第一章 世紀末系ザコ meets 長州力、SHOW-YAな女子の膝蹴りをくらう
1
早速だが、いまゲーセンの男子トイレでアタマの悪そうな田舎ヤンキー数人に絡まれている。
その理由は、格ゲーしているときに対戦モードで乱入してきたこいつらを完膚なきまでに叩きのめしたからだ。ハメ技をつかったわけでもないのにこいつらは3戦目が終了するなり喚きだし、俺の胸ぐらをつかんでトイレまで連れ込んだ。まったく理屈に合わない。
「おい、ナメてんのかコラ」
茶色で短髪、でも襟足は長いという典型的な田舎ヤンキーヘアの男がものすごくいきがっている。正直うんざりだ。こいつはいったい何度同じセリフを俺に吐き付けるんだろうか。ざっと数えただけでも、もう8回は言っている。何だ、この無駄な時間は。かつて大仁田厚が長州力に電流爆破デスマッチを申し出に行ったときの「またぐなよ」問答を思い出させる、まるで無限ループのようなやりとり。「お前は長州力か」と言ってやりたい。
あまりにも退屈な展開が続いたので、いっそのこと早く殴られて終わろうと思い、俺は我慢していた欠伸をした。
「テメー!ナメてんのかコラ」
田舎ヤンキーが激昂の声をあげたが、ここにきても殆ど言うことが変わらない。いったいどれだけ語彙力に欠けているのだろうか。しかたがない、もう一声いくか。
「息、くせーんだよ。歯ぁ、みがいたことある?」
ここまで言って殴ってこなけりゃ、こいつら不良じゃない。ファッションパンクならぬファッション不良だ。まぁ核戦争後の世紀末にひゃっほーと言いながら村を襲ってそうな顔をしているからファッションにもなりえないか。
そんなことを考えていたら、田舎ヤンキーは俺を便所の壁にガンと激しく押しつけて叫んだ。
「お前、ナメてんとマジでぶっ殺すぞ!」
俺はため息まじりで挑発した。
「はいはい、ナメてるナメてる。だから早くぶっ殺してください」
ここでようやくスイッチが入ったのか、田舎ヤンキーは「おまちょしんだぞてめぇ」とよくわからん声をあげながら拳を振り上げた。
その瞬間、トイレの入り口のドアが勢いよく開いた。
「あんたら、何やってんだい?」
田舎ヤンキーたちが一斉に振り向いた先には、一人の女が立っていた。真紅の長い髪にかなりキツめな化粧。黒いレザーのジャケットとミニスカートを身に纏い、髑髏の指輪に鎖のネックレスという時代と逆行しているようないでたち。その表情は凛としており、冷めたような眼差しにはまるでいくつもの修羅場をくぐってきたような凄みがある。田舎ヤンキーたちは一瞬怯んだが、すぐに気を取り直して息巻いてみせた。
「なんだオメー。ここは男子便所やぞ」
女は表情を変えずにこたえた。
「あんなでかい声出しゃ外まで聞こえんだよ、チ○カス」
女から汚いことばを浴びせられた怒りで、田舎ヤンキーはさらに大きな声を張り上げながら女の胸ぐらをつかんだ。
「お前、女だからってナメてっとぶっ殺すぞ!」
その刹那、女はまるで工事現場の安全靴のようなゴツいブーツで田舎ヤンキーの足を思いっきり踏みつけた。そしてさらに痛みで前のめりになった田舎ヤンキーの顔面に容赦のない膝蹴りを放った。
「何すんだ、このアマ!」
田舎ヤンキーの仲間たちがそう言いかけたとき、女はかなり低い、それでいて便所中に響くような声で啖呵を切った。
「上等だよ、百回死ぬ気で来いや!!」
その一言で、田舎ヤンキーたちは完全にビビってしまい、すごすごと便所から出て行った。顔面を蹴られた男はすれ違いざまに「おぼえてろよ」と言ってたが、こんな時代劇に出てくるチンピラのようなセリフを吐くヤツが実際にいるんだなぁと感心してしまった。
ちらっと背後を一瞥し、田舎ヤンキーたちが去ったのを確認した女は、俺に近づいてきて、不敵にニヤッと笑った。
「あぶないトコだったね。大丈夫?」
先程の低い声とはうってかわって明るく元気な口調となった女の問いに、俺は溜息まじりでこたえた。
「ねぇちゃん…何、そのカッコ」
2
「いや、ね。ユウちゃんも知っちょうとおり、最初は女の子だけでスピッツのコピーをするバンドやったのよ。でもベースのちぃちゃんがね、ヘヴィメタルが好きなおいさんを好きになっち。ちぃちゃん、そのおっさんに少しでん近づきてえき協力しちくりって泣きながら言うけんみんな断り切れんでさ。やき今日それっぽい服を買って、さっきまで練習しよったっちワケ」
