17章 アタシの、煙に巻かれた、記憶。 ~Memory Memory~ -31
彼女のデータフォルダには、ムービーファイルと録音ファイルがそろぞれ残されていた。ファイル名がそれぞれ変更されており、ムービーファイルの方が『先』、録音ファイルが『後』になっている。
「普通に考えたら見ろってことよね。祥吾さんよろしいかしら?」
皆の視線が夫の方へ注がれる。皆に見られて緊張しているのか額に汗をかいている。
「どうしました?」
「え…あぁすみませんね、汗っかきなもので。でもその前に僕が確認しましょうか?芽衣子のプライバシー的なものが記録されているのだとしたら、彼女に申し訳が立ちませんし。」
「まぁいいじゃないか、とにかく記録を再生してみよう。途中で山神芽衣子さんの個人的な事情などが出てきたら即座に中断するということで。」
「はい。」
警部の言葉に仕方なしと言った感じで了承した祥吾。その間に雅樹が動画・音声再生用のアプリを使用可能にしておいた。
「じゃあ再生するわよ。『先』って書いてあるムービーファイルからね。」
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動画が始まると、それは山神芽衣子の自撮りムービーだった。のり子によるとここは確かに、火事で焼け落ちる前の山神家の地下室だという。スマホをなにかに立てかけ、彼女がそれに向かい話しかけているという構図だ。
「私は今、夫の山神祥吾に殺されようとしています。時間がないので要点だけを説明します。」
冒頭に彼女が放ったその一言にその場にいた全員が固まり、映像に釘付けになる。
「私は今朝、気づくとこの地下室に居ました。まだ頭が痛みます。昨晩22時頃です、私はリビングで夫の祥吾の晩酌に付き合っていました。と言っても私は元からお酒が弱く、昨日も祥吾だけがアルコールを飲み私はコーヒーを飲みながら彼の話に付き合っていました。ところがどんどん眠くなったのです。コーヒーを飲めば普通、カフェインで目が冴えるはずなのに。思えばいつも飲んでいるコーヒーなのに、普段は感じない仄かな苦みがありました。飲んでいるときはいつもよりコーヒーが濃かったかな?くらいにしか思っていませんでしたが、今思えばあれは睡眠薬の苦みだったのでしょう。」
「私はつい30分ほど前に目覚め、当然リビングへ上がろうとしましたがドアが開きません。仕方なくインターホンに連絡を繋げると、夫は私が起きたのを機に家に火を放ったと発言しました。彼の言葉が本気なのはすぐにわかりました、今もこの地下室の温度は上がり続け、もう暑いくらいです。今は12月だというのに。」
「ただ私は自分が地下室で目覚めた時点で嫌な予感がしたので、スマホの録音ボタンを押してから夫とインターホンでやりとりをしたのです。この事実はあの男が知らないことです、ですからこのスマホはあの男以外の誰かが見つけてくれることを祈っています。夫が見つけたら絶対に処分されてしまいますから。」
「時間がありません。夫との録音データをこのスマホに隠しておきます。誰が最初にこのスマホを見つけてくれるかわかりませんが、願わくばあの男の罪を暴いてください…。」
動画はそこで終わってしまった。自然とみんなが祥吾へ視線を向けると、彼は滝のような汗をかきながら地面に目を落としている。
「…とりあえず、録音データの方も確認してみよう。」
警部の声にのり子は意を決し、今度は『後』のデータを再生した。
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