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みかんちゃんオーバードライブ  作者: あめじすと
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第六章 あのドラマの主題歌のMVってドアーズの『まぼろしの世界』みたいだよねって言われても正直同意しかねる

          2


「おう、もう来たんか」

「本当に一人で来やがったぜ」


 外は薄暗くなっているが、倉庫の中は灯りがつけられていてとても明るい。腕時計を見て確認したが、指定された時間より30分ほど早く到着したようだ。いくつか大きなコンテナがある以外は荷物等が特に置かれていない倉庫の中はがらんどうとしている。もしかしたらいまはもう使われていない、空き倉庫なんだろうか。目の前にいる頭が悪そうな不良六人と水美以外は誰もいなそうだ。不良の数はあの日よりも一人か二人多い気がするが、どいつもこいつも小者顔だ。


「確認だけどさ、そのコに何もしてないよね」


「えっ、何かってなんですかぁー」


 バカどもが下卑た声で大笑いする。怒りでどうにかなりそうだが、水美の様子を見る。いまにも泣きそうな顔で怯えているが、殴られた痕や着衣の乱れ等は見当たらない。その点に関してはとりあえず安心した。


「で、言うとおり一人で来たから、そのコ放してくれる?」


 バカどもはニヤニヤしながらどうしよっかなーとか言っている。そのうちの一人が徐にこっちに近づいてきて、俺の左頬を殴ってきた。それから他の四人も続いて殴ってきた。

 そこから数分間くらいか、俺はひたすら殴られまくった。殴られながら、いろんな声を聞いた。オラとかコラとか、女の前でかっこつけてんじゃねぇとか。こんな小者オブ小者みたいなこと言っててダサいって思わないんだろうか。

 殴られながら俺は、さっきまでのことを思い出していた。




          1


真:まぁこういうときは警察に通報するのが定石ではある。けどな。

雄:あいつらの制服、たしか北高だった。

咲:北高って、不良が多いイメージ。

雄:あいつらはたぶん下っ端の小者ってカンジだったけど、もし上のヤツを呼んでいたら…。

咲:何度も警察に捕まったことがある人がいるって噂を聞いたことがある。ヘタに警察を呼んでそういう人に目をつけられたら今回は良くてもこの先ずっと狙われる可能性もあるよね。

み:でもこのままユウちゃんが一人で行くのはもっとキケンだよ。こういうふうに狙われるのはこれで終わり、ってなる保証もないし。

雄:だったらどうすりゃいいんだよ。

真:そこでひとつ提案がある。約束の時間まで、あと1時間半くらいや。ユウくん、新川の倉庫ってここからどれくらいかかる?

雄:歩いて四十分くらいかな。ただどこの倉庫かは分からない。たぶん海沿いにある大きな倉庫の建物のどこかだろうけど数が多いから…。こっちから電話しても出ないからしらみつぶしに探さなきゃいけない。

真:ならとりあえずユウくんは一人で倉庫に向かってくれ。探すことを考えるとあまり時間に余裕はないかもしれん。それに人質の安全を考えるならできるだけ早めに到着するほうが良いやろう。

メ:ユウさん一人で?危険よ。

真:だから「とりあえず」や。とりあえず最初は相手の言う通りやったる。でも最初だけや。ユウくんが時間を稼いでくれている間に残りの四人で対策を考える。

み:対策って…。

真:ユウくん、ちょっと。(みんなからちょっと離れた場所に雄平を呼び出して小声で)手短に言う。今回の件は悪い神様とは無関係や。だけどかなり低い確率やけどこれがきっかけで世界の綻びが生まれる可能性も否定できん。だから今回組織の力をつかって後顧の憂いを完全に絶つ。みかんちゃん含め、他の誰にも気づかれんようにな。わいに考えがある。(再びみんなの輪にもどって)まぁそういうことや!最初は少々殴られたりするかもしれんけど、とにかくわいらを信じてくれんか。

雄:…わかった、信じる。




          3


 さて、と。ひたすら殴られているが、全然致命傷には至らない。オラとかコラとかイキりまくっているクセにあまりにも攻撃に重さがない。周囲を見てみるけど、どうもヤバいヤツがいる感じでもない。なんだかとてもバカらしくなっていた。いっそここでボコボコにやられた感を出してやればスッキリして帰ってくれるんじゃないかとも思う。でもその後水美に手を出さないとも限らない。いまでもまっすんが言っている世界の綻びというのがまだピンときていないが、こんな頭が悪い連中がこの世界に影響を与えてしまう可能性があるなんて、それはそれでものすごくムカつく。それよりも、みんなそろそろ来てくれないかな。


