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探偵館の殺人  作者: 向陽日向
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第一章 発端

閉鎖空間を舞台にしたミステリーです。

短編のため、やや駆け足ですがお楽しみください。

 都内の山奥に建つ探偵館は、現在閉鎖空間となっている。

 四日目の朝。

 赤星探偵事務所の二代目所長、赤星錬太郎(あかほしれんたろう)は呆然と立ち尽くしていた。

 同館二階の使用人室前である。赤星の視線の先には質素なベッドがあり、その上で使用人の一人、青仮面を被ったリンカが横になっている。

 胸は真っ赤に染まり、短剣の柄が天井に向かって伸びていた。


「これで三人目ですね」

 腕を組む赤星の横で、助手である冬香(ふゆか)がたまりかねて口を開いた。

「そうだな。連続殺人事件と断定していい」


 リンカで三人目だ。

 閉鎖空間ミステリーに倣うように二日目に赤仮面のミア、三日目に緑仮面のアスロッカがそれぞれ自室で胸を真っ赤に染めて倒れている姿が発見された。


「先生? 残ったのは先生と私だけですよ?」

「何が言いたい?」

「この場合……私か先生のどちらかが犯人ってことになりませんか?」

 探偵館の使用人は三人。来訪者は赤星と冬香の二人のみ。

「君は犯人なのか?」

「ご冗談を」

「ということは、どういうことだ?」

「えっと……」

 冬香の答えを待たずに赤星は口を開いた。


「外部犯の犯行。つまりここには第三者がいるということだ。それしかないであろう」

 赤星は腕を組んだまま深く頷く。まるで自分の解答に絶対の自信があるかのようだった。

「……ですよね」

 冬香は「はあ」とため息をついた。

 鳥の囀りが聞こえる穏やかな朝だった。


 探偵館の歴史は比較的浅い。

 世界中の探偵にまつわる文献などを集めた資料館として開館したのが約二年前。

 小説や映画の影響で訪れるファンが多く、アニメなどとのコラボによるグッズ販売も好調だった。このまま推移すれば二号館の建設も現実的になるという。隠し扉があるコーナーは探偵小説ファンの間では聖地の一つとして数えられていた。


