第二章 そしてひとりだけになった
五日目。
赤星は現状の把握のために冬香の部屋をノックした。
あれだけ忠告したのだから対策くらいは打っているだろう、と思った。
「……おい。そのまま聞け。別に出なくてもいい。生きている証拠だけ見せろ」
返答はない。
「くそ……おいっ! 姿を見せないということはお前が犯人だったということか? ええ? どうなんだ!?」
赤星はイライラのあまりドアノブに手をかけた。
するとノブは抵抗もなく回り、ドアが手前に向かって開いた。
「…………っ!」
僅かに開いたドアの隙間から漂ってきた臭いに、戦慄が走る。
独特の鉄臭さ――事件先で何度も嗅いだにおいである。
勢いよくドアを開けると、冬香はベッドの上に倒れていた。目を閉じ半開きの口から赤色の筋が枕に向かって伸びている。胸は真っ赤に染まり、短剣の柄が突き出ていた。
その光景をしばらく見つめ、赤星は静かにドアを閉じた。
「……さて、どうしたものか」
一旦考えをまとめるため自室に戻ろうとした。しかし気分転換もかね、応接室に向かうことにした。
応接室でしばらく考えた結果、赤星は外部犯による犯行と結論付けた。
探偵館にはまだ見ぬ六人目が存在し、その者が次々と犯行を重ねたのだ。今もそいつは物陰にジッと身を隠し、最後の機会を伺っているのかもしれない。
相変わらず圏外を示す携帯をポケットに押し込み立ち上がった。
「ここを出よう。今すぐに」
ここから近くの県道まで一時間ほど。そこまで辿り着ければ何とかなるだろう。問題はそこまでの道のりを進む最中、犯人が指を咥えて待ってくれるかどうかだ。最大限の警戒をするべきだろう。
赤星は荷物をまとめてすぐに館を飛び出した。が、すぐに立ち止まる。
「な、なんだこれは」
玄関前の地面から妙な機械が頭を出している。丸型で、お掃除ロボットのような見た目だ。赤い光が怪しく点灯していた。しかも無数にあり玄関前を取り囲んでいた。
「地雷か……逃がす気はないということか」
逃亡を断念した赤星は、仕方なく館に戻った。
「なにか武器があれば……」
そう考えた赤星はまず、食堂に隣接してある厨房に向かった。刃物を持ち出そうと思ったのだが――。
「なぜ、ない?」
厨房には刃物の類が一切なかった。
この際ミートハンマーでもいいと思ったが、それもなかった。物色の末に見つけたのは小さなフォークだった。
「ないよりマシか」
それを握りしめたとき、ふと思い出した光景があった。
それは使用人たちや冬香の姿である。
「そうだ……短剣」
各人の部屋に残された短剣なら、護身用武器として申し分ないと思った。
フォークを握りしめたまま二階に向かう。廊下を進んで適当に寝室の扉を開けた。
そこは赤仮面のミアの寝室だった。
「…………え?」
飛び込んできた光景に、言葉を失くした。
なにせ部屋の主が忽然と消えていたのだから。
「一体どういうことだ?」
赤星の不安の原因は二つあった。一つは死体が消えた点。しかしそれ以上に彼を不安にさせた事実は、それにより短剣も同時に消失してしまった点だ。
もはや何故死体が消えたのか、そんなことは眼中になかった。
無人の廊下。
消えた死体。
握りしめるか弱い武器。
呆然と立ち尽くす自分。
暗がりから覗く犯人。
その手に握られた鋭利な短剣――。
「……ふ、ふっふふ」
閉鎖空間に取り残され、犯人に狙われる立場になった探偵の理性は、この時緩やかに崩壊への道を辿り始めた。
「何故なんだ! 誰だっっ! いるのはわかっているぞっ!」
ミアの部屋を後にし、今度はアスロッカの部屋へ押し入った。
当然のように誰もいなく、短剣もなかった。
狂乱。フォークを振り回す。次にリンカの部屋へ。主も目的の武器はない。狂乱。発狂。
「くそっ! くそっっ! どうなってるんだ! 何故死体が消える? 何のメリットがあるのだ!?」
そして元助手の部屋の前に立つ。
「お前は俺にさんざん苦労を強いた挙句俺の顔に泥を塗った! 最後くらい役に立てよおおおおおおおおおお!」
勢いよく開いたドアの先に、胸を赤く染めた冬香はおらず、当然のように武器もなかった。
こうして赤星はひとりだけになった。