79 サポーターズ × サポーターズ(前編)
【5/3(月) 11:30】
ฅ(=・ω・=)ฅ
「ルル、ちゃんと話を聞いている?」
そうティアに言われたが、俺は欠伸を止めることができなかった。現在、集会の最中。重要な案件は報告受領済みだ。集会もクロ、ティア、モモがいれば回る。俺は返事がわりに耳を少しだけ動かした。
だいたい同居人が悪いのだ。
最近、輪にかけて惚気がひどい。相棒曰く、
――雪姫の髪、見てよ?
――メチャクチャ可愛くない? この髪だったらさ。色々とコーデできちゃう気がするんだよね。
猫に雑誌を見せるな。知らんがな。とまぁ、こんな有様である。しかも言葉が止んだかと思えば、今度は夜に電話でのやりとり。もういっそ番になって二人だけの世界で――いや、止めておくべきか。
雪姫嬢は、想いを抑えきれず匂いを満開の花の如く香らせていた。でも相棒は、想いをなんとか封じ込めて根を張らせていた。その気持ちは大樹のように厚い幹となって。終わりの見えない桜乱舞が今も香る。
これだけの匂いを香らせたら、そりゃ鼻の悪いニンゲンどもでも影響されるだろう。匂いは良い影響だけじゃない。刺激されてやっかみ、嫉妬、不満を誘発する可能性がある。もっとも――相棒は、きっとそんなこと意にも介さないかも、だけど。
「まぁ、そう言いながら、ボスは姫さんとお嬢の話は全部、聞いていますから。そこは心配無用でっせ」
参謀、余計なことは言わなくていいから。
「ま、そこはもちろん分かっているんだけどさ。ルルが心配してくれているのは、ね」
「お兄ちゃん、責任感あるから。そういうトコ本当に大好き」
ティア、モモの言葉に家族が歓喜で色めき立つ。だから、そういうの、本当にいらないから。
「それじゃ、【家族】のご町内恋バナプロジェクト『激推しカップルランキング』と同時並行で『ゆっきちゃんサポートするよプロジェクト』報告、いってみよー!」
モモの声に公園中の猫が目をキラキラさせる。猫の集会がこんなに盛り上がっているとニンゲンは知らないらしい。つくづく感受性が低い生き物だ。
「ちなみに、リプレイは今回も雄猫サブ&アナが担当です! 好演よろしくね! なお今回、公開するエピソードは、すべて今日の午前中にありました! ホットニュースだから、合わせてそこんトコよろしく☆」
全部、俺が見ていたけどな。
「それでは第三位から発表ですっ!」
ところでさ、ティア。それ何を根拠にしたランキングなんだ?
■■■
「なんか、ひかちゃんとこうやって過ごすのは久しぶりだね」
「そうだね。下河が冬希とべったりだからさ。冬希と遊びたくても、ね。振られた僕の相手をしてくれるから、本当に助かるよ」
公園のベンチに座って、少し間隔を空けて二人は座る。ベンチの下が定位置で俺が寝そべっていることに、まるで二人は気付いていなかった。
「上にゃんの代わりって、それはちょっと私、納得できないんだけど?」
それはちょっとデリカシー無い物言いだぞ、光坊?