 そんなことをぼんやりと考えていたら、ゴロゴロゴロと倉庫の扉が激しく開く音がした。その次の瞬間、バカたちに何かが命中し、バフッと音とともにバカたちは白い粉まみれになった。扉の方向に目をやると見覚えのある顔があった。でも…なんかさっきとカッコが違うんだけど。


「誰だテメェは!」


「わたし?わたしはねぇ…そいつらの担任の先生だよ」


 違うよね。作業療法士を目指して勉学に勤しむ専門学生だよね。

いったいどういうこと?よく見たらあずき色のジャージ姿でメガネをしている。それって身バレ防止の変装?いや、これは明らかにアレを意識している。さっき担任とか言ってたし。

水美を見ると、恐怖7割理解が追い付かない3割といったところだろうか。まぁ当然そうなるだろう。


「センコーがいったい何の用だよ!」


とにかくバカが吠える。本当に担任の先生と思っているんだろうか。こないだの寺田恵子みたいなカッコしていた女と同一人物だって気づいてないのか。いや、気付かんか。見た目だけじゃなくて声のトーンやしゃべりかた、トータルでキャラが違う。いっそのこと役者目指したほうが良いんじゃないかと思うくらいだ。

っていうかこういう場面に大人が介入してきた場合、お前ら三下は「ヤベェ、ズラかるぞ!」ってなるんじゃないの?もしかして立ち向かっていくの?完全にドラマの定番パターンなんだけど。


「わたしはねぇ…ものすごく腹が立ってるんだよ!かわいい生徒をこんな目にあわせて…。あたしゃ許さないわよ!!」


 浅香光代か。いや、それはどうでもいいか。


「おい、お前たち。ここはわたしに任せて早く行きな」


 「お前たち」のところ、完全に意識してたよね。もうとにかくなりきるつもりなのね。

ただ姉の顔を見ると恐怖や不安が微塵もない。それどころか自信に満ち溢れている。

きっとまっすんが考えた作戦があるのだろう。おそらく組織の力とやらを使うのだろうが、それは姉の目の前で見せたらダメじゃないだろうか。それこそ機密条項違反になると思うんだが。

しかしここはまっすんの言うことと姉を信じるしかない。それにバカどもが姉に気を取られているいまがチャンスだ。俺は水美に駆け寄り、その手を引いて倉庫の外を目指して走った。

それに気づいたバカの一人が目の前に立ちふさがった。


「お前ら、逃げようとしてんjy」


バカはセリフを言い切る前に勢いよく真横にぶっとんだ。姉の飛び蹴りが見事に命中したからだ。


「お前たちの相手はこのわたしだよ!」


 姉がそう見栄を切った瞬間、どこからともなく聴きおぼえのある曲が大音量で流れだした。えっ、ちょっとこれは意味が分からないんだけど。しかし迷ってはいられない。俺は再び水美の手を引いて倉庫の外へと飛び出した。




          4


 外ではまっすんが待ち構えていた。


「ユウくん、乗れ!」


 まっすんが乗っているのはなんともイカつい車。たしか…ハマーと言ったっけ。

後部座席に水美を乗せ、俺もすぐさま乗り込んだ。まっすんはドアが閉まったのを確認し、車を走らせた。


「るb…ミナちゃんだっけ?こわかったやろ?もうおうちに帰れるから安心してや」


水美は何が起こったのか、どんな状況かわからない様子だ。まだ顔がこわばっているし、肩が震えている。


「大丈夫。この人は俺の仲間。心配いらない」


気が付いたら、水美は俺の手を震えながら握っていた。本当に怖かったんだろう。声をすすらせながら泣いている。


 まっすんはしばらくの間、新川を離れて大道あたりをグルグル回るように車を走らせた。水美が泣き終えて落ち着くまで待ってくれてたんだろう。


「家はどのへん?そこまで送るよ」


水美が落ち着いたのを見計らって、まっすんがやさしく声をかけた。


「…三芳…大分インターの近くです」


ハマーが通るには少し狭い道に入り、しばらく先にあるアパートの手前で「ここでいいです」と水美が小声で伝えた。まっすんはアパートの敷地に入り、邪魔にならないような位置に車を停めた。


