「「おお~っ!」」
メインは、ビーフシチューだろうか。まあ、ビーフなのかは定かではないが。
このスープは何だろう。コーンスープより色が濃くて、カボチャより薄い。
パンも見た目は柔らかそうだ。
ん? サラダがないのか。あまり生野菜は食べない食文化なのかもしれないな。
「はあ~、美味そうな匂い。
いただきます」
んんっ。
うっまい!!