80 サポーターズ × サポーターズ(後編)
「冬君と、この公園に来るのが当たり前になったね」
聞き慣れた声に俺は思わず、目を開けた。公園の時計を見れば8:30を指していた。光坊や空坊達のやりとりよりさらに早い、本日朝1番の出来事だった。
朝早く出て行ったと思えば――。
いや、雪姫嬢絡みなのは納得がいく。それでもつい3週間前までの相棒は、バイトか買い物以外で外出がなかったのだ。この変わりように思わず呆れてしまう。
こっそりと、ベンチの下から抜け出して。桜の木によじのぼる。コテンと雪姫嬢が冬希の肩にもたれかかるのが見えた。当たり前のように、二人は手を繋いでいる。季節外れの金木犀の香りが、二人からたちこめるのを感じる。もう過呼吸もへどろのような匂いも感じなかった。――表面上は。
イキモノなんて弱い。躓いたり、挫けたちすれば、すぐに汚泥に沈んでしまう。
でも、と思う。きっとこの王子様は、雪姫嬢のヘドロをきっとかき消してしまうだろう。
「息が苦しくなしし、こうやって外に出られた。外の空気がこんなに爽やかだって思ったことなかったよ」
「うん」
コクンと相棒は頷く。
「ぜんぶ、冬君のおかげ」
「……そんなことは無いよ。雪姫が頑張ったから――」
「私はね、冬君。自分のことだから分かるんだ。きっと、一人じゃまだ外に出ることができないもん。何回か頑張ってみたことはあるの。でも冬君がいないと、やっぱり息が苦しくなっちゃうから」
「無理はしないで欲しいかな」
「でも、頑張りたいって思うから」
「だから今日、学校に行くんでしょう?」
「うんっ」
頬を擦り寄せるように、雪姫嬢が冬希との距離を埋めようとする。しばらくの無言。でも会話が途切れても、心地よさと愛しさがより高まっているのが分かる。
と公園の脇を、制服姿の女子高生達が自転車を漕いで通り過ぎていった。
冬希が、彼女たちを目で追いかける。そんな一瞬――雪姫嬢は、ぶすっと頬を膨らませる。
「え? 雪姫?」
「冬君が他の子を見惚れていた」
相棒の腕を抓る。そんなに強くはないが、その表情は目一杯、不満を表明していた。
「冬君のえっち、スケベ、バカ、変態」
「へ?」
「他の子の足ばかり見てた」
「い、イヤ、み、見てないし――」
「自転車乗っている時、みんなスパッツ履いているんだからね!」
すっかり雪姫嬢、ご立腹である。
そして冬希。どうして言葉を詰まらせるのか。男の本能は理解してやるが、あからさまな視線を向けたらそうなるだろう。
(お前次第なんだぞ――)
決して、この少女は立ち直ってなんかいないし、傷は癒えていない。ただ冬希がいるから。その手が繋がれているから、一歩を踏み出す勇気を持った。そんな薄氷の上に、この子は立っている。冬希の手が離れたら、きっと彼女は呼吸かできない。また汚泥に沈んでしまう。
「ち、違うから。ただ、今日、雪姫が制服を着るんだよなって思ったら。嬉しくなっただけだから」
冬希の言葉にポカンとして、途端に羞恥心で雪姫嬢の顔が赤く染まる。
「ご、ごめん……ごめんなさい。うぅ、こんな私もうイヤだ」
雪姫嬢は距離を離そうと腰を浮かせようとした刹那、冬希が抱き寄せる。微かに喉元から喘鳴が聞こえる。
「ふ、冬君?」
「不安にさせたの俺だから。ごめんね」
「だって、だって。冬君を束縛したいって思わないのに。歯止めがきかなくて、他の子をそんな目で見て欲しくなくて、イヤだって思っちゃって――」
包み込むように、冬希は抱きしめる。
「俺は嬉しいけどね」
「ふゆ君?」
「俺は雪姫と一緒にいたいし、傍にいたいし、離したないって思ってるよ。ただ――嬉しくて、さ。雪姫が制服を着て、一緒に登校できるんだって、思ったら」
「う、うん……」
「でも誤解を与えたのは、俺だから。ごめんね」
「うん――」
ぎゅっと雪姫嬢が冬希の袖を掴む。離したくない、とそう言いた気で。
「私、もっと恋愛には淡白だって思ってたのに」
