牛の首
家紋武範さんの【牛の首企画】参加作品です。
「そもそも、この国において『牛の首』というのはだな――」
とある酒場のテーブル席で、一人の男性が、周りにいる青年達に声をかける。
赤ら顔ではないところからして、酒は入っていないようだが、それでもまるで酒が入っているかのように勢いがある声だ。
「我々も追っている、牛頭天王を始めとする――」
ちなみに、残念ながら言っている事の内容はまったく分からない。
私からしたら、まるで別の世界……宇宙人辺りの会話のように聞こえる話だ。
「なんというか、ごめんな兄ちゃん」
すると、そんな私……彼らの近くの、別のテーブル席にいる私を気遣い、その男性が語りかけている青年の一人――ちょうど、夕食であろう、水餃子に似た料理を飲み込んだ青年が、男性の目を盗み話しかけてきた。
「ウチのセンセ、オカルトな話になると酒が入っていなくても饒舌になるんだ」
「ああ、気にしないでくれ」
オカルトについての何かを語っているらしい、先生らしい男性とは違い、生徒であろう青年とは、少しは話が通じるようで私はホッとした。
「というか、その……先生、いったい何を言ってるんだい? ちょっと、興味あるかも」
わざわざ謝ってくれて、なんだかこっちも申し訳ない気持ちになったので、話題を、相手の得意分野であろう事に変える。
正直に言うと、オカルトに興味はない。
だが青年達がテーブルの下に置いている荷物からして、彼らは私と同じく旅行者だ。同郷でこそないだろうけど、それでもこの場で出会えたのは何かの縁かもしれない。険悪な雰囲気になるよりはいいだろうと思っての事だ。
「え、兄ちゃんオカルトに興味あるのッ?」
すると青年は、先生に聞こえないように声を抑えつつ……嬉しそうに顔を綻ばせながら私に訊ねてきた。
「ま、まぁね」
その勢いにちょっと気圧された私は、一瞬目を逸らしてしまった。だがそれでも青年に気を悪くした様子はなかった。むしろ先生に話を聞いていない事を気付かれないよう気を付けながら「実は俺ら、センセの知り合いに頼まれて来たんだよね」と、自分達の事情を話し始めた。
※
青年の話を要約すると、こうだ。
先生の知り合い――ありな、という名前の女性が、考古学に精通している先生に一昨日助けを求めてきた。
どうやら、彼女が住む地域で発掘された遺跡で発見された壁画の文字から、歴史の闇に葬られてしまった一つの事実――この地域では『牛の首』と呼ばれる怪異の起源が明らかになったらしい。
しかし起源は明らかになったものの、その物的証拠は遺跡内のどこにもなく……その証拠のある場所の正確な位置を、壁画に書かれている内容から特定しようにも時間があまりなく……だから助っ人として先生を呼んだと。
そしてその知り合いの要請を受けて、先生は青年達――生徒を引き連れ、その事実を確かめに行き、改めて壁画の内容を解読したところ、その『牛の首』関連の伝説の起源となった『聖地』と呼ぶべき場所がこの場所の近くにある事が発覚。
それで先生は、滞在する期間を予定よりも延長し、その『聖地』を捜そうとしているという。
※
「で、その『牛の首』っていうのは?」
「え、兄ちゃん知らないのッ?」
青年の話を聞いてはみたが、私はそもそも『牛の首』という怪異を知らなかったため、彼に改めて訊ねた。すると青年は、そんな私に対し訝しげな表情を向けた。
そんなにメジャーな話なのだろうか。
「この地域……というか日本じゃ有名だよ?」
だけど青年は、結局私にその『牛の首』の事を話してくれた。
※
昔、一人の旅人がいた。
その旅人はある日、道に迷って山の中で遭難しかけたが、運良く村を見つけた。旅人は村人と交渉し、村に一時的に滞在する事になった。
その村の名前は、伝承の中には出てこないので不明だけど、他の村人とは違って快く、余所者である旅人を泊めてくれた村長によると、大昔、とても偉大な方から『牛の首』なるモノを預かり、それを祀っている歴史ある村らしいので、その旅人は便宜上……その村を『牛の首村』と名付けたらしい。