 赤星探偵事務所への招待状が届いたのは約一か月前だ。

 インタビュー依頼だった。実際の仕事についてまとめ、ミステリー雑誌で特集を組みたいと書面にはあった。


 ちょうど孤島で起きた殺人事件を解決した後だったので赤星は快く引き受けた。

 助手の冬香は四代目である。助手の入れ替わりが激しいのは仕事柄、致し方ないことでもある。

 インタビューは二日間で行う予定だった。インタビュー期間中は閉館するため、客が来ることはない。


 鬱蒼とした森に囲まれた県道でバスから降り、森に向かってさらに歩くこと一時間――。

 二階建ての探偵館に到着した。

 建物の外壁は鮮やかな朱色。大きな門を通った先にある玄関を抜け、ロビーで彼らを出迎えたのは白いドレス姿で仮面を被った三人の使用人たちだった。


『ようこそ探偵館へ。お待ちしておりました』

 赤色の仮面を被った使用人ミアが言った。背が高くスラリとしたスタイルが良い女性で左肩の上に結った黒髪がそっと乗っている。


『まあ! 赤星様! 噂はかねがね聞いておりますわ!』

 青色の仮面を被った使用人リンカが言った。彼女は三人の中で一番背が低く、茶髪を両サイドにおろしている。


『二日間、お世話になります。まずはゆっくりお休みください』

 最後に口を開いたのが緑色の仮面を被った使用人アスロッカだ。ショートヘアを耳にかけ、三人で一番優雅に礼をしてみせる。


『おお! すごい気合の入りっぷり!』

 冬香はテンションが上がり、キャッキャとはしゃぐ。

『ふふ、冬香さん。あなたの活躍も聞いておりますわよ。何でも事件の重要な手がかりに気づいたとか』

『た、たまたまですって!』

 四人の団欒を、赤星は不機嫌そうに見つめていた。


『して、その仮面は何のつもりかな?』

 素顔を見せないことに苛立ちを覚えたらしく、怒りが滲み出た声音だった。

『ここは探偵館。稀代の探偵を迎えるための礼儀です』

 探偵小説に仮面の住人はつきものであるから、この対応はある意味粋であると言える。

『小説の探偵と現実の探偵は違うのだがな』

 一言文句を言うだけで、それ以上咎めることはなかった。


 ロビーの先は展示エリアになっていて各資料などが展示されている。休館中であるのでスポットライトは消され場内はひっそりとしていた。

 階段を上がると、廊下が左右に伸びていた。左廊下の先に使用人たちの部屋があり、右廊下の先に来客専用の寝室がある。

 赤星たちは来客専用の寝室に通された。もちろん赤星と冬香で別部屋だ。


『アリバイの立証が難しそうですね』

 冬香の言葉に赤星はムッとした表情を浮かべる。

『冬香くん……そのような軽はずみな言動は慎みなさい。その緊張感の無さは前任の桜子にそっくりだ』

 今度は冬香がムッとした。赤星は何かと前任の助手たちと比べたがる。


 二人はその後、一階の展示室奥にある応接室で使用人たちからインタビューを受けた。終わったのは夕刻を過ぎた頃だった。その後は洒落たつくりの食堂で夕食を食べ、それぞれ部屋へ戻って就寝した。


 そして翌日、事件は起こった。

 赤仮面のミアが起床しないことを不審に思った他の二人が部屋を訪れると、ベッドの上で血まみれのミアを発見したのだ。胸の谷間から短剣の柄が覗いていた。


『本当に死んでいるのか』と赤星は呟いた。ベッドに近づこうとしたとき『()()()()()()()()()()()』と冬香が言った。

『ふむ。そうだな。あの惨状なら確かめるまでもないか……』

 横たわるミアの胸から伸びる短剣の柄が、さながら墓標のようであった。


『お前らのどちらかじゃないのか?』

 現場を確認後、赤星は面倒そうな視線を残った使用人二人に向けた。

 非番の探偵は大した推理をせず、『俺たち二人にお前らを殺す理由はない』と言い放った。


『そんな……私たちにも殺す理由なんてありませんわ!』

 青仮面のリンカが必死で訴えるも、聞く耳を持たない赤星だった。

 緑仮面のアスロッカの提案ですぐに警察に通報した。が、電話はウンともスンともいわなかった。各人の携帯端末は揃って『圏外』と呑気に表示していた。


 こうして探偵館は閉鎖空間と化した。まるで探偵小説のように。

 二日目は各人がほとんど自室に引きこもって過ごした。備蓄していた食糧で食い繋ぎ、それぞれが不安の夜を過ごした。


 三日目、緑仮面のアスロッカがミアと同じ運命を辿った。

 手口も同じだった。

 赤星はお前が犯人だったのかと青仮面のリンカに迫ったが、リンカはブンブンと首を振った。


『赤星様! 私ではございませんわ! 信じてくださいっ!』

『お前以外にいないであろう!?』

『どうか助けて下さい。探偵様でしょう? でないと今度は私が、私が、私がああああ!』

 こうして引きこもった青仮面のリンカは、四日目の朝、他の使用人の後を追った。


「先生は本当に犯人ではないですよね?」

「お前、正気か?」

 使用人が全員いなくなった探偵館の応接室に二人はいた。

「何故俺が素顔も知らない人間を三人も殺さなくてはならないのだ? 俺は探偵だぞ?」

 赤星は少し間を置き、続けた。


「着眼点が違うのだよ。その観察力・洞察力のなさは前々任の夏鈴にそっくりだ。窮地に陥ると冷静さを欠く点は初任の亜実にそっくり――」

「もういいです! たくさんです!」

 冬香はバッと立ち上がった。ギロッと赤星を睨む表情は真っ赤で、軽蔑に満ちていた。


「そうやって比べるところ、私、大嫌いでした! もうたくさん! 先生の助手を辞させてもらいますっ!」

「ああ。勝手にしろ。ちょっとはデキると思っていたが、所詮その程度の器。俺の助手など百年早い。ここを出たら消えろ」

 冬香は目に涙を浮かべながら応接室を辞そうとした。


「忠告だ」その背中に向けて、赤星が言った。「犯人は外部犯だ。どこから部屋に侵入してくるかわからん。他の仕事をしたいなら、施錠はしっかりすることだ」

 何も言い返さず、冬香は部屋を後にした。

 赤星は今後のプランを考えるため自室に戻った。

 探偵館での四日目がこうして過ぎていった。

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