「しっかり愛されているって感じてるよ」
「イヤにならない?」
「むしろ、もっと雪姫を満たしてあげるように頑張らないと、って思ってる」
「私、とめどなく欲張りだよ?」
「うん。俺も欲張りだから大丈夫。雪姫の全部が欲しいから」
「冬君の全部、私じゃなきゃイヤ」
「分かってる」
すっと冬希の指が、雪姫嬢の髪を撫でる。誰にでもはしない。雪姫嬢にだけの特別な行為。それを理解してか、ようやく雪姫嬢の呼吸が穏やかになった。
ヤキモチと言うよりは、言い得ない不安。この幸福がドコかで終わってしまうのではないか、そんな恐怖に怯えている――そう匂いが雄弁に語っていた。
だから、昨日の夜だって電話で、冬希の声を寝るまで求めてしまう。
だから、誰かに奪われるのを極端に怖がる。
それでも、自分の足で踏み出そうと努力は止めない。自分自身が、冬希を支えたいと思うから。
でも、その恐怖はたった一瞬で霧散した。
冬希の唇が、雪姫嬢の唇に触れて。
雪姫嬢の腕が、求めるように冬希をよりしっかりと抱きしめて。
俺は、木の枝の上でのびた。
どんなに金木犀の匂いが香っても。冬希が、雪姫嬢の不安を包み込んでも。隠しきれない複雑な感情が、俺の鼻をひくつかせる。
「ルルの親分、塀の向こうに大國圭吾が」
控えていたクロが囁く。
「高台にいるのは青柳芯太ですね。その隣に生徒会長、葦原総司が――お? 三人が合流するようでっせ、親分?」
「斥候班は?」
「へい、抜かりなく」
クロは頭と尻尾を垂れ、それから音もなく樹から降り立った。
■■■
【5/3 14:00】
「――ということで、第一位はゆっきちゃんと冬君カップルでしたー!」
モモの発表に、猫達は盛り上がり、合わせて何故か人間達からも歓声が上がった。登校前にリハビリをしていた二人を見たのは、町内会副会長・高樹梅さん。サポーターズの報告とシンクロしていたから不思議である。
というか、冬希。お前ら、もう少し自重しろ?
「あれが若ささね」
と梅さん。一緒になって、弥生先生もビールジョッキ片手に盛り上がっていた。
「ところでさ、弥生ちゃん? 今日、文芸部は良かったの?」
cafe Hasegawaの美樹さんが常識的な疑問をぶつけた。となりで笑っているのは、見慣れない顔だが――?
「親分、弥生先生の旦那ですぜ」
とクロがさりげなく教えてくれる。
「良いの、良いの。今日はこっちが優先よー!」
と空のビールジョッキを掲げた。ありゃダメだな。ジョッキに旦那が烏龍茶を注いでいるが、まるで気付いていない。
「弥生ね、自分がいたら邪魔になるって、遠慮したんだよ。朝までずっと悩んでいたみたいだけどね」
「大君、それは言っちゃダメなやちゅ。ちゅー」
「はいはい、家に帰ったらね」
そう言いながら、膝枕をさせてあげてる。流れるようにスムーズだった。
と一人が立ち上がる。確か青年団所属の田子氏。
「それでは、青年団からの発表でーす! なんと、新しいプロジェクトが立ち上がりました! 大地兄貴と、天音疾風さんがプロジェクトリーダーです。その名も、スカイウイングクラッシャ――」
慌てて下河パパと天音パパが、田子氏の口を塞ぐが後の祭りである。
「大地さん?」
「あなた?」
春香さんと天音夫人に睨まれて、両氏は竦み上がっている。
「すかい?」
「ういんぐ?」
キョトンとしているのは、空坊と翼嬢。知らぬが仏である。
「それだけじゃありません。新プロジェクト、アップダウンクラッ――」
「田子ー! 俺たちがクラッシュしちゃうからヤメてー!」
男親の心は複雑なり。問答無用とばかりに、婦人型に引っ張られていった。制裁が終わるまで、しばし待機である。”バチン!と”激しい音がこの青空の下、鮮やかに響いたのだった。
……。
…………・
…………………。
「そ、それじゃ気を取り直して、ここからはちょっと真面目に聞いてくれ」
すぐに切り替えられるあたり、流石だ。頭を張る漢はかくあるべきである。ただ頬に紅葉様の手形が哀愁を誘う。
