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みかんちゃんオーバードライブ  作者: あめじすと
2/6

第二章 学校のはみ出し者は不本意ながらも分かり始めた自己変革を目指す

          1


 窓際の席から外をずっと眺めている。校庭の隅で佇んでいる桜はもうほとんど花が散ってしまい、生えたての緑葉と残り幾許も無い花弁が入り混じっている。つい数日前まではもてはやされていた桜もこの時期になるとむしろ邪険に扱われ、気が付いたら次の花が咲く季節までその存在を完全に忘れ去られてしまう。


「・・・く・、・いな・ん・・・」


 どうしてみんな花が咲く季節でしか桜を見ようとしないんだろう。桜の新緑はまるで逞しい生命力を謳歌しているように見えるほど眩しくも濃い色をしているのに。それに葉が散ってしまった冬場でも橡と違って簡単に折れないほど枝が瑞々しいことも全然知られていない。桜はその気になればどの季節でも魅力を見出すことができるのに。そういえば以前誰かが「夏場の桜は毛虫がいっぱいいるからイヤ!」なんて言ってたな。たしかにそうだけど、良いところも悪いところも含めてそれが桜だから。こんなことを考えるのって俺だけかもしんないけど、もしあのとき…


「椎名くんってばぁ!」


 思いっきり肩を数回揺さぶられてようやく気付いた。さっきから何か声が聞こえると思っていたが、俺を呼ぶ声だったとは。


「はい、ノート。ホントに助かったよ、ありがとー」

「あー、そういや貸してたっけ。忘れてた」


 iPodのイヤホンを外して、俺は彼女に貸していた化学のノートを受け取った。

彼女はクラスメートの水美(みなみ)南美(なみ)。クラスの中で唯一俺に面と向かって話しかけてくる奇特な女だ。


「そろそろ先生来るから、ソレ隠したほうが良いんじゃない?」

「ああ、もうそんな時間か。そうだな」

「ねぇねぇ、何聴いてたの?」

「クラフトワーク」

「・・・」


 概ね予想通りの反応。この場合は「洋楽」と答えた方がベターだったかもしれない。正直、こういうことに気を遣うのはめんどくさい。


 彼女は頭上に「?」が出てそうな表情できょとんとしていたが、ふと何かを思い出したかのようにニパッと笑い、ちょっと意地悪そうな顔で尋ねてきた。


「そういえば聞いたよ、昨日のテレビのハナシ!反響、どう?」

「おかげさまで好奇の目で見られているよ、遠巻きからね」


 これも予想通りであったが、朝からかなり多くの生徒が俺のことをチラッと見て、何か言いながら笑っている。何を言っているかはだいたい分かる。シチュエーションとしては井戸端会議をしている奥様方が「ねぇちょっと見て、噂をすればあの人よ」とその人を見てヒソヒソと聞こえないように会話するというテレビドラマでよく見かけるあの場面、といえばわかりやすいだろう。クラスでも浮いている根暗な男がテレビに出て目立てば、たいがいこういう反応になるだろう。


そうかと思えば、知性のカケラもなさげなDQNたちが下品な笑い顔を浮かべながら


「おう、お前のねえちゃんおもろいやん。俺に紹介してくれや」


と人を小馬鹿にするような口調で話かけてくる。自分で言うのもアレだが、姉はけっこうモテる。それは見た目もあるだろうが、明け透けで誰に対しても愛嬌を振りまくような性格だから男ウケが良いのだろう。そんな姉目当ての銀蝿たちに対して、めんどくさいからテキトーにあしらって無視しているが、きっとこれで余計に周りからの顰蹙を買ったことだろう。


っていうか基本的に俺に声をかけてくるのは学校行事の事務的な内容を伝える人か姉目当てで近づいてくる野郎くらいという。そのなかでも水美は珍しい存在ともいえるが、彼女は俺に限らず誰に対しても同じように接するので本人にとってはなんでもないことかもしれない。