そしてその『牛の首』とやらに興味が湧いた旅人は、自分を泊めてくれた村長へとその『牛の首』を見せてほしいとお願いした。旅人は旅が好きだが、それ以上に旅する中で知った不思議な話も大好きだからだ。しかし村長は断った。アレは、外から来た者に見せるようなモノではない、という理由で。
でも旅人は諦め切れず、夜中、こっそりと、その『牛の首』が祀られている神殿へと足を踏み入れて――いつの間にやら、彼は村の外に突っ立っていた。それも、その村から遠く離れているであろう……別の村のすぐ近くに。
――今までの事は、まさか白昼夢だったのか。
あまりにも現実味のある白昼夢を見ておきながら、無事に、どこかの村へと辿り着けていた旅人はちょっと自分が怖くなったりしたが……しかし別の村に着けた事は僥倖だと、気を取り直し……その村へと入った。
それと言い忘れていたが、旅人には日記をつける日課があった。
旅先で聞いた不思議な話などを書き留め、時々読み返して懐かしむためだ。
そしてその日も、その日課に従って日記をつけ……改めて、次なる村へと旅立つための資金集めをし始めて……三日後。
旅人は、その日突然……原因不明の死を迎えた。
ただただ日記に『牛の首村』という名前だけを残して……。
※
「な、なんだか不気味な伝承だね」
思わずそんな言葉が出てしまった。
「そうっすよね」
青年も同意見のようだった。
「まるで狐か狸にでも化かされたんじゃないかって感じですよね。でもそんな話が実際にあったかもしれない事が、今回の遠征で明らかになったんですよッ」
途中で青年はテンションを高くした。
「センセ達が調べた壁画によると、どうもこの辺の地域に、数千年前、邪教の一派が亡命してきたっていう事実があるっぽくて、でもってその壁画を残した人達は、そいつらと一戦交えたりして――」
「シーンジく~ん!? ちゃんと話を聞いているのかな!?」
すると、その時だった。
どうやら話を聞いていない事が先生にバレたらしい。
シンジ、と呼ばれた青年は「あ、ヤバ」と言いつつ、一瞬顔を引きつらせた。
「あ、あとは自分で調べてみてくれよな♪」
そして最後に、私にそう言い残して……。
※
その翌日。
まんまと今回の競争相手から、できる限り情報を入手した私は、すぐにその『牛の首村』を捜すべく動き出した。
私の仕事は、依頼主に注文の品をお届けする……いわゆる運び屋だ。
それもただの運び屋ではなく、世界中のどの考古学者やトレジャーハンターよりも早く、まだ見ぬ歴史遺産を見つけ出し、それをお届けする裏家業的なトレジャーハンター兼運び屋だ。
そして今回、私が入手を依頼された物は『この地域にかつて存在していた邪教の崇拝対象』と、その邪教の神官が持っていたとされる『禁断の知識』。
全然ワケが分からない品である。
だから私は先日、その依頼主からあらかじめ、補足事項として教えられていた、その品の入手を同じく狙っているらしい集団に自然に接触した。そしてそれなりの情報を得る事ができたのだ。
残念ながら、場所までは分からなかった。
だが、この辺りにその依頼の品が存在する可能性がある事は分かった。
私にとっては、それだけでも充分だ。
あとは私と、この地域にあらかじめ潜伏させていた仲間で……彼らよりも先に、依頼の品を見つけてみせるッ。
※
私の予想では、その目的の場所は山中に存在する遺跡……あるいは廃村だ。
酒場で説明した通り私はオカルトにまったく興味を持っていないが、仮にそんな村があったら現代の、このグローバルな社会の中で、その存在が発見されないワケがないと確信している。
ならばなぜ、その存在がニュースや科学雑誌で発表されていないのか……村が土にほとんど埋まっている状態だとすれば、今まで見つからなかったとしても不思議ではない。
「これよりこの地域の山々を人海戦術で調査する!!」
なので私は、堂々と仲間達に指示を出す。
