18章 浮つく気持ちと黒い嘘 -30
「アタシと雅樹くんはもう見慣れちゃったけど、改めて見ると独特よね八重島さんの服装って。」
今日はグレーのポロシャツに黒のスラックス。まではいいのだが、赤いくるぶし丈のソックスに青いボディバックを持っている。おまけに靴は白いスニーカー。見事に色が散らばっているが、カラフルがテーマなのだろうか?
「アタシも前に不思議に思って聞いたのよ、どういう基準で着る服を選んでいるんですかって。そしたら彼ね、朝起きて目に入った服を着るんですって。靴も靴下も全部、手に取る基準が"そのとき一番近くにあったから"らしいわよ。」
「はぁ…。でもせっかく顔立ちが整っているしスタイルもいいんだから、もうちょっとファッションに気を使ったらいいのに。」
のり子さんはコーヒーを一口飲んで続ける。
「それがね、意外とアレでも女性陣からデートのお誘いが絶えないのよ。なんでかっていうとね、女性側が『私がコーディネートしてあげないと!』って気分になるらしいわ。それで八重島さん、レンタル彼氏系の依頼のときはいつも女性が服をプレゼントしてくれるから、ココ数年自分で服を買ったことないんですってよ。」
確かによく考えれば、所長さんは色やアイテムの取り合わせがおかしいだけで、一つ一つを見れば結構値の張る物を見に付けている。例えば彼が今日身につけている青いボディバッグ、あれは某アウトドアブランドのもので数万円するはずだ。アウトドアが嫌いで元引きこもりな私でも知っているくらい有名なバッグなのである。
「だからね、アタシあの人のダサダサファッションはある意味武器だと思うのよ。ああやって男前だけど個性的な自分を演出することで、女性側の母性というか面倒見てあげなきゃって気持ちを引き出させるのね。それで黙っていても女性たちが高価なファッションアイテムをプレゼントしてくれる。無意識にやっていると思うから、ホントたちが悪いわよあぁいうタイプは。」
「ダサいと一言でバッサリ切るのは簡単ですけど、それが異性を惹きつける持ち味になっているってなんだか面白いですね。でも私はちょっとあそこまでダサいのは引いちゃうかな。」
その言葉に、改めてのり子さんが私を足の先から頭の先までジッと見てくる。私自身に値段を付けようと査定されているような気分になり、ちょっと怖い。
「そうね、美羽ちゃんはダサくはないわね。なんというか…つまらないわね。」
グサリとくる、その言葉。私が勝手に憧れているとはいえ、シゴデキの彼女に言われたものだからきっと余計に傷つくのだろう。だがその理由は分かっている。
「無地のTシャツにカーディガン、下はデニムパンツに黒のパンプス。無難よね…決してダサくはない。でも無難だからこそ面白みもないわ。女性らしさも感じないし。」
そういうのり子さんはどうなんですか、と反論しようとして私は黙った。下は黒の膝丈のスカートにハイヒールで女性らしさを出しつつも、上はきっちりしたジャケットで締め仕事に真面目に向き合う姿勢を感じさせる。全体的にナチュラルだが赤めのリップやしっかり目に書かれた眉などメイクにもメリハリがある。リップだけの私とは大違いだ。
「人は見た目が9割なんて言葉があるわ。美羽ちゃんもちょっと冒険してみたらいいかもね。最初はダサいと思われるのが怖いかもしれないし実際そう思われて傷つくこともあるだろうけど、だからこそ気づくこともあるし何事もそうやってどんどん上達していくものよ。仕事もメイクもお料理も、最初から上手にできる人なんていないんだからね。」
そう言って彼女は飲みきったコーヒーカップを洗いにキッチンの方へ歩いていった。彼女はサラリと言い放ったがとても大切なことを教わった気がした。
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