21章 来客 -6
所長がいなくなって30分もすれば、なんとなく気の抜けた空気になってくる事務所。そりゃ私と雅樹先輩の2人しかいないからね。って他人が見たら仕事中に緊張感が無いものどうかと思われそうだけど。
「あれ?…でも待てよ、おかしいぞ?」
雅樹先輩がふと漏らすように小声で言ったのを、私は聞き逃さなかった。おかしいって、何のことだろう?
「のり子さん、ペットシッターの依頼の下見にカズヤさんの家に行ったんだよね?でもさ、たしか前回彼の家に泊まってなかった?」
「あ!そういえば酔った勢いで手を出してくるような男かどうかを試したって言ってました。じゃあ既にカズヤさんの部屋の場所も分かってるじゃないですか!」
「だよね。だからそのときに猫ちゃんとも触れ合ってるはずだし、餌やトイレの位置もなんとなく確認しているはず。」
ふんふんと上機嫌に鼻歌を鳴らしながら、ソファーに仰向けに寝転び語る雅樹先輩。私は領収証や依頼書とパソコンの画面を交互に見ながらキーボードを必死に叩いているというのに。
「つまり…カズヤさんの部屋にまた遊びに行くための、口実でしょうか?」
「それか前に行ったときは初訪問だったしお酒も入っていたから、よく覚えていなかったのかな?のり子さんに限ってそれはなさそうだけど。」
もしそうだとしたら…のり子先輩って、けっこう乙女かも?本人に言ったら張り倒されそう。そんなことを考えているとピロリーン、と雅樹先輩のスマホが受信音を鳴らす。
「おっ早速返信が来たね。もうのり子さん達は愛の巣に着いたみたい。」
私は相変わらずキーボードを叩きながら。マルチタスクってこういうことを言うのかしら?と頭の中で考える。なにせ所長はともかく、雅樹先輩とのり子先輩は私が掃除中だろうがパソコンで資料を入力していようが容赦なく話しかけてくるのでもう慣れてしまった。
「えっと…愛の巣って表現、古くないですか?イマドキ言いませんよ。それに本人は交際してないってキッパリ断っていたんだからいろいろと間違っている気がしますけど。」
「死語になってからようやく流行していた言葉を使い始めるのはおじさんおばさんになった証拠って誰か言ってたな。ってことはオレってオジサン?まだ20代なのに?」
なんだか一人で盛り上がり始めた。のり子先輩はいつも雅樹先輩のことをなんとなく呆れたような目で見ていたけど、その理由が分かった気がした。
「それよりメッセージはカズヤさんから?」
「うん。ちょうど今、猫ちゃんのご飯やトイレの説明をして鍵を渡したみたい。そのままのり子さんは帰ったってさ。ほぉほぉふむふむ、なるほどねぇ。」
何がなるほどなんだろうか。
「いやぁカズヤさんってイケメンのくせに結構変わり者なんだね。ご飯に味がついてるチャーハンや炊き込みご飯が嫌いなんだって。白米は白米として食べたいらしい。美羽ちゃん知ってた?」
知るわけ無い、合コン当日だってまともに話していなかったのだ。そしてなぜ私に聞く?というかその情報を知ってどうする?業務に関係ないよねそれ。
「あの…雅樹先輩、後輩の私が言うのもちょっと抵抗あるんですけど、仕事してください。」
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