プロローグ
王都の片隅にひっそり佇む屋敷。
家主を失ってから200年余り。人々はその屋敷をこう呼んだ。
『賢者サファリンの遺産』と。
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「陛下! こちらをご覧下さい!」
3ヶ月後に、建国400年の式典を控えたグロウリア王国の中枢は、慌ただしかった。
隣国との打ち合わせを終え、グロウリア王が一息つこうとしたその時、入室の許可も待たずに扉は開けられる。
「何事だ、ローゼン」
「賢者のっ、賢者の後継者が現れました!」
「………なんだ、まだおったのか。その様な御伽噺を信じるペテン師が」
200年前に他界した変わり者の賢者、サファリン。
彼は生涯でたった3人しか弟子を取らなかった。
いずれも大成し、後世に名を遺す偉人となったが、彼等は知識と技術だけを後継するに止まった。
サファリンとその弟子達が、叡智の結晶だと言った屋敷。そしてサファリンが書き記したとされる、沢山の書物。
それらはまだ、誰も継承する事なく、誰も触れる事なく、ただ静かに新たな主人を待っている。
───『いつか私の全てを継ぐ者が証を持って現れるだろう。証は最も尊きお方に預けた。
全てを継ぐ者よ、それを持って王を訪ねるといい。君の助けになるだろう』───
サファリンの遺言は、弟子達によって国内外に広められ、我こそはと名乗る人々によって、王都は溢れかえったという。
やがて挑戦者は減り、50年もすれば人気の寝物語として語られる様になっていった。
今では、年に1人2人居るか居ないかのペースである。
「いいえ、陛下っ。ペテン師と決め付けるには、時期尚早かと! こちらをご覧下さい」
「何を……───っ?!
馬鹿なっ、これは王家の印章ではないか! まさか本当に実在したのか。賢者サファリンを継ぐ者が」
「ええ。俄には信じ難いですが、王家の印章は代々の王のみが継承する物です。複製など不可能。つまり──200年を経て、あの屋敷が開放されるかもしれません」
父であり、先代のグロウリア王でさえ信じていなかったというのに、まさか自分の代で。
グロウリア王は逸る鼓動をそのままに立ち上がった。
「良かろう。偽物であったとしても、この書簡は見逃せまい。
その者を送ってやれ。但し、見届け人として騎士を同行させる様に」
「承知しました。では、第2騎士団長を同行させましょう。彼は、信じる派でしたからね。賢者の御伽噺を」
「なるほど。適任というわけだな」
立派な馬車に揺られながら、ハルトは緊張していた。
明らかに身分の高そうな騎士に、道中ずっと見られているからである。
目的地に着くと、騎士は興奮した様子で声をかけてきた。
「でっでは、入ってみてくれ!」
「あ、いいんすか。……じゃあ失礼して」
どんよりした古い洋館の門に手をかければ、あっさりと開いた。
むしろ重みを感じなかった事に、彼は首を傾げる。
「門が……開かずの門が開いたっ」
ハルトは思った。騎士のこの驚き様からして、もしや幽霊屋敷の類いではないかと。
「? そりゃ門ですからね。見た目程、錆び付いてもないですし」
「違うぞ! この門は幾多の人を払い退けてきた、伝説の様な物なのだっ」
「………やっぱ要らないので帰って良いでしょうか」
「出来るか、馬鹿者っ!」
「え~」