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村名もない程の田舎から、王都までの道のりは果てしない。
街から街へ馬車を乗り継ぎ、俺達はエディンバラという中都市にやって来た。
やっと、2/3かー。遠過ぎるぞ、王都。
兄さんが、毎回こんな長距離を帰って来てくれていたんだと考えると、泣けてくる。
「もうすぐ、エディンバラの入口が見えて来るはずだ」
「おー。
やっとベッドで眠れる! まずは宿探しで良いよな~。
………どうした、クロ」
門まで続く1本道を歩いていると、クロが急に足を止めた。
おいおい、こんな街の近くで魔物か?
自慢じゃないが、15歳になっても俺はもやしだ。
頼んだぞ、クロ様。
「ふむ。問題ない。小動物だ」
「小動物? へー、どの辺?」
脇の林をキョロキョロ見渡しても、動物らしき生き物は見当たらない。
「少し先だ。まあ放っておけ。虫の息だ」
「バカっ、それを早く言え!
助けるぞっ!」
クロの案内で、少し奥に入った場所に地面に横たわる何かを発見した。
「小動物っていうか、人間だよな。あれ」
「正確には、獣人だな。うさぎの」
「獣人。うさぎ、うさ耳!
本当だ、耳ついてる! うさ耳初めて見た!」
本当に人間にうさ耳が生えてる!
だいぶ、感動です。ちょっと汚れてるけど、ふわふわな質感は視認出来た。ロップイヤーってやつかな。垂れ耳だ。触ってみたい。
「助けるんじゃなかったのか」
「はっ、つい。
すみませーん! 大丈夫ですかー」
俺としたことが、生まれて初めての獣人族に興奮してしまった。
駆け寄りながら声をかけてみるが、返事はない。
うつ伏せで倒れてるけど、大丈夫だろうか。
血は………出てないよな。
「あのっ、聞こえますか。
意識ありますか?」
全然反応がないぞ。脈はあるけど、え、死なないよね。
どうすんの、これ。人命救助の経験も知識もありませんが。
しかも傷らしき傷もないし。内蔵とかじゃないだろうな。
仰向けにして、外傷の確認だけしとこう。
いや、くも膜下出血とかだと動かさない方が良いって言うし。
「クロ、どうしよう」
「声はかけたんだ。もう行くぞ」
「えっ。この人、このまま放置すんの?
無理だよ。目覚めが悪過ぎるって」
死にかけてるかもしれない人を野晒しにするなんて無理。
そんな度胸は、ない。
「だったらどうする。
そいつを連れて、街に入るつもりか?」
「うーん。アリかもしれない」
「なに!?」
「よし。担いで行こう。
本当は動かしちゃいけないんだろうけど」
どうにか頭を固定出来ねーかな。
タオルで首をぐるぐる巻きにしたら、少しは固定されるかも。
「おい、ハルト」
「ちょっと失礼しますよー」
ひょいと、仰向けにひっくり返す。
やっぱり目立った怪我はなさそうだ。
マントで分からなかったけど、女の人だったのか。
ごめんなさいね。緊急事態だから、訴えないで。
「クロ、俺のリュックからタオル出して」
「………はぁ、余計なことを」
首が締まらない程度に巻き付け、紐でゆるく固定する。
あとは負ぶる時に、肩にハンカチを噛ませて顎が乗る様にして。
前リュック、後ろ急病人。もやし体型にはキツイ。
「よいしょっっと。
ぅ、クロ、少し手伝って」
「だから放っておけと言ったんだ。
さっさと門兵に渡して来い」
「ケチぃ~」
重い。よく見たらこの人、ゴツい短刀提げてるじゃん。
もうちょっとなのに、門が遠い。
ぜえはあ言いながら入口に着くと、門兵さんが心配そうにこちらを見ているではないか。
ヘルプ! 腕が限界です!
「君、どうした。仲間がやられたのか」
「いや、林で倒れてたの見つけて。
あの、すいません。この人お願い出来ます?」
勝手に門兵さん用の椅子に、うさ耳を下ろし、満身創痍でお願いしてみる。
「まあ、もう交代時間だから構わないが。
あー、君。通行料とそれは獣魔か?」
「ありがとうございます! よろしくお願いします。
はい、通行料です。コイツは俺の相棒で、獣魔じゃないんです」
声には出さないが、明らかにクロの機嫌が悪くなっている。
獣魔って呼ばれたのが気に食わなかったんだろうな。
「そうなのかい?
見たことない種族だが、いったい何の魔物なんだ?
ウルフでもないし、ネコでもないよな」
「んー、実は俺も知らなくて。
ずっと一緒にいるので、安全は保証します」
まさか自称神獣、通称山神様だなんて言えねーし。
やっぱり王都に近付く程、警備が厳しくなってくるな。
今まではスルーされてたのに。
「困ったな。確かに大人しいし、躾もきちんとされてるんだろうが、例外は認められないんだ。
悪いが、ギルドで獣魔登録してくれるか」
「獣魔登録ですか」
やばい。クロの機嫌が急降下だ。もはや地面を抉ってる。
そもそも、クロは獣魔として登録出来るのか?
「ああ。市場を抜けて、突き当たりを右に進むと、太陽ギルドってギルドがある。
そこなら、初心者も入りやすい所だから、行ってみたらどうだ?」
「ご親切にありがとうございます。行ってみますね」
「良い旅を」
太陽ギルドか。登録云々はクロ次第だから分からないけど、行くだけ行ってみよう。
入門して1分も歩けば、活気ある市場が広がっていた。
「すげーっ。今までと規模が全然違う」
「宿もそれなりに期待出来そうだな」
「そうだね。懐の心配はあるけど」
「それより、あの門兵だっ!
我を獣魔だと? なんたる屈辱っ、噛み殺してやるところだったわ」
あちゃー。カンカンじゃないの。
あんまり無駄遣いしたくないけど、今日は夕食を奮発するしかないか。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「う………ん、う゛」
「おや、目が覚めたかい」
リーザは、街が運営する診療所で目を覚ました。
居合わせた医師が彼女に気付き、声をかける。
「私、何でこんなとこに………
そうだ、魔法を使ったら急に身体が冷えて」
「恐らく、魔力欠乏症だね。
少しでも発見が遅かったら、危なかっただろう」
「魔力欠乏症? うそ。そんなに使ってないのにっ」
魔法を使う際、保持する魔力量を上回った時に起こる魔力欠乏症。
先天的なものと、彼女の様に一時的に陥る者もいる。
だが、どちらにも言えるのは、生命活動が著しく低下してしまう症状で、とても危険な状態だということだ。
「此処までは門兵の人が連れて来てくれたんだよ」
「門兵が?」
「街まで運んだのは、別の人らしいけどねえ。
いやあ、良かったね~」
「私を……街まで」
「今度会ったら、お礼を言っておくんだよ」
「はい」