18章 浮つく気持ちと黒い嘘 -21
あのあと私と川島田さんは一緒に事務所を出て、電車に乗りターゲットの会社の最寄り駅についた。ここから10分ほど歩くという。川島田さんはヒールの高めな靴を履いているので、彼女の歩く足音がビルのガラスなどに反射してカッカッと甲高い音を周囲に響かせている。まるで川島田さんの自信をそのまま音にしているみたいだな、と感じた。
私は彼女の後ろを歩いているが、なんだかオトナの女という感じだ。もちろん彼女は社会経験豊富な先輩なのだから当たり前なのだが、姿勢良く、真っ直ぐ歩く彼女は四文字熟語に例えるなら威風堂々という感じだ。時々ビルのガラスに反射する自分の姿を横目で確認し、たまに髪やメイクをチェックしているところからは女性らしさも感じる。
私も頑張れば彼女のようになれるだろうか?職場の男性同僚相手にも臆さず物を良い、気遣いもできるそんな素敵な女性に…。
「へぶっ!」
そんなことを考えていたら、立ち止まった川島田さんにぶつかってしまった。
「ちょっと大丈夫?ほらついたわよ、あのビルね。」
川島田さんが指差す先はそこそこ新しいビルだ。いや正確な築年数は見た目からは分からないが、周りのビルと比べて比較的新しく感じた。ぼーっと突っ立っている私に構わず、川島田さんはビルの案内板へ一直線に歩いていく。慌ててついていく情けない私。
「ふーん、地下もあって結構大きなビルなのね。えーっと、ここの5階~8階がターゲットの保険会社が借りているエリアなのね。じゃあ美羽ちゃん…そうね。あのカフェの窓際の席を2人分取ってきてくれる?この時期暑いからね、外で待つなんてやってられないわ。夕方とはいえ日焼けしちゃうし。」
そのビルの入り口から道路を挟んだ反対側のビルに、カフェのチェーン店が入っている。私は言われた通りにそのお店へ向かった。空調が効いていてとっても涼しい、というより汗が一気に冷えて肌寒いくらいだ。お店は席を確保してからレジへ行きオーダーするシステムらしく、私は窓際の席に2人分のセルフサービスの水を置いて席を確保し川島田さんへ電話を入れた。するとコーヒーを2人分頼んでおくよう指示された。
私がコーヒーを受け取り着席すると、彼女はカフェへ向かってきた。その間、ターゲットが出てこないかビルを見張るように言われたので、私は川島田さんから共有してもらったターゲットの顔写真を思い出しながらビルの入り口を凝視していた。
川島田さんが私の向かいの席に着席した。私は首を左へ、川島田さんは右へ向ければターゲットのビルが目に入る位置だ。
「出てこなかったみたいね。…ちょうどターゲットの定時の時間、ってことは仕事が残業で長引いてるってことかしらね。美羽ちゃん、コーヒーでも飲みながら監視しましょう。ただ、ビルの入り口から目を離さないようにね。」
「はい。それであの…今更なんですけど、残業ってどういう意味ですか?」
川島田さんは一瞬私を見て目を丸くする川島田さん。すぐビルの方に目を戻し、続ける。
「そうね。バイトも経験がない美羽ちゃんは分からないわよね。残業っていうのはね、学生で言う居残り授業みたいなことよ。つまり定時17時っていう会社は、それまでに自分の仕事が終わっていれば17時ピッタリで帰っていいの。でも…例えば任された資料の作成が終わらなかったりすると、定時を超えて仕事が終わるまで会社に居残りして仕事をするのよ。これを残業というのね。」
すみません世間知らずで、と私が謝るとビルから目を逸らさずに彼女は言う。
「いいわよ気にしないで、むしろ分からないことを分からないままにする方が問題だわ。気になったことはなんでも聞いてね。」
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