17章 アタシの、煙に巻かれた、記憶。 ~Memory Memory~ -9
それからアタシは銀行の仕事がちょっと楽しくなった。職場に誰も味方がいないのと、一人でも気軽に話ができる相手がいるのでは気分は雲泥の差ほどに違いがあった。そりゃ毎日のように山神さんと一緒に休憩できるわけじゃないし、仕事をしに職場へ行ってるわけじゃないから無駄口ばかり叩くわけにもいかない。それでも、今まで一人ぼっちで頑張っていた現実から抜け出せた気がした。
山神さんもお弁当を自分で作っていて、だからこそお昼一緒になったときのトークに華が咲いた。思えばアタシの料理が上達したのは山神さんの影響もあったと思う。彼女の作ったお弁当を味見させてもらうこともあったが、どれを食べても本当においしかった。彼女は旦那のお弁当を作った余り物よと照れくさそうに笑っていたが、仕事をして家庭内の家事もこなす山神さんはいつしかアタシの理想の女像になっていった。
ただ彼女は結婚していたため、残業以外は基本的にすぐ帰っていった。仕事が終わった後に、同僚とゆっくり一杯引っ掛ける。そんな大人の生活にちょっぴり憧れがあったアタシは寂しかったが、しかし山神さんには旦那がいるのだ。仕事が終わればスーパーに寄って旦那の食事を作って待っている、そんな忙しい山神さんを無理に誘うわけにもいかなかった。
そんなある日、山神さんがご自宅に招待してくれたことがあった。確かそのときはちょうどアタシと山神さんの3連休が被ったのだ。休憩時間だけじゃお互いしゃべり足りないし、たまには一日語り明かしましょうと言われ、もっと山神さんと仲良くなりたかったアタシは当然即オッケーした。
あれは10月の終わり頃だったかな…。山神さんの旦那が日中家にいないからと、2人きりのプチパーティだと言っていた。そして当日の朝。アタシは飲み物やおやつを買って持参することを申し出ていたので、最寄り駅から歩く道中スーパーにより色々買ってから彼女の家へ向かった。
彼女の家に着いてびっくりした、都心近郊だというのにものすごく大きかったのだ。田舎なら庭付きで広めの一軒家という感じであろうが、ここは都心近郊である、しかも庭付き。住所が高級住宅街だったのでなんとなく構えてはいたが、予想以上の広さだった。最低でも数億はするだろうと思い少しアタシは怯んでしまった。
震える手で"山神"の表札が出ている白い門のインターホンを押すと、すぐに彼女が玄関から迎えに来て門を開けてくれた。実は門扉のところに監視カメラがついており、アタシが来たことはカメラの映像ですぐ分かっていたという。この辺は高級住宅街なので、むしろカメラがない家の方が珍しいのよと彼女は言っていた。
門から少し歩き玄関をくぐると、玄関も広々としていた。極力柱というものを無くしたデザインにこだわったらしく、また持ち主が高齢になっても住めるよう簡易的な段差はすべてバリアフリー設計になっていた。
はいどうぞとスリッパを出してくれたけど、アタシ恐れ多くてとても緊張しながら敷居をまたいだのを今でも覚えている。それまでは生涯かけて必死に貯金しても、アタシの人生きっとこんな高級住宅とは縁もゆかりもないだろう…そう思っていたのだから。
「旦那の実家がね、資産家なのよ。ここは別荘やお仕事の打ち合わせとして使っていたそうなんだけど、築3年しか経ってないらしいし、年に数回しか使わないのはもったいないからって私達が住むことになったの。そういう事情があって異動願いを出して転勤してきたのよ。」
こ、こんな庭付きの広々とした一軒家を、年に数回しか使わないなんて…。アタシの感覚とお金持ちの感覚には計り知れないほどの壁があることを思い知らされた。
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※この話はすべてフィクションであり、実在の人物・地名・事件・建物その他とは一切関係ありません。
・山神さん宅はあえて詳しくは描写しません、皆様の思う一軒家を想像してください。




