13章 事件と事故-44
※この話はすべてフィクションであり、実在の人物・地名・事件・建物その他とは一切関係ありません。
「そういえば裁判って、必ず容疑者に弁護人が付くわよね。」
「そうですね。」
「あれ、なんでなのかしら?だって明らかに5人くらい殺して反省していない犯人にだって『本人は心神喪失状態であり無罪を主張します』とか言うじゃない?世間的にも冷たい目で見られるじゃないの、殺人犯を無罪にしようとした弁護人だって。」
「弁護人を付ける義務があるからな、それに警察や検察の捜査だけで裁判したら一方的な意見で進んでしまう。それこそ昨今問題視されている冤罪を助長しかねない。多角的に判断するためにも、反対意見を述べる弁護人が必要なんだ。ただ弁護士も人間だ、仕事を受ける理由も人それぞれというわけだ。人情のため、金のため、知名度のため…それはその容疑者の弁護を引き受けた本人にしか分からない。」
「国会でも、与党と野党に分かれて意見のぶつけ合いをしますもんね。」
「まぁ考えてみたら、カップルの痴話げんかも一方だけの意見を聞いた後にもう片方の意見を聞くと、全然違うじゃない!ってことがよくあるわよね。」
「のり子さんらしい例え方だけど、そう言われればちょっとわかりやすいかも。」
夫は翌日に取調室に呼び出されて、長時間の事情聴取を受けても黙っていた。BとCはもうお互い自白したことも把握しているようで、警察の質問には素直に答えていた。だから今の彼らの『分からない』は本当の意味で分からないなのだ。
そう、夫の動機である。
なぜ妻を殺そうと思ったのか、そこが本人の口から離されない限り推測と状況証拠でしかない。一応警察側は"仕事が行き詰っていることによるストレス"、"何度も子供がほしいと迫る妻にうんざりしたから"…この辺りが動機だろうと踏んでいた。
だが夫は黙秘を続け、たまに口を開いても知りません分かりませんで通し続けた。一言話してしまえばそこから決壊したダムから水が止まらなくなるように、すべてを話してしまうことを警戒していたのだろうか。
「弁護士が付いたら、その方に全てを打ち明けます。」
その日の事情聴取の終わり際、そう一言だけ夫はつぶやいた。警察はこれ以上やっきになっても余計夫が口を噤んでしまうと踏んで、早めに弁護士がつくよう手続きを開始した。これも夫の作戦だったのか?
今となってはすべてが闇の中である。
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※2/26 更新分です。