 俺は水美に何て声をかけたらいいか分からなかった。バカたちに何かされなかったか。俺のせいで怖い目にあって、ごめん。もう大丈夫。でも何一つことばとして出てこなかった。いつもあんなに明るくて元気で、笑顔を絶やさない水美はここにはいない。当然だ。俺と違って水美はこんな経験に慣れているはずがない。さっきまでは無事に助け出すことができて安堵していたが、いまは罪悪感しかない。

水美はなかなか車から降りようとはしなかった。ただこのままというわけにもいかない。俺は水美が握っている手を握り返した。


「…行こうか」


水美は頷き、俺に手を引かれながら漸く車を降りた。車を降りてもしばらくは俯いていたが、小声で何か言った後、アパートの中に駆け込んで行った。ハッキリとは聞き取れなかったが、「送ってくれてありがとう」だった気がする。




          6


 外はだいぶ明るくなっているが、起き上がろうという気にならない。昨日はあまりにもいろんなことがありすぎて、情報と感情の整理がなかなかつかない。今日は土曜日で、特に予定はない。もう今日はこのまま寝て過ごそう、ぼんやりと考えていたら電話が鳴った。水美からだ。


雄:…もしもし。

水:あっ、ユウくん。おはよう。

雄:うん、おはよう。

水:…昨日はありがとう。ごめんね、昨日はちゃんと言えなくて。

雄:…悪いのは俺だよ。俺のせいで水美が巻き込まれて。怖い思いをさせて、本当に悪かった。

水:うん、すごく怖かった。昨日ユウくんと別れた後すぐ、北高のひとたちが近づいてきてナイフを出して。大声出したり逃げようとしたら刺すって脅されて。六人くらいに囲まれて、意味がわかんなかったし、逃げられなかった。ナイフ持った人からさっきの男に電話しろと言われて、ユウくんに電話して。怖くて断れなかった。

雄:仕方ないよ。気にしないで。それで、アイツらからは特に何もされなかった?

水:うん。でももしあのとき先生っていう人が…助けに…来て…くれな…かったら…。

雄:そっか。本当に、ごめん。アイツらは先月ゲーセンで俺に絡んできた不良で、そのときのことを根に持ってたんだろう。水美が俺と一緒にいるところをたまたま目撃して、こうなったんだと思う。でも、もう大丈夫。昨日助けに来てくれた俺の仲間たちが全部解決してくれたから。今後北高の連中に襲われることもないし、怖い思いをさせることもない。絶対に大丈夫。水美を危険な目にあわせてしまった俺が言うのもおかしいけど、それだけは信じてほしい。

水:仲間って…あの先生も?

雄:ん、まぁね。

水:わたしたちの担任の先生…じゃなかったよね?

雄:そうなんだけど…その場のノリで言ったらしいからそこはあまり気にしないで。

水:うん。……………ユウくん、あのね。

雄:うん、何?

水:昨日はいろんなことがありすぎて、ワケがわかんなくなっちゃって、何も考えられないかんじだったの。でもね、わたしを助け出して家に送ってくれるときのユウくん、わたしにずっとごめんなさいって思ってるのは伝わってた。自分のことを激しく責めていることも。だから自分がどんな表情しているかわかんなかったけど、わたしの顔を見るとユウくんもっとそう思っちゃうだろうなって。

雄:…。

水:すごく怖かったし、電話するまでなんでこんな目にあったんだろうって思ってたけど、ユウくんが助けに来てくれたのはやっぱりうれしかった、かな。だからさ、なんていうかな、もう気にしなくてもいいよ。

雄:…え?

水:だってユウくん、元々人と距離を取りたがるじゃん。せっかく仲良くなったのにさ、それがなくなるのはわたしもイヤだし…。あ、仲良くなったってわたしが思ってるだけかな。迷惑かなーって思ってもいるんだけど、でもやっぱなんというか。

雄:迷惑じゃないよ。

水:…ホントに?

雄:うん。ありがとう、俺の心配してくれて。

水:わたしのほうこそ、ありがと。ハイ、じゃあもうこのハナシはこれでおしまい!わたしはこれからユウくんが選んでくれた曲の振り付けを考えなきゃだし、切り替えなきゃ。じゃ、また学校で会おうね!

