18章 浮つく気持ちと黒い嘘 -1
「というわけでこの事務所の人達に話は付けておいたから、行ってみてごらんよ。大丈夫、お店には何度か来てくれた常連さんだから悪い人じゃないよ。」
「…勝手に約束しないでよ。それにたった2回飲みに来ただけの客を常連扱いなの?叔父さん甘いんじゃない?」
「あの居酒屋やバーが密集するエリアで、短期間に2回も来店してくれたら立派な常連さんだよ。他にも選択肢はいくらでもあるのに、わざわざウチの店に飲みに来てくれたんだからね。とにかくもう約束してあるんだからちゃんと行くんだよ。」
「…私が人嫌いなの、分かってるでしょう?」
「でも美羽ちゃん、高校卒業してからずっと家にいるだろう?人嫌いなのは分かるが、一生このまま引きこもって生き続けられるわけじゃない。自分でもそれは分かるよね?とにかく行くだけ行ってみな、行ってダメだったらオジサンも諦めるから。」
「…分かった。」
私は素絹 美羽18歳。今は自宅のベッドの上でバーのマスターをしている叔父から渡された、何でも屋さんの事務所のチラシに目を落としながらぼーっと考え事をしている。
私には昔から特別な直感と呼べるものがある。それは"他人の嘘が分かる"こと、ただし電子音ではなく肉声を聞かなくちゃダメなんだけど、コレがクセモノなの。私がもしなんの変哲もない中学生だったらそんな特殊能力カッコイイ!と素直に喜べるのでしょうね。でも世の中はそんなに甘いものじゃない。
物心ついた頃から私は人の嘘を直感で見抜くことができた。一番最初は父親の嘘だった。
「■俺は美羽のお母さんを世界で一番愛しているよ。」
私はどうやら相手が嘘をついているとき、強烈な違和感を覚えるようだ。数年後、両親は離婚する。父親が若い女と不倫しており、しかも相手の女は妊娠までしていたのだ。当然母親は激怒し私を連れて家を出た。
お母さんの嘘も散々、知りたくもないのに知ってしまった。
「■大丈夫、お父さんは今でも私達を愛しているよ。」
「■お母さん全然悔しくなんてないからね。」
私にはそれが心苦しかった。お母さんは娘の前では気丈にいたかったのだろうが、私の能力の前では逆効果だったのだ。私は娘に気を使う自分の母親をかわいそうに思った。
この能力にウンザリするのに時間はかからなかった。世の中は大なり小なり、嘘に溢れている。母親がシングルマザーとなったために私は日中、保育園へ通うことになった。しかし小さい子供でも見栄やプライドというものは一丁前に持っているものなのだと知った。
「■おれのかーちゃん、昔モデルだったんだぞ!」
「■僕のお父さんは飛行機を操縦できるんだ!」
「■私の家なんて貯金が10億円あるよ!」
私はだんだん心を閉ざし始めた。みんな何の悪びれもなくポンポンと嘘を付く…私が人間不信になり始めるには十分な理由だった。
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※この話はすべてフィクションであり、実在の人物・地名・事件・建物その他とは一切関係ありません。




