17章 アタシの、煙に巻かれた、記憶。 ~Memory Memory~ -16
その一件以来、なんとなくアタシは山神さんと距離を置くようになってしまった。具体的に言うと銀行の休憩時間では今まで通り会話していたものの、プライベートで遊ぶことはなくなった。彼女の家に行くことも控えた。彼女は何度か誘ってくれたけれど、どうせまだ子どもの話ばかりされたらお互いにまた嫌な思いをするだけだ…そう思ったアタシは適当な理由をつけて一切の誘いを断った。
そのうち彼女の方から遊ぼうと言ってくることもなくなったが、アタシはそれで良いと思った。きっと今まで、アタシが山神さんに近寄りすぎていたんだと思う。アタシが離れれば彼女だって他に話を聞いてくれる人を見つけるはずだと。
それまで一緒に会話したり遊んだりしていた相手と距離を取ることに、多少の抵抗はあった。むしろ少しの罪悪感すら感じた。だけどアタシはどうやっても山神さんの悩み相談に乗ってあげられない…それが心苦しくて、逃げてしまったのだ。
そうして付かず離れずの距離を維持し始めて数ヶ月した頃かしら、山神さんから久しぶりに相談したいことがあると言われた。アタシはまた断ろうとしたが、彼女がどうしても誰かに聞いてもらわなくては耐えられないと弱音を吐いていたので驚いて、久しぶりに彼女の家に行くことになった。だって彼女のイメージは、明るく優しくて、仕事も家事も効率が良い、いわゆるデキる女だったのだから。
しばらくぶりに彼女の自宅を訪れた。到着しましたとメッセージを送ると門が開き、アタシは何を言われるかとドキドキしながらお邪魔した。
彼女の旦那は不在だった。最初はお互いちょっと気まずくて彼女が出してくれたコーヒーとお菓子をつまみながら、仕事の話や近況など当たり障りのない会話をしていた。例のだだっ広いテーブルは相変わらずで、やっぱりこのサイズに彼女と2人で座るのは少し寂しい感じがした。
もしかして子どものいない彼女夫婦は、毎日この寂しさを感じていたりするのだろうか?それとも人間は慣れる生き物だから、もう気にならないのだろうか?しかし彼女の方からはいつまでも切り出してこないので、ついにアタシの方から聞いてみた。
「それで、なんですか聞いて欲しい話って。この前真剣な顔をしていたから驚きました。」
「あぁ…えっとね…。」
彼女はうつむき、しばしの沈黙が訪れる。相当話しづらいことなのだろうか?アタシは黙って彼女の言葉を待った。数分、いや数十秒だったかもしれない。彼女は意を決したように顔を上げた。
「ごめんねのり子ちゃん、私あなたに子どもの話ばかりして。嫌な思いさせてたよね?」
突然謝られて戸惑った。どうしたんだろう?
「いえ、アタシの方こそごめんなさい。力になってあげられなくて…。やっぱり山神さん、お子さん考えてるんですよね?」
「…うん。」
彼女は目をテーブルに落とし小さく頷いた。今の山神さんは、アタシのイメージの彼女とは真逆だった。
「のり子ちゃんに前、言われたじゃない?夫婦の問題は夫婦で解決しろって。それは正論だし、私もできることならそうしたいの。夫とも何度も話し合ったわ…でも解決しないの。そして夫との溝はどんどん広がっていくばかりなの…。もう私には、どうしたらいいか分からないの。」
彼女が泣きそうになっているのが、震える彼女の声で分かる。それでもなお泣かないようにしているのが健気で、だからこそ見ていて余計に辛い。
「私、子どもが欲しい。産婦人科の先生にも、女性の出産適齢期は25歳~30歳頃だって言われたの。それで旦那にも協力してもらっているんだけど、一向に妊娠できないのよ。」
女性特有の、とてもデリケートな問題だ。だが将来結婚して家庭を持ちたい願望のあるアタシにとっても他人事ではなかった。
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