「姫さんとお嬢に折檻を受けたボスみたいっすね」
「うるさいよ。一緒にするなって」
「色々な女の子に手を出す分、ルルの方が性質が悪いわよ」
「お兄ちゃんって、節操ないもんね」
「……」
ひどい言われ様だった。
「――みんなすでに共有済みだと思うけど、ウチの雪姫に関わった関係者の名前が浮上してきた。青柳、そして会長だ」
パチン、パチンと炭火から火花が舞う。
「……うちの学校で青柳姓は3人。そのうち、小学校から一緒なのは青柳芯太君だ、ね」
弥生先生は酔いはもう冷めたと言わんばかりに、起き上がる。ブリーフケースから二枚の書類を取り出した。一枚には青柳芯太、もう一枚には芦原総司の名前と顔写真、そして個人情報が記載されていた。
「弥生、それがどういうことだか分かっているの?」
「もちろんだよ、大君。職権乱用、個人情報の無断使用、未許諾の情報開示。私の余罪は、書き上げていったらキリがないと思うよ」
ニコニコして弥生先生は言う。
「でも、一番の罪は下河さんを追い込んだことを隠匿した学校だからね」
誰もが息を飲んだ。
「その覚悟があるなら、よろしい」
弥生先生の旦那さんは、これからイタズラを開始するのが楽しみと言わんばかりに、笑顔をこぼしていた。
「で、でもさ……。葦原はちょっとマズくないか……?」
そう言ったのは俺が知らない誰か。
「芦屋産業だろ? 父親は市議会議員だし。母親の方は、PTA会長だろ? さすがにマズいっていうか……。確証もない段階で騒いだら、俺たちの立場もさ……」
沈黙がその場を支配した。俺は小さく息をつく。立場ねぇ、と呆れしか出てこない。じゃぁ何でお前は、この場所に立っているんだ?
「ダサッ」
そう呟いたのは、空坊だった。
「瑛真先輩や黄島先輩、海崎先輩がいたら、どう思うか。いや、それもどうでも良いよね。俺は姉ちゃんを守りたい。別にそれがサポーターズじゃなくても――」
そう言う空坊の腕をグイッと引っ張るのは、翼嬢だった。
「空君、熱くならない。みんな気持ちは一緒だよ。それにお義父さんは『真面目に聞け』って言ったよ。それは覚悟を決めようってことだよね? これはお姉さんだけの問題じゃなくて、みんなの問題だと思う。だって、傷ついた人をこれまで見過ごしてきたんだから」
「それは俺もそう――」
「空君はお姉さんのために頑張ってきたよ。でも、もう一人で頑張らなくて良いし。今の段階じゃ、お姉さんに手を差し伸べているのは、お兄さんだけじゃない? それはちょっとサポーターズとして悔しいよね? でも一人よりはみんがが良いと思うんだ。少なくとも私は、空君のサポーターだよ」
「……う、うん」
コクンと空坊は頷く。その手は翼嬢の両手――掌で包み込まれていた。
「あの感情で突っ走る空がコントロールされてる? 天音さんの奥さん感が半端ないんだけど?」
「そ、そんなんじゃないし! 彩翔、余計なこと言うなって!」」
「まだ、そんなんじゃないから!」
「あー君、空は恥ずかしがり屋だから、あんまりそういうことを言うと、拗ねちゃうよ?」
「ちょ、ちょっと、みー?! みんなの前であー君って言うのナシって言ったじゃん?!」
そっちはそっちで、違う物語があるらしい。
と下河パパが、パンパンと手を打った。
波が引くようにしぃんと静まり返る。
「あのさ、クソガキ団を今回はずしたのは、みんなの本音を聞きたかったから……それに俺も本音を言いたかったかんだよ。あいつら、雪姫のために動くし、このサポーターズだって、きっかけは雪姫・冬を見守る会みたいな感じだったのに、こうやって、デカくしちゃったワケだろ?」
「瑛真は天才的だよね。場を盛り上げることにかけては」
cafe Hasegawaのマスターがクスクス笑う。
「それ以上に真剣なんだと思う。だからさ、あいつらも空達、3バカも本気なの分かるじゃんか」
「4バカね」