「あ、いや。そういう意味じゃなく――あ、そうなっちゃうのか……。あ、あのね。面と向かって、彩音と相談するのが恥ずかしいと言うか……」
「ん?」
「ダメだな、僕は。本当に弱虫だ」
「え?」
「あ、あのね。彩音……。僕、空手を習いたいって思ったんだ……」
「ひかちゃん?」
ベンチの下からじゃ二人の表情は見えない。ただ彩音嬢の上ずった声から、当惑しているのが分かる。
「ひかちゃんに何かあれば、私が守るか――」
「それじゃダメなんだ」
そう光坊は、迷いなく言い切る。
「何も行動できないのも、守られてばかりなのも違うって思うから」
「……ひかちゃんが私に尋ねるってことは、私と同じ道場になることも辞さないってこと?」
「まぁ。ドコの道場が良いかもよく分からないしね」
「喧嘩が嫌いなひかちゃんが続くの?」
「別にケンカしたいワケじゃないよ。足が竦んで、行動ができないのがイヤなだけだから」
「同じだよ。拳を繰り出すってことは、痛みをまず自分が知るってことだから。ただ強くなりたいとか、喧嘩に勝ちたいとか、そんな理由ならお薦めできないよ」
「――自分が強くなりたいって思ってる。弱い自分に打ち勝ちたい。もう行動できない自分はイヤなんだ。足がすくんだまま、後悔し続けるのは絶対にイヤだって思っちゃったから」
そんな光坊の想いを受け止めながら、彩音嬢は小さく息をついた。
「ひかちゃんは、足が竦んでなんかいなかったよ。一番、格好良かったから。誰よりも格好良かったよ――」
複雑に感情が絡み合って。過度な匂いはしない。言うなれば、夏草が香る――夏の匂いようで。仄かに香る夏の残滓。そんな表現が的確か。片方は静かに想って。片方は未だに迷い続けて。
梢が揺れる。そんな複雑な感情の隙間をぬって、風は爽やかに吹き抜けていく。
俺は、光坊の言葉の断片を拾い上げてしまった。
――少なくとも彩音を守れるように、隣に立てるようになりたいんだ。
ฅ(=・ω・=)ฅ
「もぅ、可愛い。うちの彩ちゃん、本当に一途なんだから。みんなもそう思うよねー?」
モモの声に猫たちも賛同の大歓声。俺は問答無用で現実に引き戻されてしまった。そう言えば、と改めて思う。モモは黄島家の子だった。飼い猫のクセに自由すぎないか、と思って――名目上、俺も飼い猫だったことを今さらながらに思い出す。
「それじゃ、解説をクロにお願いしようかしら?」
「へい、姫さん。注目すべきポイントは、積極的になると決めた彩音嬢。未だに自分の気持ちに悩んでいる光坊ですね。葛藤しながらも、前を向こうとしているところに好感票が集まりました!」
票? これ投票なの? 俺、投票してないけど。
「ちなみに、【家族】所属の構成員による貴重な一票は、ご町内恋バナプロジェクト投票管理委員会の厳正な管理化において開示されました。
委員長であるあっしが、ご報告させていただきやす」
「お、俺、投票してないけど?」
「ルル、バカね。ボスが投票したら、それだけで家族の総意になっちゃうでしょ。それに説明していた時、緊急案件じゃないからって寝ていたの、あなただからね」
「だいたいお兄ちゃんが、ニンゲンとは言え他の女に目を向けるなんて、許せるわけないじゃん。もいじゃうよ?」
モモ、お前が言うとシャレにならないから。
「私としては、モモを侍らせた過去のルルに物申したいけどね。そうでなくても、他の牝猫が虎視眈々と側室を狙っているのに。なんで毎回絶妙のタイミングで、他の子のピンチを救っちゃうかな。これ以上、増やそうとしたら――」
「ふ、増やそうとして、増えたワケじゃないし!」
「お姉ちゃん、その話をもっと詳しく!」
「お取り込み中ですが、第2位を紹介といきやしょう!」
「なに、勝手に進めて、ちょっと助け――」
「ルル、まだお話は終わってないわよ?」
「ちゃんと、お話をしようね? お兄ちゃん?」
俺の絶叫が響きわたってなお、家族の面々は楽しそうに集会は進行させていくのだった。
■■■
「空君、最後の試合を観に来てくれるよね?」
「……一応、そういう約束だからな」
「でもさ、本当は空君も試合に出られるはずだったんだよね?」
「あのね、俺がレギュラー獲得できるワケないじゃん」
「彩翔君と対等にやりあっているのに? レギュラーじゃない方がムリじゃない?」
