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86 いつまで笑っていられると思うなよ


「悪いんだけどさ、ちょっと力を貸してくれないか?」

「……面倒くさいことは嫌いだ。お前の(ファミリー)に入るつもりも、馴れ合うつもりもないと言ったはずだ」

「でも、貸しはあるだろ?」

「……このクソ猫が」


 ニンゲンどものキャンプで。ご相伴にあずかるという口車にのってみれば――やはり、クソ猫はドクソ猫だった。






 クソ達が前金代わりにと、差し出しのは焼き鳥とビール缶だった。

 カラスにヤキトリを差し出すあたり、このクソ猫は本当に舐めている。今度、またフィアンセどもに、クソ猫ハーレム情報を密告してやる。そう固く誓った俺だった。


 滑空して、風を掴まえる。

 今日の風は素直だ。


 大した労力もなく、空へ招いてくれる。木立ちの間を抜け、川面に沿って羽ばたく。水面が真っ青な空を映す。急上昇して、振り返れば。


 この街は山に囲まれて――盆地のなか、切り崩したかのように佇む。

 その間を、河川が血管のように巡っている。

 その数、700強。中心を一級河川が。縫っていく。


 ――シリンジにお願いしたいのは、さ。

 ――その名前を出すな、クソ猫。


 殺気立つ。

 イキモノには色々な理由があって、それぞれ生きている。


 多くのイキモノは、自分達のテリトリー外については不干渉だ。それなのに、このクソ猫は旧知の間柄のように、馴れ馴れしい。だから余計に腹がたってしょうがない。


 ――雪姫嬢のことで、頼みたいことがあるんだ。


 その一言に、目を大きく見開いた。

 毒気を抜かれた、とはこのことか。


 甘っちょろすぎるクソメスだった。


 羽根を怪我した俺を、動物病院まで連れていき、治療をしてくれた。

 クソガキ達のエアガンの流れ弾で当たって、不覚にも、損傷したのだ。

 カラスなんて、今や害鳥でしかないはずなのに。


(クソメスが勝手にやったことだ。礼なんか言うつもりはないからな)


 そう俺は毒を吐く。吐き出したところで、毒づいたところで、ニンゲンに届くはずもないのに。


「別にお礼を言って欲しくて、助けたワケじゃないからね」


 俺は目を丸くした。


「痛がっている子を無視できなかっただけ。私の自己満足だし、勝手にやったことだから、気にしないで」


 クソメス――雪姫嬢は、なけなしのお年玉が入っていた、空のポチ袋を握りしめていた。バカなのか、お前は。


「んー。君は賢い目をしているよね。なんか先生って感じがするから、君のことを【先生】って呼んでも良い?」


 思わず悪態をつくことも忘れて、雪姫嬢に見惚れてしまった。


 それから数年がたって。

 今日――。

 旋回して、電線に沿って羽ばたく。


 そういうことならクソ猫、貸しを返そう。並走するように、ドローンが飛んていくのが見えた。


 【Up Down Supporters】


 そうロゴが刻印された猫型ドローンを尻目に。猫を空に飛ばしたいとか、人間の考えることはよく分からん。


(それに遅せぇよ)


 旋回して、滑空しながら。目的の場所を目がけて。途中、雀の群れに突っ込みながら。雀と一緒に、隊列を作って。輪を描きながら、それこそ縦横無尽に。


 イタズラ好きのチビ達は、ワクワクすると言わんばかりに、羽をバタつかせた。だから早くバテるんだ、と苦笑する。


「先生は、お年だからね。無理しないで僕らに任せてねー」


 スズメ達がクスクス笑うのを尻目に、俺様は羽ばたく。


(バーカ。テメェらに負けるかよ)


 眼前には無機質な人間の建造物が乱立している。こうやって改めて見れば、本当に美しくない。でも、何より美しくないと思うのは――。


 あの全ての希望を失った瞬間の表情。あの子の横顔が焼き付いて離れない。

 人間なんて、どうでも良いと思っていたのに。


(貸しがあるから、な)


