18章 浮つく気持ちと黒い嘘 -26
今日もターゲットの追跡だろうか?だとしたら今日こそ尻尾を掴んでやる!と意気込む私をよそに予定表を確認する川島田さん。せっかくなら私もまた着いていきたい。
「不倫の調査?もちろん今日も、というか不倫の実態が判明するか依頼主が満足するまで続けるけど、美羽ちゃんはお留守番よ。」
「え、どうしてですか?私も行きたいです!」
「残念ながら今日は新人研修よ。この事務所で働く上での基本的なルールや注意点の教育をしなきゃいけないの。法律でちゃんと義務付け・または推奨されているからね、従業員に対して定期的にそういう教育をしなさいって。世間的には座学って言って、要するに学生時代みたいに机に座ってお勉強ってこと。懐かしいでしょ?」
「えー、せっかく学生から開放されたのに社会人になっても勉強しなくちゃいけないんですか?」
私は思わず文句を言うが、彼女は意に介さない。
「まぁ法律で決まっているんだから仕方ないわね。ここでは八重島さんが教育の責任者ってことになっているから、きちんと教育関係もやっておかないとあの人が罰せられちゃうのよ。昨日は所長が朝から忙しかったからできなかったけど、今日から数日間やってもらうことになっているわ。あとは個人情報保護法や守秘義務なんかも説明されると思うし、それが終わり次第マナー講習…。」
聞き慣れない単語を連発する彼女の声を聞いていると、なんだか頭が痛くなってくる気がする。
…うん?ちょっと待って、さっき教育はあのイケメン所長って言ってた?ということは、これはチャンスかもしれない!真面目に彼の教育に取り組む私…二人の距離は一気に近くなって…そういう展開も悪くないかも。そう考えたらさっきまで感じていた頭痛が一気に吹き飛んだ気がする。
「美羽ちゃんって、なんというか分かりやすいわね。あなた今すっごいニヤニヤしてるわよ。」
そう言われて急に恥ずかしくなり後ろを向く。もう遅いのだけど。
それから私たちの開店準備が終わる頃、男性たちも出勤してきた。昨日のように朝から夕方までほぼ一日いないこともあれば、普通の会社のように朝から事務所に来ることもあるんだ。えーっと、こういうのなんていうんだっけ…フレックス?
「フレックスとはちょっと違うわね~まぁ限りなく似てはいるけど。それより早く所長に挨拶してきなさいよ、研修でお世話になるんだから。」
しかし私が挨拶へ行く前にソファー席へ座るよう指示が飛んできた。しかも私の正面に座ったのは、諏訪野さんだ。所長の八重島さんじゃない。
「へへへ、よろしくね美羽ちゃん。」
「あれ?所長さんが教育関係の責任者だって川島田さんが言ってましたけど…。」
「えっそうだよ?忠司さんは責任者。でも実際に教育するのは責任者じゃなくてもいいんだよ。学校で例えるなら、校長先生が授業を教えるのは珍しいことだろう?つまりオレやのり子さんが美羽ちゃんの教育をして、忠司さんがちゃんと教育していますよという報告書を作る。それが事務所としての教育記録になるんだ。」
そういうことね…。露骨にガッカリする私を見て、頭に?マークが浮かぶ諏訪野さんとクスクス笑う川島田さん。私は思わず恨めしそうな目で彼女を見てしまう。
「そんな目で見ないでよ、それにアタシは別に騙したりしていないわ。アタシは八重島さんが教育の責任者だとは言ったけど、彼が実際に教育するとは言ってませんからね。それじゃちょっと出かけてきまーす。」
そう言って彼女はさっさと出かけてしまった。しかし同じ空間にイケメン所長がいることには変わりはないし、早く川島田さんのような女性になりたい。私は身を入れて教育に望むことにした。
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