「あれはあくまで、お遊びだよ」
そう言って空坊はベンチに腰をかける。と、翼嬢も腰をかけた。――空坊の膝の上に。
「ちょ、ちょっと? つ、翼、何をやっているの?」
「あ、座る場所間違えた」
てへっと笑みを零す。うん、この笑顔はモモとそっくり――の何かを企んでいるそんな表情だった。
「ま、間違えようがないでしょ?! 降りて、降り――」
「降りないよ」
じっと、翼嬢は空坊を見やる。俺が、ベンチの下から覗いているのもお構いなしに。
「あのね、翼。もうちょっと、男子に対してさ、警戒心というモノを持ってね? ね?」
「……空君は、私が誰にでもこういうコトするって、思うの?」
「いや、思わないけどさ……。でも、距離が近いと言うか、俺も男だってことを――」
「うん。空君は男の子だよ。ちゃんと分かっているよ。これぐらい意識してもらわないと困るからね。昨日のお姉さんを見ていたら、私もこれぐらいしなくちゃ、って思っちゃったからさ」
「ど、努力の方向間違っているだろ?!」
「それだけ空君が鈍感だったり、有耶無耶にするからだよ」
ふーっと深呼吸をして、翼嬢が空坊の隣に座りなおす。
「恥ずかしくなるぐらいなら、最初からしなきゃ良いのに……」
空坊が呆れたように言う。どうやら空坊から見ても、翼嬢の顔は真っ赤になっていたらしい。と、翼嬢が封筒を空坊に手渡した。
「へ?」
「大会の招待状。女子バスが6/11の土曜日ね。男バスが6/12の日曜日。両方ともちゃんと来てね」
「あ、え、う、うん……」
「地区大会を優勝したらさ、私のお願い事を聞いてくれる?」
「へ?」
「最後の大会だし。頑張るから」
「翼のお願い?」
「そう、お願い。でも、私のお願いごとをどう思うかは、その時で空君が判断してくれたら良いから」
「まぁ、俺で良ければだけど、さ」
「空君じゃなきゃダメなんだよ」
ニッコリ笑って、翼嬢はそう言う。
まるでペチュニアの花が咲き乱れるかのように。甘くて、淡い匂いが満たす。
よく分かっていない空坊の背中を、俺は押してやりたい。
ペチュニアの花言葉は――あなたと一緒なら心がやわらぐ。
翼嬢は、自分の気持ちを晒す決意をしたのだ。
ฅ(=・ω・=)ฅ
「どう? どう? 第二位にふさわしくない?」
興奮するモモ。歓喜の声をあげる猫たち。拍手喝采の代わりに、喉をぐるぐる鳴らす。
「それじゃ、解説のクロ。二人の状況について、一言お願い」
「へい、お嬢。翼嬢と空坊の距離は、間違いなく近づいています。端から見れば、誰も入り込めないはずなのですが、空坊は自分とは釣り合いがとれないと、距離を置きがち。翼嬢はそんな関係に終止符を打ちたいってトコでしょうね」
「お姉ちゃんはどう思う?」
「特にニンゲンの男子って、最近は奥手な子が多いから。待っているだけじゃダメだと思うの。ルルもそうだったけど、距離を置くのが格好良いと想っている節があるからね。女子から押すのも絶対、必要。翼ちゃんには頑張って欲しいって思う」
何故かこっちに飛び火しそうな勢い。俺は目を閉じて、聞こえない振りに徹し――。
「ね、ルル? ちゃんと愛の言葉って伝えるべきだと思うの。他のメス猫に優しくする暇があったらね?」
「そんなコトしてないし、この前はたまたま、保健所のニンゲンを撒いてやっただけで――」
「それ、どういうこと?」
とティア。
「この前【家族】に加入した子じゃないよね?」
とモモ。
「いや、そんなヨコシマな感情、持ち合わせてないし!」
むしろ正しい行動をしたのに非難される理由が分からない。だが風向きは明らかに怪しい。
「く、クロ! 第一位の発表を。今すぐ発表を――」
「ボス、すいやせん。集会の進行は姫さんとお嬢の指示で対応するようにと仰せつかってますから。それこそボスに」
にんまりとクロが悪い笑顔を浮かべていた。
「お、おい、コラッ。最近、ボスに対しての扱いが、お前ら雑じゃないか――」
「ちゃんと説明してもらうからね、ルル?」
「ちゃんと説明してね、お兄ちゃん?」
ティアとモモに迫られつつ。【家族】の面々が、楽しそうに囃し立てて。ボスがただ偉そうにしている集会よりはよっぽど良いと思っているが――もうちょっとボスを立ててくれても良いんじゃないか?