 学び舎というには、あまりに実りが少ない。形式上、学校といわれたるあの場所を俺たちは目指して。





■■■





「……それはそうと、下河さんが登校したらしいじゃないですか、教頭先生」

「なんですって?」


 校長室――そのデスクに、我が物顔でふんぞり返っていた教頭は、目を大きく見開いた。

 ソファーには姿勢を正して座る、女が一人。高校生の男子が一人。


「葦原さん、それから総司君、私はそんな報告は聞いて――」

「それはそうですよ。彼女はただ単に、登校をしてきただけですから。咎める理由はありません」

「いや、しかし――。退学通知と、転校勧告を前向きに捉えている、と――」

「愚図な子は愚図なんですよ、教頭先生」


 やんわり笑う。あの女が葦原総司の母、PTA会長の葦原秀実で間違いない。女を意識した微笑に、教頭はすっかり虜になって、酔ったようにクラクラさせている。


(……気色悪い)

 それしか言葉が出てこない。


「でも、教頭先生。ご安心を」


 葦原総司は柔和に微笑む。


「彼女は精神的に脆い。ちょっと揺さぶったら壊れてしまうのは、リサーチ済みですから」

「学校で大事は困るよ、総司君」


「もう、すでに大事ですよ。彼女がドコまで憶えているのかは定かではありませんが、ココまで回復するのは予想外でした。あの場所に、あなたもいたんだ。今さら、逃げ腰で許されるワケがないでしょう?」


 葦原の目が、怪しく笑う。


「それは……。だが――」


「あなたは校長のポストが欲しい。教育特区に出張に行っている間だけ、校長の椅子に座ることで、まさか満足しているわけじゃないでしょう? そして、幸い母さんは教育長とのコネクションがある。僕は下河さんを心の底から救ってあげたい。そう思っていますから。僕らの利害は一致している。そう思いませんか?」


「救ってあげたい?」


「先生、分かりませんか? 僕は初めてだったんですよ、拒絶されたのは。他の子は僕を受け入れてくれた。それが当たり前だったのに、彼女は違った。僕の告白を断ったんです。だから下河さんを徹底的に壊したかった。そのうえで助けてあげて、彼女が僕の価値を理解したら、飽きるまで大切にしてあげたいと思っている。それなのに――上川君、彼は本当に余計なことをしてくれた」


 ギリッと唇を噛み締め、葦原の顔が歪んだ。


 俺は今すぐ、その眼球をくり抜いてやりたい、そんな衝動に駆られたがスズメ達に抑えられる。


「先生」


 葦原秀実は、当たり前のように微笑む。


「うちの子にはね、事業承継してもらわないと困るんです。そのためには、たくさんの経験が必要なの。帝王学は学ぶだけじゃダメで、どう実践するかも大事。そう思いませんか?」


 秀実の指先が、教頭の髪を触れる。撫でるように、首筋。それから胸元まで下りてくる。


「お、仰る、と、通りです」


「穏便に済ませたいだけなんです。ウチの子の社会勉強も。今後のこの子達の進路も。下河さんには転校をしてもらって、何もかもリセットしてもらったら良いと思うの。そのうえで、総司が飼ってあげる分には、何ら問題はないわ」


「えぇ、母さん。ちゃんと可愛がるし、お世話もします」

「良い子ね、総司」


 反吐が出る、心底そう思った。


「その一手と言うつもりはないのですが、少し躾を試みることにしました」

「躾?」


「はい母さん。下河さんは、トラウマを克服したワケではないのは明白です。上川君が無理をさせている。だから――ちょっと、呼吸が苦しくなる程度に現状認識をしてもらえたらと思い、知人を派遣しました。あくまで様子確認ですが、続けて揺さぶってみたいと考えています」

「それは良い手だわ、そのまま退学してくれたら言うことないわね」


 ふふふ、と秀実は笑みをこぼす。

 俺はコイツらの監視もそこそこに、羽をばたつかせた。


「先生、行って! ココは僕らが監視するから。お嬢さんのことが何より最優先だよ!」

「……任せたぞ、チビども!」

「いえっさー!」


 急上昇して、文芸部がある図書室コーナーを目指す。

 たかだか生き物ごときに、何ができるというのか。


 賢く生きようと思えば、狡賢さも知恵だ。時に狡猾に。時に強者に対しては、穏便に。カードを切って交渉することも必要だ。誰もがあのクソ猫のように振る舞うことなんか、不可能だから。

 ましてニンゲンの行動は災害にも等しい。


 ――良かった。

 今でも憶えている。


 ぴちゃん、と。

 俺の羽根を滴が、濡らした。


 怪我をした俺のために、あの子が涙を流してくれたと気付くのに、少し時間を要した。


 治療が終了すれば、当たり前のように俺は俺は空へ戻るのに。

 あの子は、元気になった俺を見て、安堵してくれていたのだ。

 そんな子が息もできないくらいまた追い込まれて良いはずがない。



 どぉん!