「連中に先越される前に目的の村らしきモノを見つけ出せ!! もしも途中で連中に会ったら、射殺しても構わん!!」
※
『牛の首村』の捜索は……当たり前だが、半日以上にも及んだ。
山中での捜索のため、山登りした時間も足せば、さらに時間が経っただろうか。
あらかじめいろいろ準備していたこちらとは違い、今回の競争相手は、会話からして、昨日の時点では調査を続行すると決めた段階であったので、本日の午前中はそのための準備に明け暮れるだろう。
だがこれ以上時間をかければ、さすがに鉢合わせしてしまうかもしれない。
そう思い私は、私の仲間がすぐにでも発見の報告をしてくれると信じ、私自身も捜索に参加しつつも、無線機の方に注意を払った。
※
気付けば、夕方になっていた。
山々の稜線に半分近く陽が沈み、空が紫色になっている……のだが、私達がいるのはそんな陽の光があまり届かない森の中。不気味な暗さが周囲に広がっていた。
日本には一寸先は闇、という諺があるようだが……まさに今がそんな感じだ。
いや、周囲の様子を認識できる範囲は、その一寸よりも広いが……それでもその向こうにあるのは、森の木々の輪郭が中途半端にボヤけてしまうほどの暗い空間。その中途半端さが、私に、そのボヤけた部分の補完を無意識の内にさせようとして……私の中にある〝理想の恐怖〟を映し出す。
まるでその、ボヤけた輪郭の部分に、ヒトならざる何かがいるような……そしてそいつらが、私を始めとする者達を吟味し、隙あらば向こう側へと引きずり込まんとするような……そんな幼稚な想像を思わずしてしまう。
アホらしい。というかそれ以前に、私はオカルトを信じてない。そんな存在などいるハズがない。ただの目の錯覚。暗闇へと人間が向ける恐怖が生み出した、空想の産物だ。
しかし、それでも……私はその恐怖を、どうしても拭う事はできなかった。
※
そうこうしている内に、夜になってしまった。
競争相手と鉢合わせしなかったのは僥倖だが……これでは私達の捜索が難航してしまう。
しかし一方で、これだけの時間をかけたのだ。手掛かりらしきモノを入手した仲間がいるだろう。だから私は無線を使い、その仲間達に、あらかじめ決めておいた集合場所へと集まるよう指示をした。
※
「?? エリとユリが帰ってきていない?」
集合場所に行ってみると、数人の仲間が帰ってきていた。だがその中に、エリとユリがいない。思ったより奥深くまで捜索に行って、戻ってきている途中なのか。
「エリとユリって言ったら、社長が区分したエリアの……隣り合った箇所を探していなかったか?」
仲間の一人――レイが他の仲間に言った。
そういえば確かに、私は二人に、山の地図を見ながらそう指示を出していたな。
「まさか、二人が行った場所に……何かあったんじゃ?」
別の仲間――ケイトが不安そうに言う。
すると、私を含めた全員に……その不安は伝播した。
私はすぐに、二人を捜しに行く事を決めた。
※
エリとユリが捜索に向かったのは、隣の山との間にある峡谷の辺りだ。
集まった仲間全員で、そこへ向かう。もう辺りは真っ暗で、ライトなしでは進めない。本当ならば、暗い山中を進むべきではないかもしれないが、いつ競争相手がこちらに追い付くか分からないし、エリとユリの安否も気になる。
早くその峡谷へと向かわねば。
草むらをかき分ける音がする。
私達が立てる音だけじゃない。
それ以外が立てる音もする。
ガサゴソと、私達以外が草むらをかき分ける。
それは、この地域にいる鳥獣の類が立てる音なのか。
同時に、風で木々の葉が揺れる音もする。
昼間であれば、何とも思わない現象……しかし夜になると、不気味に聞こえる。
ほとんどの動物や虫が寝静まったせいなのか。その音が必要以上に協調される。
――カサカサ――カサ――カサカサ――
――ザワ――ザワザワ――ザワ――ザワ――
草木の揺れる音、かき分ける音。
それらが協奏曲を奏で、私達の恐怖を煽る。
しかし私達は、止まるワケにはいかなかった。
