15章 特殊詐欺の行く末-44
パソコンの前に立つと、帰り支度を始める重河に笑顔を向ける忠司。その笑顔が重河にはひどく不気味に思えて、バッグを持つ手に汗がにじむ。
「残念ながら、俺達の勝ちです。」
「は?何言ってんだ、そのパソコンならあんたがさっき目の前でシャットダウンしただろ。」
「本命はこっちです。」
のり子と雅樹があっ!と声を上げる。それはスマートフォン…そう、重河が来る前に充電しながら警察に電話するために使っていたものである。
「警戒が甘いですね、今時スマートフォンの2台持ちは珍しくありません。俺がさっきあなたの目の前で電源を切った機体はプライベート用、そしてこっちは仕事用です。」
さらに忠司が画面に手を触れると暗転していた画面に文字が…そこには『捜査二課 ヤナギ警部』と表示されていた。
状況を徐々に呑み込む内に重河の顔が青ざめていく。
「つまりずーっと通話状態だったんです、途中で電源が切れないよう充電器につなぎっぱなしになっていました。あなたの目の前でボイスレコーダー等の電源をわざと切ったのは、あなたを油断させるためです。」
忠司はスマートフォンに向かってその長身をかがめると、ヤナギ警部お願いしますと一言告げた。途端に入口のドアが開かれ4人の警察官がなだれ込んできた。
先頭に立つヤナギ警部が警察手帳を見せながら署にご同行願います、と告げると重河は観念したのか大人しく連行されていった。
同日 夜7時 事務所
「いやードラマみたいに警察がなだれ込んでくるなんてことあるんですね!仕事用スマートフォンのことは黙っていろとあの時言われた時点でなんとなく察しがつきましたけど。」
「それにアタシ達の感情的な演技も見事だったでしょ?女優でも目指そうかしら?」
興奮しながら口々に調子の良いことを言う二人、だがこの二人の協力あってこその犯人確保だったことも事実。忠司は黙って報告書をまとめていた。
「スマートフォンを使い分けて詐欺を働いた男が、スマートフォンを使い分けたアタシ達に負けたってわけね。」
のり子は一言そうつぶやくと、食器類の片付けは雅樹に任せ一足先に帰って行った。
---事件のその後---
事務所での重河の発言はヤナギ警部の方のスマートフォンに録音されており、それが司法取引をした大沢の自供と整合性が取れたことで無事大沢の証言力も認められたという。
さらに捜査二課は前々から薄々詐欺グループ元幹部はTANA・SIGEの関係者ではないかと睨んでいたらしい。というのもそのグループの詐欺被害はTANA・SIGEファンクラブかその身内という共通点があったからである(捜査上の重要情報ということで世間には公表されなかった)。
それでも犯人に繋がる確証がなく家宅捜索に踏み切れなかったようだが、今回の一件で重河のマンションが無事調査され詐欺のターゲットリストが見つかった。いずれも住所や電話番号を載せた熱心なファンたちの手紙を、アナログ式にファイルに閉じていたのだった。
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※この話はすべてフィクションであり、実在の人物・地名・事件・建物その他とは一切関係ありません。