 音が響く。


 遅かったと、苦い感情がこみあげ――目を大きく見開いてしまった。


 図書室のベランダへ、その窓越しから覗く。

 雪姫嬢が、拳を振り上げたその瞬間――招かざる客人は、したたかに本棚に体をうちつける瞬間だった。

 本棚は倒れ、本は津波のように、客人に向けて押し寄せていったのだ。






■■■





「本当に申し訳なかった」


 野球部のユニフォームを来た男が、雪姫嬢に殴られた男の頭を押さえつけ、無理やり謝罪をさせられていた。


「ま、町田。図書室も元通り、直してもらったし。そこまでしなくても、何かゴメン――」

「冬君が謝ることないよ。悪いの、そこのスラングさんだし」

「スラッガーな! だいたい、俺は被害者なのに、なんで土下座させられ――」


 ポカッ。町田少年がミットで、ヤツの頭を殴る。


「イテッ。お、お前、先輩に何を――」

「その先輩が、何を率先してサボっているんですかね?」


「いや、それはだな。俺ぐらいになると、多少練習時間は削って、コンディションの調整に……」


 ジトッと睨む町田少年に、自称スラッガーの声が萎んでいく。


「俺ら含めて二年も、成長しています。4番、稲葉に取られないでくださいね?」

「な、何を言って。あいつピッチャーじゃんか」

「二刀流でやれるポテンシャルがありますからね。俺はキャプテンとして、平等に監督とレギュラー決めますよ?」


 と町田少年は冷然と言い放つ。俺は、桜の木の枝から、そんな一幕を眺めていた。見れば、(チビ)達も、集まってきた。

「先生が行った後、あいつら解散しちゃった。情報、集められなくてごめんね」

「……お前らが、あいつらを認識できただけで良い。今後も任せることができるな?」

「「「「もちろんだよ!」」」」


 チビ達の声が重なる。何とも頼もしい限りだ。

 と、町田少年は雪姫嬢と上川少年を見やる。


「下河、さっきはちゃんと話ができなかったけど、学校に来られたんだな」

「うん、冬君のおかげで」


 雪姫嬢の手と上川少年の手がしっかりと繋がれているのを見て、町田少年は苦笑する。


「雪ん子って、全然分からなかったよ。下河、変わったな?」

「どうなのかな?」


 と雪姫嬢は上川少年を見やる。彼は包み込むような微笑で、雪姫嬢を見守っていた。


「雪姫は、もともと可愛かったからね。本質は何も変わってないよ。もっと可愛く見せるお手伝いをしただけだから」

「冬君にそう言ってもらえたら、私は満足、本当に幸せだよ? だって、冬君に可愛いって思ってもらうのが、最大で唯一の目標だもん。他の子に目移りなんかさせないんだから」