そんなことを言える余裕がないくらい、俺は今窮地に追い込まれていた。いや、俺は全然悪くないからね?
■■■
「ボス、イチャイチャ中すいませんが、そろそろお時間でっせ」
「ドコをどう見たら、そうなるんだ?!」
そこは全力で抗議したいそう思っていると、ニンゲンどもが、公園内でバーベーキューの準備を始め出したことに気付く。
この公園は申請すれば、バーベキューが行えるのだ。猫にとっても、格好の漁場である。だが、流石にこれだけの猫がいれば、ニンゲンも嫌がるだろう。俺は撤収の指示を出そうとして――モモが小さく微笑んだ。
「お兄ちゃん、大丈夫だよ」
「へ?」
「ゆっきちゃんサポートするよプロジェクトは継続中だからね」
モモ言っている意味がわからず、思わず尻尾を振り思案してしまう。
「よしっ、それじゃ始めますか!」
と言ったのは雪姫嬢パパ、下河大地だった。
ニンゲン達から拍手歓声があがる。
「クソガキ団は文芸部で不在だが、これまでの情報を整理していきたいと思う。では第24回アップダウンサポーターズ、ココに開幕っ!」
拍手喝采が巻き起こる。町内会の面々、高校生、中学生、現在青年団(旧安芸疾走疾駆集団・朱雀春風)に以前相棒と雪姫嬢に絡んだ不良達、そして【家族】。
錚々たる顔ぶれだった。――いや、猫を入れても良いのか? と思ったが、婦人会の奥様方が、煮干しや刺し身を振る舞ってくれるので、遠慮なくご相伴に預かることにする。贅沢を言えば、雪姫嬢の煮干しが一番だなって思ってしまうのだが。
「乾杯の音頭に代えて。いつものヤツいくぜ。皆さん準備をよろしく!」
雪姫嬢パパの声に呼応して、拍手とともに一斉にそれぞれが立ち上がった。
「「「アップできるようにサポート! ダウンしてもフォロー! 上川君と下河さん(雪姫ちゃん)をハイテンションで応援します! それが私たち」」」
「「「アップダウンサポーターズ!!!(((にゃー)))」」」
ニンゲン達も【家族】の面々も入り混じって、喝采が上がる。
気付けば、ティアとモモが俺の隣で寄り添ってくれていた。
「ニンゲン達が収集した情報と照らし合わせて、今後の方針を検討するのが良いかと思いやして。姫さんとお嬢の提案ですけどね」
クロが後方で控えながら、静かに言った。そういうことか、と俺は小さく首肯して笑みが溢れる。
今はどんな情報でも欲しい。相棒が大切に想う彼女を傷つけたのだ。五体満足で、夜を眠れるなどと思って欲しくなかった。
でも、今は――。
「「「かんぱーい!」」」
ニンゲンも猫も入り混じって、歓声と喝采、グラスの鳴る音に合わせて猫が「にゃー」と鳴く。全てが入り混じって、パーティの始まりを賑やかに告げたのだった。
【クロさんメモ】
※1 猫に刺し身はあげても大丈夫ですぜ。少量であれば大丈夫。あっしはサーモンが大好きです。
※2 貝類は病気になる可能性があるので、ご遠慮くだせぇ。
※3 醤油はお控えなすって。人間の食品は、猫にとって塩分が多すぎなんですな。
※4 ご町内恋バナプロジェクト『激推しカップルランキング』栄えある第一位は、次回発表です!