「あんたさ、あまり俺に声をかけないほうがいいよ。くだらないとばっちりを食らうから」


 水美はきょとんとした表情を浮かべた。

「えー?なんでー?」


 彼女は俺がクラスでどういう立ち位置にいるか分かってないのだろうか。それともどうでもいいと思っているんだろうか。いずれにしてもおおらかな性格だ。


「いや、別に」

「っていうか、”あんた”ってのはやめてよー。なんかよそよそしいじゃなーい」

「…じゃあ”君”にする」

「それもなんか違うし!みんなが呼ぶようなカンジにしてよ、”みなりん”とか!」

「…やだよ、恥ずかしい」


 姉以外の女とこういう会話をするのは慣れてないせいか、なんとなく居心地が悪い。そう思っていたら


「おいナミ、何やってんだよ!ちょっとこっち来いよ!」


とクラスのDQNが彼女を呼び、彼女は「じゃ、またね」とそちらに行った。


もしかして彼女が俺に声かけてくるのは、あいつらからやらされてる罰ゲームか何かだったりするのだろうか。そんなことを考える俺は周りが思っている以上に根暗で卑屈なのかもしれない。


彼女が去った後の香水の残り香は甘い匂いがした。なんとなく、「俺と違って遊び慣れているな」って感じた。




          2


 オンエアから五日経った金曜日。


 これもまた予想通りで、もうそのことを話題にする者は誰もいなくなった。当然だ、俺に関する話題の鮮度なんざ三日ももつはずがない。


 あの収録の後、帰りの列車のなかで姉は


「まぁちょっと強引やったけど、これでユウちゃんに愉快な仲間が集まっち楽しいことや面白いことが起きたらいいなぁ。そしたらきっとはじまると思うんよ、わたしの第三次世界革命!」


と嬉しそうに話していた。姉はテレビに出ることにかなりの覚悟があっただろう。それは俺を心配する気持ちからきていると思うとそれに応えてあげたいという気持ちはある。でも、結局何も起こらなかったことに俺は安堵している。姉には悪いけど、俺に革命なんか必要ない。求めてはいけないんだ。


「ただいま」


 今日は金曜日なので、母さんはもう仕事に行ってるだろう。姉はバイトがあるから遅くなると言っていた。とりあえず母さんが用意している夕食を食ったら部屋に積んである本でも読もう。


 そんなことを考えながらおかずのからあげをレンジであたためていたら、「チン」という音と同時に玄関の鍵が開く音がした。


「ただいま!ユウちゃん、グッドニュース!!」


 ダイニングに入ってくるなり、姉は興奮気味にそう叫びながら温めていたからあげをひょいとつまみ食いした。


「行儀わりいぞ。ってか今日バイトは?」

「あー、シフト代わってほしいっち人がおったけん今日はなくなったんよ。って、そげなこつはどげでんいいんて!」


 姉はキッチンでていねいに手を洗い、俺の向かいに座って満面の笑みを見せた。


「さっきテレビ局から電話があってね、なんと何人か応募者がおるっち!!」

「…マジで?」


 こういう展開も予想してなくはなかった。だけどあんな軽いジョークにしか見えない募集のテロップを見て応募する人がいる可能性なんてほぼ皆無だと思っていたので、やはり動揺してしまう。


「そんでね、応募した人たちみんな明日なら都合が良いらしいんよ。ユウちゃんが問題なかったら、明日どうかなって思ったんやけど」


 本音は、かなり気が乗らない。面倒くさいことこのうえない。しかし、姉は笑いながらも俺が断ったらどうしようというどこか心配そうな表情をしてこちらを見ている。だったら答えは決まっている。


「わかったよ。明日だな」

「ええっ、いいの!?ホントに!?やったぁ!!」


 姉は、まるで志望校に合格した学生、いやそれ以上といってもいいほど喜びを爆発させたような歓声をあげた。


しかたがない、姉の第三次世界革命に付き合ってやるか。


「ところでさ、どんな人が来るんだろう」

「あー、それなら聞いてるよ」


 姉はポケットからメモ帳を取り出して、その内容を読み上げた。


「えーっとね。メイドさんと宇宙人、世界を救う勇者さんだって」


 俺は先の自分の決断を早々に心から後悔した。




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