大事な仲間の安否がかかっているし、それにビジネスの面でも――。
――とその時だった。
私達の進行方向――ライトを向けた先に、急に二つの、白く、ぼんやりした影が現れた。
私達は思わず、ライトだけでなく手にした銃の銃口も向けた。
ま、まさか幽霊が出たんじゃないだろうかと……オカルトを信じない私も含め、誰もが思った。未知への恐怖を覚え、思わず冷や汗が全身から滲み始め……心臓がより早く、鼓動を始める。
「社長」
「見つけましたよ」
だが少しして、影の方から聞こえた声を聞いた瞬間……私達は脱力した。
なんと、ライトに照らされた先にいたのは、行方が分からなくなっていたエリとユリだったのだ。
「この先に、山の奥へと続く洞窟があるんですが」
「自分達はまだ最奥まで行ってませんが……生活の跡がありました」
私達になんとか聞こえるくらいの低い声で、説明する二人。
するとその時私は……いや、他の仲間も、そんな二人に違和感を覚えた。
夜だからと、声が響くからと遠慮してるのか……そう思うくらい二人の声は低いが、それだけでなく……テンションも低かったのだ。
今まで二人とは、何件もの依頼をこなしてきたが、ここまでテンションを下げるような事があっただろうか。少なくとも、私が知る限りでは、そんな事は一度たりともなかった。
――まさか、競争相手が何かを仕掛けてきたのか。
ふと、そんな被害妄想が頭を過る。
あり得ない事ではないかもしれないけど……でも、だったらなぜ、連中はそれを私達にも仕掛けてこないのか。私達のような存在を敵視する連中だろうに。
「…………分かった。エリ、ユリ、その洞窟に案内してくれ。そしてみんな、警戒をしつつその洞窟内の調査を始めよう」
だが、なんらかの罠があろうとも、その罠を粉砕するまで。
今までインターポールやユーロポールに何度も目を付けられ、そして時には妨害された事もあるが、それさえも乗り越え今の私達がある。
そう簡単に、やられるものか。
※
件の洞窟は、山の中へと……斜め下に続いている形で延びていた。
まるで、あの世への入口であるかのように、死者を食らわんとするかのように、ポッカリと……その口は開いていた。
そういえば日本には、地獄穴の伝承が。
そして北米にはシパパと呼ばれる穴の伝承があった事を……ふと思い出す。
どちらも、別の世界へと通じるとされた穴の伝承だ。
――もしかしてこの洞窟も、そんな世界へと通じているんじゃないか。
何度も言うが、私にオカルトへの興味はないが、そんな伝承は嫌でも耳にする。なのでつい、目の前の洞窟の入口たる穴と、その伝承とを繋げてしまう。
明かりを向けても、穴の内部の全容は見えない。
まるで、ブラックホールのように光を吸収しているんじゃないかと思うほど……洞窟内は暗い。
しかし、仲間が洞窟内に生活の跡があると言っていたし、それに他のエリアでは『牛の首村』らしき存在の痕跡を発見できなかったのだ。もしかすると、古代日本にかつて存在したとかいう、富士山の麓の国のように富士山噴火によって埋もれてしまった……この地域の場合は火山がないので、土砂崩れで無くなってしまった村かもしれない。そしてもし、そんな村が実在していて……運良く、土砂崩れが起きなかった場所にあった神殿だけが、残されてしまったとしたら。
――この洞窟が、それである可能性はあるんじゃないのか。
そう思った私は、すぐに仲間と共に洞窟内に入る決断をした。
※
澱んだ闇が、周囲に存在していた。
しかもその闇自体が、意志を持って動いているかのような気もした。
ここには……洞窟内には、そんな恐怖があった。
仲間がいる分、その恐怖は薄まっているが……逆に仲間がいなければ、どれだけ怖かったかと思うと……想像したくないな。
しかし私達は、いくら怖かろうとも進まなくてはいけない。
ザリ、ザリ、と靴音を立てつつ……慎重に慎重に、洞窟内を進む。
エリとユリの様子がおかしかった事からして、なんらかの罠はあるだろうが……それでも私達は前に進む。
