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57 君は逆に不安を上書きしたいと言う


「はい、上にゃん。スマートフォン」


 と黄島さんは俺にスマートフォンを渡す。雪姫のことしか考えてなかったのが、少し恥ずかしい。

 見ると、俺の隣で雪姫が妙にニコニコしている。


「冬君ってうっかりさんなんだね。携帯電話がないと、いざって言う時に連絡ができないんだから、気をつけてね」


 つんつんと、人差し指で俺の頬を突いてくる。あの雪姫さん――?

 やれやれ、と黄島さんは肩をすくめた。


「はいはい、ゆっき。嬉しいのは分かったから。貴重品よりも何よりも、自分を優先してくれたら。そりゃ嬉しいもんね。でもね、ゆっき。彼氏を安心させてあげるのも、彼女の努めなんじゃない? 全部、聞こえていたんだからね?」

「え?」


 思わぬ矛先を向けられて、雪姫は目を白黒させた――のは俺も一緒で。え? 黄島さん? 今なんて言った?


「上にゃん、ビデオ通話切らずに行くからさ。その、ね? ごめん。その……とっても甘かったよ――」


 絶句。あのやり取り、見られてたの? ウソでしょ? 視線を雪姫に向ければ心当たりがあるのか、俯いて真っ赤になっている。


「えっと、ドコまで?」

「ドコまでだと思う?」


 今度は海崎がニヤリと笑む。


「上川君って、ココぞという時は躊躇しないし、大胆だってことがよく分かったんだよね」


 瑛真先輩は自分の指を唇に当てて、チュッとわざとらしい音を出す。


「や、ヤメてくれっ。もういっそのこと殺して――」

「うー」


 もはや雪姫は言葉にすらならず、パニックになっていた。


「「先輩たち、その話をもっと詳しく」」


 空君と天音さん。君ら、息ぴったりだな。

 気付けば、日曜日のピクニックメンバーに瑛真先輩も追加したお馴染みの面々――と?


「誰だ、お前?」


 スーツは良しとして、金髪のウィッグ、薄巻きメガネが怪しすぎる。これで【今日の宴会部長は私です】というタスキをかけていたら、忘年会の幹事間違いなしだ。


「マイネーム イズ マーチ ナツメ。ナイストューミーテュー!」

「えっと……。弥生で三月だから、マーチ?」

「いえーす! いえす! いえす! いえす! もぅ弥生って呼び捨てなんて、上川君、積極的過ぎだから。照れちゃ――痛っ」


 ポカンと、先生は黄島さんに頭を叩かれた。本日の全授業の教科書で。


「ちょ、ちょっとー?! 黄島さん、ひどくない?」

「先生? 私は雪姫が不安になる行動は慎めって言いましたよね?」


「あ――え……? あ、違うからね。下河さん、私は上川君に特に何も感じてないし、仲良くもないからね。むしろ下僕としか思ってないから。雑魚だから、こんな男。ザーコザーコ、イチャイチャ魔人ー」


 慌てているのは分かるが、小学校低学年の悪口レベルかと思うくらい発言内容が低次元すぎた。

 雪姫の反応が心配で、思わず俺は視線を向けると、当の本人はクスリと笑みを溢していた。


「雪姫?」

「ごめんね。なんか、改めて先生と冬君が仲が良いんだなぁって思ったの」

「仲が良いと言うか、引っ掻き回されているというか……。ま、心配されているのは分かっているんだけどね」


 黄島さんは目をパチパチさせ、何度も俺と雪姫を――正確には信じられないものを見るように、雪姫を見る。


「ん? どうしたの?」


 きょとんと雪姫が聞く。


「いや、だってさ。あんなにヤキモチ妬いてた雪姫が、よ? なんでそんなに落ち着いて――」

「うん? だって冬君が近くにいるし。それをちゃんと感じられるし、今も私のことをしっかり見てくれてるし……。今日はたくさん、良いことあったから……」


 雪姫と俺の目が合う。どうしても心配で雪姫のことを見ていたのがバレていたみたいだった。照れくさいけど、視線は離さない。大丈夫? と投げかけて。大丈夫だよと逆に雪姫から言葉を投げかけられた気がしたから。


「だから、目と目があっただけで、何でそんなイチャつけるのさ?」


 空君にボヤかれた。と、海崎がポンと思いついたように手を鳴らす。


「下河が嬉しそうなの、そういうことか?」

「へ?」

「上川、『年増は趣味じゃない』ってはっきり言ってたもんね。不安材料が消えたか。そーか。そーか」


 いや、俺そんなディスって女性を敵に回すようなこと言ってないし。――って、あれ? 弥生先生も瑛真先輩もなんで落ち込んでいるの?