真っ先に空坊が言うのを見て、翼嬢が――下河パパが目を丸くする。
「いや、人のお嬢さんをバカと言うのは」
「彩音も、人のお嬢さんだと思うけど?」
「黄島、お前は黙って――」
「大地さん、話がブレブレだよ?」
下河ママがクスクス笑って言う。コホンと下河パパは咳払いをした。
「……あ、あのさ、いろいろな気持ちがあって、それで良いと思っている。協力してくれたら、それだけで嬉しい。でもさ、今は一人の父親として、俺の話を聞いてくれないか?」
風がそよぐ。下河パパの匂いを感じ取りながら、あぁ、彼はこんな想いを抱いていたのかと思うと、猫の俺でも胸が苦しくなった。
「悔しかったんだ――」
絞り出すように、言葉を吐き出す。
「雪姫に何もできなかったのも。彼女が何も言ってくれなかったのも。冬希君が雪姫の笑顔を取り戻したのも。親の俺じゃなくて、冬希君だったのが」
「大地さん……」
下河ママが寄り添う。
「冬希君の前ではあんなに笑うのに。前に比べたら、たくさん笑ってくれるのに。ふとした瞬間に、その表情が止まって。誰かを探しているのが分かるんだ。乗り越えたように見えるけど、きっと今でもまぶたの裏側であの日のことがチラついているんだろう、って思う。今日、学校に行くのだって。特定の部活だけ活動している状況だけど。それでも、どれだけ不安な気持ちを抱えて登校したのか、俺は想像することしかできない」
雪姫嬢の不安は、単純な嫉妬では表現できない。もちろん独占欲もあるが、言い得ない憂苦にどうしても囚われてしまう。王子様の接吻で全ての悪夢が消えて、ハッピーエンドになるなんて、物語のなかだけだ。
あれだけの汚泥に飲み込まれそうになっていたのだ。息をしているだけ奇跡――切にそう思う。
「だから、俺は雪姫の力になりたい――」
「あのね、下河さん」
そう言ったのは天音パパだった。
「雪姫ちゃんを支えたいって思うよ。影響も人間関係も考えちゃうけどさ、雪姫ちゃんがされたことは絶対に許されないことだよ? それにね、悩んでいる親をボッチにさせちゃダメだって思うんだ。だから俺達にも手伝わせて。翼に良いトコ見せたいしね」
天音パパの言葉に、下河パパは目を丸くした。
「それに僕達の『雪ん子』ちゃんに泥を塗ってくれたオトシマエつけなきゃでしょ?」
海崎パパがニコニコ笑って言う。
「ま、みんなそれぞれ色々な立場があるからさ。矢面にはあたい達が立つよ。安芸疾走疾駆集団【朱雀春風】に任せてもらおうじゃない」
黄島ママがニッと笑う。やれやれ、と思う。ニンゲンは立場やシガラミから行動がままならない時がある。そのシガラミとやらが、大切なモノを守ってくれるとも限らないのに。
「……ボス?」
「「ルル?」」
それぞれが戸惑うのを尻目に、俺は人間達に歩み寄る。
未使用の炭に前足で触れて。
それから弥生先生が持つ書類に、それぞれ肉球で押印をしてみせた。
「へ?」
ニンゲン達は目をパチクリさせた。
「……太鼓判ってことか?」
「おあー」
下河パパの言葉に、俺は肯定の意を示す。どれだけ、現場を見てきたと思っているんだ。俺だって、とうにガマンは限界なのだ。
下河パパはプルプルと、体を震わせた。
「大地さん?」
「父ちゃん?」
「お義父さん?」
「大地?」
「下河さん?」
下河パパは、こらえきれず噴き出した。これ以上、楽しいことはないと言いた気で。と、俺に掌を向ける。下河パパの手と俺の前足が触れた。炭がつくのもお構いなしで。
その匂いに、迷いは一切なかった。
「よろしく、もう一つのサポーターズ」
「おあー」
ニンゲンから見れば、それは気休めの一言。自分自身の背中を押すだけの一言だったんだと思う。
でも、と小さく息をつく。
大地パパに雪姫嬢のことを託されたのだから。俺は笑んで、群れのなかに戻る。
(期待はしないでおくよ、もう一つのサポーターズ。)
未だ鼻につくドブネズミのような匂いに鼻をヒクヒクさせながら。呑気にかまえていたら、置いていくぞ?