洞窟は、途中でカーブをしたりしたものの、分かれ道などはなかった。おかげで迷う事なく、私達は最奥へと向かう事ができた。
途中、火を焚いた跡を、洞窟の壁を削って造られたスペースで見つけた。
このスペースは、休憩所として造られたのだろうか。その中央部分の焚き火の跡は、当たり前だが、今は燃え尽きている。
だが、この洞窟に人がいたという事実に間違いはない。
そいつが今回の依頼の内容にあった、邪教の関係者なのかは分からんが……ここが『牛の首村』と関係がある場所である事は間違いない。そうでなくとも未発見の遺跡として、この洞窟の情報をどこかの大学へと売り付ければ、それなりに利益が生まれる。
そして、道なりに進み……何度か曲がった後の事。
ようやく私達は、洞窟の最奥――大広間、と言うよりは、聖堂、と呼ぶべき場に辿り着いた。
そこはまるで、以前忍び込んだ中東の遺跡に酷似した場。
かつて飢饉が続き、生贄が横行していた時代の遺跡にそっくりだ。
まさか、依頼主や競争相手の青年が言っていた邪教とは、その、私達が以前忍び込んだ遺跡の神官の一派なのだろうか。
「ッ!? 社長! あ、あの祭壇!」
そんな、歴史的発見にちょっと感動していた時だった。
レイが前方へとライトと指を向けて叫んだ。私は尋常じゃない発見の予感がしてすぐにレイのライトの先に、他の仲間と共に目を向けて……絶句した。
壁の窪み――祭壇と思われる場所に黄金の像が置かれていた。
立派な角を生やした、牛の……首の像だ。
その首の、胴体との接触面がデコボコしている。
神として崇める像だとしたら、なぜデコボコした造形なのか……ちょっと謎だと思ったが、とにかくアレが依頼の品の一つ『崇拝対象』に違いない。あとは『禁断の知識』とやらが手に入れば依頼完了だ。
私はすぐに、黄金の牛の首の像の回収と、聖堂内の調査を、仲間に指示しようとして………………突然、意識が途絶えた。
※
「う、ぁああああああああぁぁぁぁああああああああッッッッ!!!!」
「ッ!?」
仲間の悲鳴で、目が覚めた。
いったい何が起きたのか、一瞬分からなかった。
少し、吐き気がする。脳が、激しく揺れたみたいにグラグラする……二日酔いにでもなったかと思ったが……どうもそんなんじゃない。
じゃあ何かと言われると……まるで、クスリの副作用のような――。
「あ、ぁがぁああああぁぁぁぁああああああああああッッッッ!!!!」
――またしても、仲間の悲鳴が聞こえた。
体調不良も気になるが、それ以上に仲間の安否が気になった私は、ゆっくりと目を開け、そして体を動かそうとして……その体が動かない事に気付いた。
縄で、縛られていた。
感触からして、間違いない。
だが、首は動かせた。
これ幸い、と思い私は……仲間の声がした方へ、ゆっくりと顔を向け……吐き気が込み上げた。
見るべきじゃなかったと、後悔した。
恐怖と、そして……とてつもなく気持ち悪い……そんな光景がその先にあった。
エリとユリ以外の仲間達が、私と同じく縛られていた。
岩で出来た、祭壇の上で……まるで、生贄の儀式で使われるような祭壇の上で。もしや私がいる場所もそうなのだろうか。
そしてそんな彼らの近くには……なんと、私と、競争相手が出会った、あの町の住民達の内の数人がいて。
その住民達は、私の仲間達の顔へと……見た事もない器具を向けて……その眼窩へと器具を捻じ込み動かして……。
意識がある仲間達が、その光景……自分の体が他者の手で、無抵抗に弄られる光景を間近で見せられて絶叫する。
どれだけの痛みが伴うのか。まだその処置を受けていない私は、仲間の悲鳴から想像する事しかできないが……想像するだけでも、とても恐ろしい光景だった。
「や、やめろォォォォーーーーッッッッ!!!!」
「あぁああああああああがあぁああああああああッッッッ!!!!」
私は思わず、目を逸らした。
だが、耳を塞げていないので仲間の絶叫が聞こえる。
やめろ、やめろ……やめてくれ!!
