18章 浮つく気持ちと黒い嘘 -16
私はコーヒーを川島田さんの元へ持っていき、川島田さんの淹れたものよりマズいと思いますが…と一礼した。彼女はいいわよ、これからおいしい淹れ方を学んでくれればと笑ってくれたので、私は少しホッとした。聞けば彼女もマナー講習でお茶やコーヒーの淹れ方や出し方を教わったのだという。私も本格的に参加して色々なことを学ばなくてはなるまい。
早速自分の分のコーヒーを持ってパソコン席へ行くと、彼女がパソコンのロックを解除してくれた。さぁ始めようというときに話しかけてきた。川島田さんはスマホの方が使い慣れているらしく、そちらで調べ物をしながら会話をしているのだ。
「美羽ちゃんって、人間嫌いって言ってた割には結構会話ができるわよね?アタシ最初、あなたの叔父さんからそのこと聞いたときまともに会話もできないようなヤバい人が来るんじゃないかと思ってたわ。」
「あの…この事務所の人達は、初日に大体どんな人か分かったので。叔父さんからもバーに飲みに来る川島田さんと諏訪野さんの話は聞いていましたし。この人はこういう人なんだという、いわゆる人間性がある程度把握できていれば問題ないんです。ただ完全に初対面な人や、あまり接したことがないタイプの人だとやっぱり苦手意識のほうが強くなってしまって…。例えばヤンキー系の人とか。」
「なるほどね。つまり美羽ちゃんは対人関係を始めるとき、自分の中で一度心構えを済ませる必要があるのね。スポーツで言うところの準備運動って感じかしら。」
準備運動…言語化するならそれが一番しっくり来る。私自身の話なのに、川島田さんに補足してもらった方が分かりやすい説明になるのが少し悔しい。私の語彙力がないだけなのか、彼女が賢いのか、はたまたその両方か。
「ところで依頼人の旦那さん、どんな会社で勤めているんですか?」
「どうやら保険会社の営業マンみたいね。保険業界は3月4月や年末頃が忙しくなると聞いたことがあるわ、それから大型連休の前後。でも今は6月…一般の営業マンが忙しくなるタイミングで考えるとちょっと疑問符が浮かぶわね。最近残業続きって言っていたけど。」
「6月は祝日がないから、基本的に学校も会社も特別な連休はないですからね。やっぱり怪しいんじゃないですか?忙しいフリして浮気してるんですよきっと。」
「ねぇ美羽ちゃん、さっきから依頼人の話をふっかけてくるけど、もしかして興味津々?アタシと一緒に調査してみる?」
私はその発言に驚いた。てっきり、私も一緒に調査に同行するものだと思っていたからだ。それを言うと笑い飛ばされてしまった。
「アハハハ、気が早いわね~。言ったでしょ?今日は依頼を受ける流れを見てほしいって。調査までお願いした覚えはないわよ?そのパソコンの打ち込みだって、依頼人との会話を入力しているだけ。おまけにほら、請負人のサインのところ、しっかりアタシの名前でしょ?」
依頼書を指さしながら指摘する川島田さんに対し、私は恥ずかしさで顔が真っ赤になってしまった。ついつい一緒に調査もさせてもらえるものだと思い込んでしまったのだ。
そんな私の様子を見ながら川島田さんは続ける。
「まぁ美羽ちゃんがやりたいなら不倫の調査、一緒にやりましょうか?どうせいつかは経験することだし、それならやる気があるときに体験しておくのが良いものね。ただし美羽ちゃんに渡す報酬は、アタシの取り分からさらに分け前って形になるから安いと思うわ。それでもいいならどうぞ。」
せっかく乗りかかった船だ、それに私だって不倫調査がどういうものかは興味がある。迷わずよろしくお願いします!と頭を下げた。
「とりあえず、話の続きは打ち込みが終わったらにしましょうか。」
川島田さんはそういうとソファー席の方に戻っていった。
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