「うん、雪姫しか見られないよ」

「嬉しい」


 雪姫嬢が心の底から破顔しているのが見て取れた。


「おい、海崎?」

「なに、町コン?」

「……あのさ、小学校時代のあだ名で呼ぶの、海崎ぐらいだから」

「町コン?」

「町コン?」

「町コン?」


「黄島も長谷川先輩も、本当に変わらずクソガキ団だな! というか、音無副会長まで、クソガキ団に入団かよ!」

「それで、何さ?」


 海崎少年がクスクス笑う。


「下河、ってあんな感じだっけ? 上川と手を握り合っている姿を見た時も、別人って思ったけどさ」

「そう思うよね。でも大田(だいた)先輩をノシたのも下河だから。間違いなく本人だよ。久々に【雪ん子】を見れたでしょう?」

「確かに、な」


 と町田少年は苦笑する。


「――とりあえず、一段落したかな? それじゃ瑛真ちゃん、やっちゃいますか!」


 ふんすと、音無嬢が気合を入れるのが見えた。


「始めちゃいますか、音無ちゃん!」


 と瑛真嬢も握りこぶしを作って、腕を突き上げる。

 合わせるように、ココにいる全員が拳を振り上げた。


「さぁレッツ、パーティーだよ! アップするようにサポート! ダウンしてもフォロー!」

「「「「それが私達、アップダウンサポーターズ!」」」」

「「あっぷだうんさぽーたーず!!」」


 全員が――雪姫嬢と上川少年も追いかけるように拳を突き上げたのを確認して、俺は羽根を羽ばたかせた。


 クソ猫の(ファミリー)に入るのはごめんだが、アップダウンサポーターズとやらなら、まぁ付き合ってやらなくもない。


 滑空し、旋回し、空へ。

 (チビ)達が、俺に続く。


 雪姫嬢の心の底から笑っている笑顔を見ることができた。

 今はそれで満足だ。

 と、低空飛行で旋回してると、見覚えのある男が不機嫌そうに校庭を歩いているのが見えた。


「……絶対に私が校長になってみせるからな」


 教頭がブツブツブツと呟いていたのが聞こえ、不愉快な感情が湧き上がる。だが何となく構図は見えた。実力もないくせに、権力者に媚を売って、地位を欲したワケだ。その責任を背負う才覚、覚悟もないクセに。


 その結果、コイツも雪姫嬢を追い込んだ。

 だから。一切、容赦する必要性を感じなかった。


「総員、ターゲットに投下せよ」

「「「「いえっさー」」」」


 ぴちょん、ぴちょん。

 白い爆弾が投下される。


「と、鳥の糞っっ?! なんで?!」


 絶叫が響くが、知ったことか。

 俺たちは旋回し、上空を目がけさらに高度を上げる。


 青空へ。

 雲を突き抜けて。

 その向こう側へ。


 この街を見下ろしながら、滑空する。

 お前らが、雪姫嬢を追い込むと言うのなら、こちらは受けてたつだけの話だ。

 



 ――いつまでも笑っていられると思うなよ?

【とある野球部部員の場合】

「レッツパーティー!」

「大田先輩、非常に言いにくいんだけどさ」

「な、なんだよ?」

「先輩は呼ばれてないからな!」

「なんで?!」

「いや、普通に考えて、あんた迷惑だろ!」

「そんなことないよな? みんなでパーティした方が楽しいじゃん?」

「迷惑」

「迷惑」

「迷惑です」

「迷惑ですよね」

「町コンなら良いけどね」

「冬君、もう一発、正拳突きをしたら良いかな?」

「し、し、し、失礼しましたー!」



【雪ん子ちゃんの場合】

「冬君、どうしよう?」

「ん?」

「普通に部活って思っていたから、お弁当作ってきちゃった!」

「あぁ……。ゆっき、またルーチンで作っちゃったヤツ?」

「あ、いや、その、なんと言うか……」

「どうしたの、冬希?」

「パーティーも楽しみだったんだけど、雪姫のお弁当も楽しみで」

「言い出しっぺ、上川君だよね?!」

「もぅ、冬君ったら」

「いや、だってさぁ。雪姫のお弁当が楽しみすぎて」

「私は嬉しいけどね? でも冬君は私のお弁当が好きなの? それとも私?」

「それは雪姫に決まってるじゃん」

「うん、嬉しい」

「……な、なに? 海崎、何なの、この甘い空気?!」

「町コン、諦めようね。あれで出力、まだ10%だからね」

「10%? あれで? 死人出ちゃうから! もてない俺たちへの当てつけがひどい! 本格的に登校するの、別の意味で怖い! 俺の知ってる雪ん子じゃない!」

「町コン!」

「何だよ、瑛真先輩?」

「ああ見えて、海崎君も裏切り者だからね?」

「それは、どういう――」

「ひかちゃん、オードブル運ぶの手伝って?」

「りょーかい。こっちで良い?」

「……ああいうことだからね」

「ああいうことなんです!」

「俺は瑛真先輩と音無副会長が怖いわ……」



【とある猫さん達の場合】

「先生が快諾してくれて良かったね。スズメの学校、あのネットワークはバカにならないから」

「お兄ちゃん、ちょっと先生をからかいすぎだよ? 口は悪いけど、根は優しいカラスさんなんだから」

「うぐっ。それはそうかもしれないけど、つい――」

「ルルが浮気をしていないか、ちゃんと報告してもらわないといけないから。これからも先生とは良い関係を保ちたいわ」

「最近、筒抜けなのアイツのせいか――」

「お兄ちゃん?」

「ルル? そもそもルルの行動に問題があるわけでしょ?」

「う……いえ、なんでもないっす……」

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