「…で、いったい何のコピー?」
「今日やったのはスキッド・ロウ。次ん練習はモトリー・クルーの曲もやるっち」
「ねぇちゃん、叩けねぇだろ」
「正直、ちょっとしんどいかな。でもやってみたら意外と楽しくってさ。ハマっちゃいそう」
「ふーん。っていうかさ、さっきのキャラは何?いつもと違いすぎじゃね?」
「うーん、人間っち着る服によって性格も変わっちくるってどこぞの女優が言よったやん?たぶんそれよ。ステージに立つ者としてはいつもと違う自分になることっち大事やん?北島マヤみたいなもんよ」
「あっそう」
まるで博多駅のようにインフラ整備された大分駅の南口のテナント内のファーストフード店。俺はいまそこで姉とちょっと遅めの昼食をとりながらたわいのないハナシをしている。先程はバンド練習帰りの姉の姿があまりにも普段と違いすぎたので少々面食らってしまったが、いまはウィッグを外して栗色の長い髪、萌葱色のタイトなジャージを羽織り、デニムのミニスカートにマゼンタのレギンス、濃緑色のドクターマーチンといった比較的カジュアルな見た目となっている。
「それにしてん、大分駅がきれいになったのは嬉しいけど、明るすぎん?もっと薄暗いっちいうか、夜と街の灯りが交わる場所っちいうか、そんな雰囲気がなくなったってカンジ。なんちいうんか、ライオット・シティ・ブルースが足りないっていうか」
「カントリー・ガールはいるけどね」
「ちょっと、なんでわたしを見ながら言うん」
紹介が遅れてしまったが、俺の名は椎名雄平。大分市内の公立高校に通う高校一年生。今日は学校も休みでヒマだったので書店巡りでもしようかと街に来てみたのだが、興味をそそるような目新しいものはなく、結局小沢健二が表紙のミュージックマガジンと中島らもの『お父さんのバックドロップ』を購入したのみ。その帰りにゲーセンに立ち寄ったが、そこで何が起こったかは言うまでもないだろう。
そんでいま俺の目の前で大口開けてクラシックチーズバーガーを食べているのが姉の椎名みかん。同じく大分市内の作業療法士になるための専門学校に通っている。昨年からバンド活動に興味を持ちはじめ、いまでは歳の近い女子たちとコピーバンドを組んでいる。今日はバンド練習終了後、普段着ない服を着た記念にメンバーでプリクラを撮りにゲーセンに寄ったら先の出来事にたまたま遭遇した、とのこと。
「ねぇ、帰る前にアニメイトに寄らん?竹達彩奈のシングル、出たっちいうき」
「…一人で行けよ。俺はもう帰る」
「いいやん、電車いくらでんあるし!それにこれだけの荷物、わたし一人で家まで持って帰りきらんし!」
「服も楽器も自分の趣味の結果だろ。自己責任だ」
「てったことふない焼きおごるけん!」
俺は姉の買い物に付き合うことにした。
3
かつてのにぎわいが嘘のようにさびれてしまった駅の府内中央口を抜けて、地下道を通ってアニメイトに向かう。姉はスネアとペダルを持ち、俺はヘヴィメタルな衣装の入ったバッグを持って歩いている。4月とういこともあってか、夕方六時前となっても外はまだ明るい。日が長くなったんだろう。
「そういえば十五年くらい前、パルコん駐車場に屯ってるチーマーがエアマックス狩りしよったっち」
「エアマックスって、ナイキの?」
「そう。そのチーマー軍団、”パルコ族”って言われよったんち」
「アタマ悪そうなネーミングだね。そういう連中はえてして人を傷つけた罪悪感とかなくて、いまものうのうと二酸化炭素を吐き散らしながら”あのころは楽しかった”とかほざくんだよな」
そんなたわいもない話をしている間に地下道を抜け、先に話題となったいまだに買い手がつかないテナントビルの手前の信号にたどり着いた。
「ねぇユウちゃん」
信号待ちで姉がこちらを向かずに呼びかけた。声色はほとんど変わらないが、先ほどとはうって変わって少しシリアスな雰囲気だ。
「…学校、楽しい?」
「さぁ、どうだろ。まだ半月も経ってないからね。わかんないよ」
「…ユウちゃん、ともだちつくるのがヘタやん。どげぇしよんかなぁっち」