だって――とうに俺の我慢は限界だ。
■■■
「あの状態で、下河を学校に来させるとか、悪意しか感じないな。青柳はどう思う?」
「……下河さんは、きっと騙されている」
ギリッと青柳芯太が唇を噛む。大國は不快そうに見やり――その刹那、生徒会長の胸倉を掴んだ。
「余計なことはするなよ」
「それはどういう――」
「上川からあの人を救い出すのは俺だ、勘違いするな。お前らとつるむつもりは毛頭ない」
「そんなこと言っていいのかな? 僕は――」
「関係ない。俺は俺のやりたいようにやる。だから指図をするなよ、生徒会長」
乱暴にその手を離す。振り向きもせず、大國は去っていった。
ぶつぶつぶつ、青柳は呟く。
下河さん、下河さん、下河さん、下河さん、と――。
そんな二人を見やりながら芦原総司は楽しそうに笑んでいた。いつも、そうだと呟く。いつも自分が思うように、盤上の駒は思惑通り動いてくれる。なんて、この世の中ってヤツはイージーゲームなんだろう?
変に抵抗するからだよ?
そう本心が、唇から漏れる。
――下河さん、早く潰れて楽になっちゃおう?
クスクスクス、総司の笑みは止まらなかった。
クロの報告を思い返して。
クロに報告される前から、
放置された亡骸のような匂いが、鼻につく。こんな悪臭をつねに嗅いでいたら、確かに薄弱なニンゲンは、悪意が感染していくのかもしれない。
「家族!」
「へいっ!」
クロを先頭にその視線が、俺に注ぐ。隣にティアとモモの温度を感じて。
「――鬨をあげろ! たった一人の、女の子の笑顔を守るために大義名分などいるものか! ぬるま湯のなかでイージーゲームとせせら笑う輩に、猫の呪いを! 雪姫嬢の煮干しに恩義を感じた全ての生き物よ、今こそココに集えっ!」
俺の咆哮に、【家族】は声を上げる。
奇しくも、ニンゲン達の鼓舞と重なった。
いつものあの台詞と同じタイミングで、猫たちが前趾の片方を――肉球を掲げる。
サポーターズが、声を合わせて鬨を上げた瞬間だった。
●とある親分と参謀の会話
「親分、親分」
「あ?」
「雪姫嬢からいただく親分の煮干し、今後は平等に配給になるってコトでよろしいのでしょうか?」
「何でそうなるんだよ?」
「だって、お嬢から煮干しをもらえる猫なんて、数が知れてますぜ。鬨をあげたということは、それこそ大義名分が必要かと」
「……イヤだ」
「へ?」
「イヤだ! 雪姫嬢と俺の唯一の繋がりなの! あの煮干しだけはゆずらねぇ!」
「お兄ちゃん、子どもみたいだよ」
「ルル、ちょっとそれは示しがつかないわよ?」
「イヤだ! イヤったらイヤなの! イヤなんだぁぁぁ!」
おあーという、ちょっと特徴的な猫の鳴き声が響いたとか響かなかったとか。




