10章 出題者のり子、その景品は?-8
※この話はすべてフィクションであり、実在の人物・地名・事件・建物その他とは一切関係ありません。
22/12/05 11:55 事務所
「キーホルダーなんて、奥さんなんで部屋に入ったとき拾わなかったんすか?」
雅樹がぶー垂れると、のり子は言う。
「そのことは資料には書かれていなかったけど、まぁ普通は死体の方がインパクト強いからね。実際死体のある部屋に入ったら、床に何が落ちてるかよりまず驚く。そしてどうしようかとパニックになり、まず警察だ!と通報する。そして警察の指示に従う…よほど冷静な人じゃない限り、普通こうなると思うわ。実際奥さんもその流れを辿って、大人しく車の中でジッとしていたわけだし。」
二人の話を会話を黙って聞いていた忠司が、フッと顔を上げる。
「分かったぞ、まぁ雅樹のおかげでもあるが。川島田、いいか?」
どうぞ。とのり子が言うと忠司は自分の考えを述べ始めた。
「まず現マネージャーのナーシャだが、彼女の証言は本当だろう。売れっ子俳優ともなれば、どこにパパラッチが潜んでいてもおかしくない。まして合鍵で玄関を開けて入るところを撮影でもされたら、言い訳も厳しくなるだろう。彼女の行動は妥当だ。
次に奥さんのアン、彼女の言うことも本当だ。雅樹の言う通り凶器を隠す暇があり、夫に浮気されていたという動機もある。第一発見者なら現場に細工してから通報するのも簡単だ、だがさっきも言ったように床の不自然な水のシミ・誰にも拾われなかったキーホルダー・上半身裸に毛布がかけられた夫の死体の謎に説明がつかない。」
「つまり全ての辻褄があうのはリンダ、彼女が犯人だ。彼女は雑誌を持ってトーマスに会いに行ったと言ったが、恐らく新しい女ができたと勘ぐったのではないか?ナーシャの証言では実際言い寄られていたわけだし、まんざらでもなかったんだろう。だがそんな彼の態度がリンダの神経を逆なでしてしまい、自宅の包丁で刺殺されてしまう。
リンダは考えた、同窓会から帰宅してくる奥さんあたりに罪を着せられないか?と。そして彼女はまず死体の温度が下がるのをできるだけ遅らせるために、毛布をかぶせた。死体の温度が下がるのが遅くなれば、死亡推定時刻もずれてしまう。つまりトーマスが殺されたのは、本当はリンダが帰る前だったというわけだ。だがそのまま空調がついていたのでは当然、死亡推定時刻を割り出す際に考慮され自分が殺したことがバレてしまう。そこで彼女は包丁を持ち出したキッチンへ行き、氷を持ってきた。そして空調のコンセントの差し込みプラグの近くにキーホルダーを引っ掛け、さらに氷で本棚の上の方に固定する。しばらく時間が経過すると氷が解けて支えられていたキーホルダーが落ち、それに引っ張られてコンセントから抜ける。自分がアリバイを作る程度は暖かい部屋の温度を持続させたかったわけだ。
だから奥さんが部屋に入ったとき空調のコンセントは抜けていたし、本棚の前にキーホルダーと水のシミがあった。旦那がこぼした水ではなく、氷が解けた跡だったというわけだ。これらを踏まえると、リンダより後に家に来たナーシャとアンは犯行不可能だ。空調の切タイマーを使わなかったのは、寝るときも暖房をつけっぱなしにするという彼の生活からだろう。殺された日に限って律義にタイマーを使っていたら、すこぶる怪しい。だからリンダはこのトリックに頼らざるを得なかったわけだな。」
一息に語ると、ふう…と小さくため息をついた。
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