なんで、なんでそんな酷い事ができるんだ……同じ人間なのに、こんな、こんな……生贄にされるよりも酷い事を!!?
「LsqkNg3r8O9Ez0epqx?」
「iNZGlAmHm2hV。ATqlMQ6ejiNZG」
町の住民達が、聞いた事のない言葉を発して……私に視線を向ける。
もう散々叫び尽くしてしまったのか、言葉を発さなくなった……少々目から血を流しながらも、その目を、どこかへと向けて……呼吸をしているだけの私の仲間達から、私へと。
途端に、恐怖が湧き上がる。
私の仲間が味わった恐怖が……今度は私を襲わんとする。
ワケが、分からない。
なんで……盗みに入ろうとしただけでこんな目に…………?
町の住民達が、ヒタヒタと、私へと近付く。
その両手に、私も見た事がない器具を持って。
彼らが、私が寝かせられ、動けないよう拘束されている祭壇の周りに集まって。私の頭を、両手に何も持っていない人が、その両手で固定しようとして。私は抵抗した。でも町の人達の力は半端なくて、結局は固定させられて。そして器具を持つ人達が、それを、私の目へと向けてきて……私は力の限り叫んだ。
そして、私の眼窩へと、その器具が入れられそうになった時だった。
――突然周囲が、昼間のように明るくなり……私の意識は、途絶えた。
※
「しっかしセンセ、あの町の人達のほとんどが敵だってよく気付きましたね」
俺の生徒の一人こと竹取伸司君が声をかけてくる。
場所は、この国――隣国との戦争のせいで緊張状態にある、ウクライナの辺境に位置する、国立病院。その入院患者用の部屋の中だ。
俺達は、その部屋の中で寝かされている国際窃盗団……相手の持っていた名刺によれば『遺物発掘会社エルダーカンパニー』という会社らしいが、国際的には窃盗団として認知されているため、団と呼ぶが……とにかくそんな団員を前にして話し込んでいるという状況だ。
「素人には分からないだろうが、窃盗団の団長と会った、あの店ですれ違った地元の客の頭部に手術痕があった。
脳に関係する手術をした、と言われれば納得だが……それ以外の町民へも改めて目を向けると、同じような手術痕がある人が異常なほどいた。
するとそこでピン、と来たんだ。
今回アリナ嬢……アリナ・マリノフ嬢に見せてもらった、彼女の地元の遺跡の壁画に記述されている邪教は、近年ロシアで見つかった……約五千年前に外科手術を受けたと思われる古代人と関わりがあるんじゃないかと。
そしてこれは一部の人しか知らん事だが、同じく約五千年前に外科手術を受けたと思われる古代の牛の骸骨も発見され、フランスで研究されている。もしかするとその牛の骸骨も、なんらかの形で関わってくるのではないかとも、ね。
そしてさらに言えば、その邪教の村……後に規模が大きくなり、現在は窃盗団と出会った町となっているあの場所に、もしも今も、そんな医術……ロボトミー手術が可能になるほどのレヴェルの医術が存在していて、そしてその医術の秘密を守るためだけに、町民達をそのための兵隊……というか、ネズミ算式に仲間を増やす、ゾンビのような存在にする仕掛けもあるのならば……その『聖地』に突入する際は閃光手榴弾のような、対集団戦用の武器が必須だともね」
