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第1話 今日も俺は手紙を届ける


佐竹加奈子(さたけかなこ)さんでお間違いありませんか? ――はい、結構です。こちらにサインを」


 まだ暑さの残る初秋(しょしゅう)の午後。

 俺は一軒の農家の土間で、宛先人(あてさきにん)書留(かきとめ)のサインを求めていた。


 目の前の60代(なか)ば程の女性は、郵便局の制服姿の俺を特に気にもとめない様子で、俺の手から一通の封筒を受け取る。

 それは彼女に宛てられた、おそらく息子さんからの手紙だ。


「――では」

 俺は彼女が手紙を受け取ったのを確かに確認すると、すぐさま(きびす)を返した。早くここから立ち去るために。


「待って」

 けれど、呼び止められる。


 ――またかよ。

 そう思うのと同時に俺の背中に突き刺さる、苛立(いらだ)ちの込められた女性の声。そこに侮蔑(ぶべつ)の感情も混ざっているように感じるのは、おそらく気のせいではないだろう。


「これ――受け取れないわ。悪戯(いたずら)よ。()(もど)してちょうだい」


 ――あぁ、これで何度目だろうか。

 俺は心中で深い溜息(ためいき)をつく。


 そもそも差し戻しなど絶対に出来ないのだ。それに受け取り拒否されてしまったら、俺のノルマが達成できない。


 俺は顔に笑みを張り付け、女性の方を振り向いた。


「申し訳ございませんが、差し戻しは不可となっております。必要なければ、そちらで処分して頂いて結構ですから」

 なるべく声を押さえて、申し訳なさげに告げる。


 すると女性は絶句し、顔を強ばらせた。

 俺はその姿を他人事のように感じながら、もう一度だけ頭を下げる。


「では、これで」

 そして今度こそ、逃げるようにその場を後にした。



***



「――くそッ」


 俺はバイクに(また)がりエンジンをふかしながら、(ひと)悪態(あくたい)をつく。


 この仕事についてから3ヵ月。その間に300通程の配達を行ってきた。――のだが。

 その(ほとん)どが、見事に受け取り拒否されてしまうのだ。今の女性の様に。


 けれどそれでは困る。

 だからここ最近は、拒否されても無理やり手紙を置いてくるようにしていた。


「こっちの気も知らないで」


 別に俺だって、好きでこんなことしているわけじゃない。こんな仕事、ノルマを達成したらすぐにでも辞めてやる。あと700通、それを配り終えたら……俺は――。


 そんなことを考えながら、なんとかその日の配達を終わらせた。



***



 夕方事務所に戻ると、部長が俺のデスクで()(かま)えていた。


「お疲れっす」

 俺がぶっきらぼうに呟けば、部長は難しい顔をしながら俺のデスクに右手を置く。


「お前、クレームが来てるぞ。無理やり受け取らせたらしいじゃないか」


 その言葉に、脳裏(のうり)に何人かの顔が()ぎった。


 さっきの婆さんか……それともその後のおっさんか?いや、昨日の主婦って可能性も――。

 俺はあり過ぎる可能性に苛立(いらだ)ちを(つの)らせる。


「おい、聞いてるのか」

 俺を見据える鋭い瞳。その視線に、俺は今直ぐ退職願を叩きつけたい気持ちに駆られた。


 けれど、まだ辞める訳にはいかない。

 だから俺は必死に()(つくろ)って、なんとか頭を下げる。


「すみませんでした」


 俺の謝罪に、部長の低い声が返される。


「いつ辞めて貰っても、構わないんだぞ」

「――っ」

 それは、(おど)しか?

 そう思って顔を上げれば、しかしそうでは無いようで――どういう訳か、部長の瞳が(あわれ)れむようにこちらを見下ろしていた。


「この仕事は、きついからな」

「……っ」


 それだけを言い残し、部長は自分の席へと戻っていく。俺はその背中を、黙って見送ることしか出来なかった。



***



 その夜、アパートに帰宅して早々(そうそう)に、俺はソファに身を投げ出した。


「……疲れた」

 呟いて、横目でこの部屋を見回す。


 この部屋はあの日のままだ。

 花柄のカーテンも、彼女が使っていた目覚まし時計も、俺の知らないキャラクターのぬいぐるみも。


 ――全部全部あの日のまま、俺は、何一つ捨てられずにいる。


 君が突然俺の前から居なくなったあの日から、俺の生活は変わってしまった。

 君が居なくなり何も手に付かなくなった俺は――気が付けば、7年勤めていた会社に退職願を出していた。


「――小百合」

 1年と1ヶ月――、彼女が居なくなったあの日から、俺が一人で過ごして来た時間。


 ソファに仰向けで転がりながらテレビ横の棚の上に視線を向ければ、茶色い木枠の写真立てに、淡い色のワンピースを身に(まと)った彼女が映っていた。

 それは俺のよく知る、花の様に可憐(かれん)な笑顔で――。


「……どうして、俺を置いて行ったんだ」


 呟くと同時に、酷い疲労感に襲われる。


 ――眠い。あぁ、君に会いたいよ……。

 あの日、俺が君の問いに応えられていれば……君は今でも、俺の隣にいてくれたのか――?


 そうやって俺は今夜も、その日のことを思い出して後悔する。


 それでも襲ってくる眠気に耐え切れず――いつしか俺は、夢の中へと落ちていった。


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