17章 アタシの、煙に巻かれた、記憶。 ~Memory Memory~ -13
まずい、そろそろ帰らないと!いくらホームパーティをした仲とは言えさすがに初対面で晩ご飯までごちそうになるわけにはいかない。それに山神さんの旦那だって帰って来る頃だろう。アタシは素早くマイクを消毒用アルコールとウェットティッシュで拭き機材や部屋を片付け、室内の電気を消すと地下室から上へ上がった。靴棚の中板をすべて戻し、リビングへ向かう。
「あらのり子ちゃん、結構長い時間歌ってたわね。ストレス溜まってた?一緒に夕飯食べていく?ちょっと多めに作ったから。」
「すみません、カラオケに熱中しすぎて遅くなっちゃいました…。このあとコンビニでインターネット通販の料金払うものがあることを忘れていたので帰ります。支払い期日があるので。」
「そう?何も遠慮しなくていいのに。」
ちょっと残念そうな彼女には悪いが、一応アタシにも一般常識くらいはある。おいしそうなハヤシライスの匂いが鼻をついて食欲を刺激してくるけど、ここは我慢我慢…。
玄関まで山神さんがお見送りに来てくれた。
「今日はとっても楽しかったわ、ありがとう!」
こちらこそ、またお邪魔したいです。失礼しますと言って挨拶を済ませた瞬間、玄関のドアが開いた。
「ただいま…あれ、お客さん?こんばんは。」
「あ、始めまして。アタシ芽衣子さんと同じ銀行に勤める川島田のり子です。」
山神さんの旦那だ、名前は祥吾さん。アタシの彼に対する第一印象は、やさしくて真面目そうな男性だなという感じだった。彼はそのまま何か芽衣子さんと二言三言話すと、靴を脱いでお風呂場の方へ歩いて行ってしまった。すぐにシャワーの音が聞こえてくる。
「優しそうな方ですね。」
「えぇ。あんまりおしゃべりなタイプじゃないけど、彼のそういうところも私は好きなのよ。大学当時も派手な女遊びみたいなことは一切なかったみたいで好印象だったな。」
「分かります!結局一途な男性が一番ですよね。」
「そうね。遊び人タイプはデートや女性の扱いが上手だから、遊ぶだけなら楽しいんだけどね。でも結婚するとなったら別、遊んで楽しいだけが結婚じゃないから。それよりまた遊びに来てね!」
あ!アタシったら玄関先でまたおしゃべりに夢中になっちゃった。ここからは夫婦の時間、邪魔者はさっさと帰るとしましょう。挨拶だけしてアタシはそそくさと帰宅した。
帰り道、夜風に当たりながらアタシは考えた。
(取り立てて背が高いわけでも、顔がイケメンってわけでもなかったわね。でもあぁいう人が大企業の御曹司なんて世の中分からないものよね。人を見た目で判断してはいけないっていうけれど、その通りだわね。アタシも早く素敵なパートナーと結婚したいわぁ!そしてゆくゆくは子どもだって…。)
素敵な夫婦に出会ったり素敵な結婚式に参列したりすると、自然と結婚願望が湧いてくるものだなとアタシは実感する。もちろん表面的に幸せそうに見えて大変なカップルや夫婦はたくさんいるんでしょうけど、それでもアタシからは輝いて見えた。
だけどアタシはこの時なにも知らなかった、完璧に見えた山神さん夫婦にも闇があったことに。アタシは"悩みのない人間などいない"ということをモットーに生きているが、それはこの件でアタシの心に深く刻まれたことだったのだから。
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