「あれ? 旅人がその村を見つけたのは……山の中だったんじゃ?」
「伸司くぅん」
俺は呆れながら言った。
「旅人は確かに伝承の中じゃ、山の中で迷ったが、その村を見つけたのは山の中だと伝わってはいないぞぉ」
「ぇ、何すかそれ! ややこしい!」
伸司君は苦笑した。
「ところで中塚教授」
今度は、同じくこの部屋の中にいる俺の生徒――服部史郎君から声がかかる。
「中塚教授は今回見つかった『牛の首の像』を……羽澤さんが除霊処理した後に、アリナ嬢のもとへと運ばれているあの像を何だとお思いですか?」
「おそらく、古代の中東において存在した、生贄を要求していたとされる牛の頭の神々を祀る宗教の、信者の一派によって崇められていた像だろう」
俺の生徒の一人――霊能力者でもある羽澤美緒君が、閃光手榴弾の効果が切れた洞窟内で、牛の首の像の除霊処理をしていたシーンを思い返しながら、俺は言う。
「だが、かの預言者様一行を始めとする数多の宗教組織との戦争の中で、いよいよその宗教組織が壊滅寸前まで追い込まれ……頭部だけを持ち去り、あの町に逃げてきた一派があった。そう考えると……あの『牛の首の像』の胴体との接触面がデコボコしている理由としては納得だろう?」
「しっかし、なんで連中はロボトミー手術なんてできたんだ?」
伸司君が小首を傾げつつ言った。
「手術する人まで前頭葉を切除されていたら、マトモに手術ができないような気がするけど」
「確かに。だがもしも……『牛の首の像』に、古代のその宗教組織の神官の亡霊が宿っていて、しかもその神官が……さっきも言った、古代に牛に外科手術を施せるほどの医術の腕を持っていた存在だとしたら?」
「ま、まさか……美緒ちゃんが祓っていたのって、その亡霊!?」
「まさか、前頭葉を切除された方々……人間性が失われた方々をその亡霊が操って手術させていたと!?」
伸司君と史郎君は、顔を強張らせつつ絶叫した。
自分が受け持った生徒の察しの良さを、心中で嬉しく思いながら俺は頷いた。
そして、それはそれとして……恐ろしい事件だった。
今までも数々の人間や怪異と関わってきたが……今回のそれは恐怖のベクトルがだいぶ違う。
今回の事件に関わっていた怪異も恐ろしいが、その怪異が施す手術の方がよほど怖いではないか。
だが、この事件の背後にある医術の知識……窃盗団を雇っていたと思われる謎の存在が狙っていた『禁断の知識』が奪われなくて。その『禁断の知識』を守るための『牛の首村』の仕掛けが発動してくれて……ある意味、良かったかもしれない。
もしかすると、今回の事件の中で出てきた医術は。
約二千年前のペルーなどに伝わる、成功率七十パーセント以上の、穿頭術と呼ばれる手術の起源になっていたかもしれない。
そして約二千年前の時点で、もし、現在の医術レヴェルに匹敵する成功率の医術が存在したとすると……彼らの現在の医術はどれだけのレヴェルなのか。
もしも良からぬ輩にその技術が伝わってしまったら……世界が、悪い意味で一変してしまうかもしれない。
「うっ、んん……」
おお、ちょうどいい。窃盗団の一人が覚醒しそうだ。
世界の平和のために……完全に覚醒したら、またちょっと怖い目に遭ってでも、いろいろと話してもらわねば。
日本限定だと、ルールにはないのです(ぇ