雄:ああ、うん。

水:あ、あと助けてくれたお仲間さんたち、ナフコにいた怖そうなお兄さんと担任の先生(笑)にもわたしからお礼言ってたって伝えといてね。

雄:うん、わかった。

水:よろしくね、それじゃ。


 電話を切った後、またベッドにごろんと寝転がった。よくわからない気持ちだ。安心したのか、嬉しかったのか。なんかまっすんの言ってたとおりだったからちょっと悔しい気持ちだ。


 

 

          5

 

 昨夜は水美を家まで送った後、大分駅近くのガストに向かった。作戦終了後はみんなでそこに集まることにしていたらしい。ただまっすんは最短ルートではなく、古国府経由の遠回りでそこに向かった。車内で大方の事情を俺に説明するためだ。


 俺が水美のいる倉庫を探しに行っている間、まっすんは組織に連絡してすぐに今回の実行犯の身元を特定したらしい。どうやら全員北高のザコばかりで、ヤバいヤツらとは接点がなく声をかけることすらできない最底辺の連中とのこと。全員ブチのめしたところで後々ヤバいヤツらが出てくることもないだろうが、そこは念のため今回ある対応をしたらしい。それにしてもあの短時間で、北高のザコという情報のみでよくそこまで特定できたな。いろんな意味でヤバいな、組織。

 世界の綻びに影響してしまうから本当は姉の関知しないところで対処したかったが、それができなかったので表向きは姉が担任の先生になりきって救出に向かうという作戦を考えたらしい。昨日はたまたまジャージとメガネを持ち合わせていたらしいが、何の用事で使うつもりだったんだろう。しかし実際は姉が気づかないように裏の作戦も動いていたらしい。姉がジャージに着替えている間にまっすんが咲希とメイドさんに作戦内容を伝えたらしい。

ここでひとつとてつもない事実を知ってしまった。メイドさん、実は組織の人間らしい。まっすんは記憶を失う前のメイドさんのことを知っている様子だった。ただ昔のメイドさんについて、どことなくあまり語りたくなさそうな様子だったので詳しくは聞かなかった。まっすんはメイドさんに特殊な能力があることを告げ、能力の使い方を簡潔に伝えたとのこと。

 

 作戦の内容は、こうだ。まず表向きの作戦。俺がボッコボコにされているタイミングで姉がバカどもに小麦粉の入った袋を投げつける。バカどもの注目を集めて俺たちに逃げるよう促し、姉がバカどもを成敗するというものだ。乱闘中、メイドさんはあのドラマの主題歌を大音量で流して場を盛り上げるという役割。さすがに多勢に無勢なので、姉がピンチになったら自称空手六段のまっすんと自称護身術の達人の咲希が助太刀に登場するという段取りだったが、なんとか姉一人でバカどもを倒せたらしい。そして全員がブチのめされてしばらくした後にバカどもに対してまっすんが実は北高の一番ヤバいヤツと知り合いで、これ以上俺たちにちょっかいを出すとタダでは済まないと脅かしたからもう心配ない、これで解決。というもの。

 しかしこれはあくまで姉の視点からみた表向きの作戦。姉に気づかれないように行われた裏の作戦は次のとおり。姉が小麦粉の袋を投げつけるところまでは一緒。実はそのタイミングで咲希がこっそりと倉庫内のコンテナの裏に隠れたらしい。そこで能力を使ってバカどもの動きを(本人たちが気づくか気づかないかくらい)封じたとのこと。だから姉一人でも全員倒すことができたのだ。咲希の能力についてはまだハッキリとは聞いていないが、こないだの公園で見せた、身体が重く、息苦しくなるあの現象のことだろう。それにしてもあの場で姉に影響を与えず、バカどもだけの動きを抑えるってなんだかすげぇことできんだな。バカどもをブチのめした後、咲希が姉に近づき、俺と水美は無事に逃げることができた、あとはまっすんが対処するからといって姉を外に連れ出した。しかしそこでやって来たのはまっすんではなくて、メイドさん。そこでメイドさんが能力を使ったらしい。その能力というのが…人の記憶を消すことらしい。その能力をつかってバカどもから今回の一連の事件に関する記憶だけを消去したから、今後は街中で遭遇しても俺たちのことを覚えてないので絡まれる心配はないとのこと。


