16章 謎の女-48
従業員は雅樹に部屋番を伝えただけで鍵を渡さなかったから、おそらく銀持がすでに部屋で待ち構えているのだろう。教えられた部屋の前に立ち、深呼吸してからドアを3回ノックする。入れ、という声がしたのでドアを開け入った。
部屋の内装はこの前宿泊したときと同じだ、違うのは銀持氏がテーブルを挟んだ向こう側に腕を組んで座っているだけ。座れ、と言われてオレは対面の椅子に着席した。
「それで?あの件をどこまで掴んでいるのか、まず聞かせてもらおうじゃないか。」
「天草カレンさんが轢き殺されたとき、本当はあなたが運転していたこと。運転手を身代わりに出頭させたこと。…そんなところです。」
「ハン!その程度の情報でよく私の元に来たな。いいか、警察が私は同乗していただけだと結論付けて、あの運転手を逮捕したことで処理が終わっているんだぞ?」
鼻で笑うと見下したように頭を後ろにそらし、口を半開きで笑う銀持。しかしこの程度の挑発に乗ってしまっては勝負にならない。我慢、我慢…。
「他にも色々と証拠は握っていますが、まず銀持さん。あなたの証言をお聞かせください。」
「何でも屋ごときが警察のマネか?悪いが私はキミのように暇じゃないんだ、帰らせてもらうよ。あぁ部屋代はタダだから安心してくれたまえ。」
そう言って席を経とうとする銀持。仕方ない、情報を出すには早すぎると思ったが、帰られては元も子もない。
「逃がしませんよ、コレを見てください。」
雅樹がスマホを差し出す、それは例のダンスサークルが撮影した映像だった。銀持も最初はやれやれという感じの表情で眺めていたが、自分の車が映った辺りで表情が凍りつく。
「ね?夜なのに街灯の下だったおかげで、バッチリ撮れてるでしょう?銀持さん、あなたがハンドル席に座っている姿がね!」
「若造が…。一人で会社に乗り込んできたときは何事かと思ったが、確証があったわけか。いいだろう、相手になってやる。だが私が証言してなお私が無実だった場合、キミは私に精神的苦痛を与えたとしてそれに対する慰謝料を請求しようじゃないか。」
「…。かまいません。」
銀持のことだ、立証に失敗したらとんでもない額を吹っかけてくるに違いない。思わず怯んだ雅樹と、脅かし文句に効果があったと見てニヤリと笑う銀持の表情が対象的だ。
「ではまず、車の運転について。あの車はあなたの所有する車なんですよね?なんでわざわざ運転手が運転していたと主張したんですか?自分の車なら、自分で運転すればいいのに。」
「貧乏人はこれだから困るな。我々のような金持ちはな、専属の運転手を雇うくらい当たり前にやっているんだよ。その方がいちいちタクシーを呼ぶ手間も時間も省略できる。あの男は朝も夜も私の送り迎えを担当していた、それは警察も調査済みだ。」
「残念ですがそうはいきませんよ。あなたが運転手を雇っていたのは事実でしょう。しかしあの映像では確かにあの夜、あなたが車を運転していたようです。」
少し考える銀持。自分の証言に矛盾があることに気づいたようだ。
「あぁそうだ、思い出したよ。あのときホテルへ着く前にコンビニに寄ったんだ。疲れていたからな、そのとき運転手と運転を交代したんだよ。」
これなら問題ないだろう?と言わんばかりの銀持。絶対にウソだ、なぜならこのホテルの周辺にはコンビニがないのだ。しかしそれを言ったところで、どうせ違う店の駐車場だったとでも言い逃れするに決まっている。時間の無駄なので切り口を変えよう。
「本当にそうでしょうか?あの動画の撮影時間、事故が起きる3分前なんです。たった3分で目的地のホテルに着くというときに、運転をわざわざ代わるでしょうか?あと2~3分で目的地に着くのであればさっさと到着してから休憩しよう、そう考えるのが運転する人の心理だと思いますが。」
「だがキミにそれを証明することができるのかな?私が運転を交代した、と言ったら交代したんだよ。そしてそのあとにあの運転手が女を轢き殺してしまったんだ。信じられないなら私の証言を覆す証拠を出すことだな。事故の瞬間に私が運転していたという証拠を。」
あるわけない、そう言いたげに余裕の笑みを浮かべる銀持。まぁいいでしょう、それでは話を進めますと雅樹は仕切り直すことにした。
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