俺は自分でも性格が偏屈で、素直に人と会話することができない人間だということを自覚している。なんというか、きっと心のどこかで自分以外の人間はみんなバカだと思っているんだろう。そんなことを考える自分は浅はかだ、もっと謙虚になり周囲に対して敬意をもって接していかなきゃ…そう思っているのにそれができずにいる。だからいままで友達らしい友達もいなかった。俺自身は当然の結果だと思っているしさほど気にしていない。だけど姉がそのことについて心を痛めていることに、申し訳ない気持ちもある。
「まぁ、なんとかやってみるよ」
そう答えた俺の顔を見て、姉は微笑んでみせた。その目にはどことなく憐憫を含んでいる気がして、俺はいたたまれなくなって俯いた。
信号が青に変わり、旧パルコ前にさしかかる。そのとき、姉が男性から声をかけられた。
「どうもこんにちは、『スパーク・オン・ザ・ロード』の笠置です!インタビューお願いしてもいいですか?」
言われて気づいたが、この人は若者向けのローカルテレビ番組『スパーク・オン・ザ・ロード』のリポーター・笠置芳雄だ。きっとこれはその番組のワンコーナーで大分駅近辺を歩いている若い女性にインタビューをする”街の若ぇもん”の収録だろう。
声をかけられた姉は困った顔でこちらを見た。俺は姉が何を言いたいかを察知した。
「どっちでもいいんじゃね?映ったとしても大分ローカルだから」
姉は不安気ではあったが、ふと何かを思いついたような顔をして「いいですよー!」と笠置リポーターに元気よくこたえた。
笠置リポーター(以下笠):えー、お名前をうかがってもよいですか。
椎名みかん(以下み):椎名みかんです。
笠:学生さんですか。
み:はい。専門学校に通ってます。
笠:(みかんのとなりにいる、フレームアウトしている男性を見て)今日は彼氏さんとデートですか。
み:彼氏?あっ、違います。弟です。かわいいでしょ。
笠:弟さんですか。仲が良いんですね。
み:えへへ。
笠:ところで今日のリポートテーマは「好きな教科」なんですが、みかんちゃんが好きだった教科は?
み:うーん、世界史かな。
笠:へぇ。世界史のどんなところが良いの?
み:教科書や資料集に載っているむかしの人が描いた絵!最高に萌えるんですよ。
笠:も、萌え?
み:どの時代も良いけど、ルネッサンス以前の中世の絵なんか激萌え! 「カノッサの屈辱」なんち神聖ローマ皇帝ハインリヒ4世が叙任権闘争でグレゴリウス7世から受けた破門を取り下げてもらうために自ら謝罪に向かうっちゅう西洋史上でん重大な事件なんに描かれた絵からはそんなテンションがいっそんでちょらん。むしろ気持ち悪いくらいの表情の乏しさ。だがそれがいい!それと…
笠:そうなんだ!歴史に詳しいね!高校時代、成績良かったんだろうね。
み:いや、商業高校だとそこまで教えてくれないんで。
笠:え?
み:普通科の高校に通うともだちの教科書を読んで勉強したんですよ。ともだちがカラオケで歌いよる間とかに。
笠:へぇ…みかんちゃんって面白い娘だね…。
み:そうですか?まだ爆笑トークしちょらんけど。
笠:…では恒例の、最後にカメラに向かって一言!
み:(ニカッと笑って弟をフレームインさせる)わたしの弟、ユウちゃんと面白いことやってくれる愉快な仲間を募集します!テレビの前の燻っている若人よ、いまこそ立ち上がるとき!あて先はこちら!(言いながらフレーム下を指さす)
「…はい、どうもありがとうございました」
明らかに苦笑いしながら去っていく笠置リポーターを見送る姉の顔はそれ以上に苦い顔をして笑っていた。
「しまった…ノープランでしゃべっちゃった」
「最後らへんなんか、完全にSOS団っぽかったもんな」
「…ユウちゃん、ごめん。つい引っ張り出しちゃった」
「いいよ、別に。それにどうせ大分でしか映んねぇし」
「…そうやね」
「っていうかこれはオンエアされないだろ。内容が内容だし」
「え、なんで?わたしマズイこつ言った?」
「…それより早く買い物して帰ろうよ」
この後は姉が目当ての品を無事に手に入れ、ふない焼きのうずらとてったこのねぎぶっかけを持ち帰りで購入して帰宅した。
翌日、『スパーク・オン・ザ・ロード』であのインタビューがほぼノンカットで放映された。ラストにはご丁寧に「大分テレビ ユウちゃんの仲間募集係」というテロップがついていた。