 まっすんは淡々と説明してくれるが、よくよく考えたらかなりぶっとんだハナシだ。同時に、世間の人たちから気づかれないように“正常”な世界を守り続けている組織ならそういう能力を持っているよねって変に納得してしまう気持ちもある。得体のしれない能力への恐怖感もあるし、でもそのおかげで水美を無事に助け出すことができたという感謝もある。

 そして車が元町にさしかかったところで、まっすんが俺の心を見透かしたようにやさしく声をかけてきた。


「なぁ、ユウくん。自分のせいでるびぃちゃんに怖い思いをさせてしまったって落ちこんどるやろ。まぁたしかにそのとおりなんやけど、もうあんまり気にせんとこ。人は多かれ少なかれ他人に迷惑をかけたり、面倒ごとに巻き込んでしまうもんや。今回は後腐れもなく解決したから、オールオッケーや。それにな、人生の先輩であるわいの直感やけどな、ユウくんが今回の件を気にしすぎたり、るびぃちゃんと距離をとろうとするとそっちのほうがあのコを傷つけることになると思うんやわ。…まぁ得体のしれないおっさんの戯言ということで、どっか心の片隅にとどめといてくれな」


 なんか悔しいけど、説得力あるなと思った。そんなカンタンに気持ちは切り替わらないけど、実際に水美の気持ちがどうかにもよるけど、ちょっとだけ救われたような気がした。


 それから間もなくして車は大分駅近くのガストに到着。すでに俺たち以外のメンバーは揃っていて、メイドさんが注文した料理でテーブルが埋め尽くされていた。

 話題は水美を送り届けた報告から始まり、姉が武勇伝をひたすら語るというものだった。


「さすがに無茶かなぁと思ったけど、けっこうイケるもんだねぇ。わたしにバトルアクションの才能があったなんて」


としみじみ言っているが、まさかよくわからん組織が裏でサポートしてくれたとは微塵も思っていないだろう。それに乗っかってかまっすんも


「いやぁ、それにしても俺のマブダチが北高で“ケルベロス竹尾”と呼ばれているとは知らんかったわぁ。まさかと思って電話で聞いたらビンゴやったわぁ。その名前出しただけでアイツらビビり散らかしよって、もう二度と皆さんには手出しをしないから許してって泣き出しよったわ」


と得意げに語った。実際はメイドさんがバカどもの記憶を消したから、姉に対する表向きのハナシ、言ってみればでっちあげだ。にもかかわらず、まっすんは北高四天王のなかでも最強と呼ばれている“ケルベロス竹尾”との熱い友情話を長々と聞かせてくれた。テキトーな作り話なのに、よくここまでドラマティックにストーリー化できるなと感心した。


 咲希については姉がピンチになったら登場しようと思ったけどその必要はなかったと語るにとどまり、メイドさんもラジカセのボタンを押しただけで特にやることはなかったとつぶやいた。

 

 そう、このファミレスに集まった本当の目的は、まっすんがつくりあげた脚本のつじつま合わせを行い、姉を納得させることだった。姉は今回の件の一連の流れに特に不審感を持っている様子も見られなかったので、まぁなんとかミッションクリアといったところだろうか。


 一通り話が終わった後、これで解散となった。まだ電車がある時間だったので、俺と姉は電車に乗って帰ることにした。


 疲れていたのでしばらくはお互い無口だったが、電車が高城に着く手前くらいで姉が静かな、そしてやさしい口調で声をかけてきた。


「ユウくん、よく我慢できたね。えらかったよ」


 姉の顔を見ることができなかった。声が少し潤んでいたからだ。


「姉ちゃんの…みんなのおかげだよ」


 大分に引っ越してきたのはなんのためか、そのことを忘れたことはひとときもない。正直、怒りでどうにかなってしまいそうだったが、自制することができたのは姉と仲間たちがいたからだ。もう二度と過ちを犯さないって心に決めていたし、俺を信じてくれている姉を裏切ることなくトラブルが解決したことに、心から安堵している。


「ところで姉ちゃん、ひとつ聞きたいことがあるんだけど」


「ん?なぁに?」


「ジャージの先生登場はまぁわかるけど…曲流すくだり、いらなくね?」


続く


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