 ただ年上の女性は、あの人を思い出すから苦手なだけだから。

 ああ、なんてタイミングなんだろう。記憶の底に押し込んでいた、あの声。もう終わったはずなのに、また俺に容赦なく囁いてくる。





■■■





 ――真冬、君には花がない。

 ――蕾もない。

 ――だから、花が咲くことはない。

 ――君には、本当に何もないんだ。同情するよ。

 ――努力すれば実るだなんて、そんなのウソだ。

 ――才能の前では、確実に格差社会が存在するから。

 ――君のお母さん……小春のような才能が、花弁一枚分であもあれば、ステージで輝けたのかもしれない。

 ――君がCOLORSとして輝くことは、今後ない。

 ――現実を直視すべきだ。

 ――諦めることは恥じゃない。

 ――残念だ。本当に君には、何にもない。

 ――君は、本当に空っぽだ。





■■■






 みんなの賑やかな喧噪を聞いて、俺ははっと我に返った。雪姫の掌が、俺の手に触れて今が現実だと教えてくれる。雪姫は、そんな俺を見て首を傾げる。

 もう終わったこと――俺は、唾と一緒に感情を飲み込んだ。


「まぁ、上にゃんも話にくいと思うので、私たちが質問して、そこを上にゃんに答えてもらう形式にしたいと思いまーす!」

「どんどんぱふぱふ♪」


 黄島さんに続いて、瑛真先輩まで。まぁ瑛真先輩が盛り上げ上手なのはいつものこと。でもつい自然に笑みをいざなうのは、先輩の才能だと思う。


「それはそうと、弥生先生は大丈夫なの?」


 思わず俺は心配になって聞く。仮にも教師。この時間はまだ業務中のはずだ。


「フフフ、ちゃんと申告はしているから大丈夫よ、上川君」


 金髪教師はビシッと俺を指差す。すいません、ちょっと距離、離してもらっていいですか? マジで知り合いと思われたくないわ。


「生徒と恋バナしてくるのでちょっと出てきますと。校長からも許可をもらったからね!」

「却下だろう! 今すぐ帰れ! 学校戻って仕事しろ!」


「いやん。上川君って、ちょっとS(エス)っ気あるよね」

「うるさいから!」


「冬君って、いつもは優しいんですけれど、時々イジワルなんです。でも、そのイジワルも全部受け入れたくなっちゃうの」

「雪姫?!」


 頬を染めながら、うちのお姫様は何を言い出すの? それ聞きようによっては、あらぬ誤解を生むから――。


「上にゃん? 君はこの短期間の間に雪姫に何をしてくれたの?」


 ほら幼馴染が睨んでくるよ。何もしてないし、そんな心当たり無いからね。むしろニコニコ笑う雪姫が小悪魔に見えてきた。


「……自分にしか見せない特別な表情をアピール、と……」


 ちょっと、天音さん? 君は何をメモしてるのかな?


「おほん」


 弥生先生がわざとらしく咳払いをする。


「えーと、冗談はさておいて。一応、下河さんの家庭訪問を含んでいるから。生徒の状況確認を含めて、ね。だから上川君、そこは心配しなくて良いからね」


 最初からそう言って欲しい。ふぅっと息を吐いて、俺は改めて今いる公園を見渡す。

 リハビリで行くいつもの公園ではなかった。マンションに隣接していて、妙に狭苦しさを感じる。ベンチと、申し訳なさそうにブランコ、砂場があるだけ。ブランコは危険だからと取り外され、砂場は猫よけでシートが敷かれていた。まるで子どもたちの利用を拒否しているようで。現に遊びに来る子どもはゼロだった。


 でも、みんなにムカシのことを告白するなら、コレほど良い場所はないと思う。案内してくれた海崎に感謝だ。人の目がないのがむしろ助かった。


 と弥生先生の言葉に雪姫はペコリと頭を下げていた。不思議だなって思う。あれほど感情を搔き乱していたお姫様は、今はこうも穏やかな表情で微笑んでいる。


「雪姫?」

「冬君が近くにいるだけでね。こんなに安心してるの。あんなに不安だったのに、おかしいって思うけれど。きっと冬君が、不安になったら言葉にして良いって言ってくれたからだと思う」


「うん、本当にそう思ってるよ」

「――でも大丈夫。私、すぐ不安になるからね」


 にっこり笑って、まるで安心できない言葉を雪姫は囁いてきた。

 だからね、と雪姫の声が俺の鼓膜を震わす。私を見て? 私だけをしっかり見て? そう呟く。


 俺は思わず、頬が熱くなる。握っている手に少しだけ力をこめてしまったのは――もっと雪姫との距離を埋めたいと、そう思ってしまったのは――俺自身が言い得ない不安に押しつぶされそうになっているから。


 あの声がまた俺に囁いてくるのだ。


 君には、本当に何もない。

 君にCOLORSは相応しくない。

 現実を直視すべきだ。

 諦めることは恥じゃない。

 君は本当にからっぽで――。

 






■■■



 あの声が止まる。

 雪姫の掌が、俺の手に重なった。俺は大きく目を見開く。


「冬君が私の不安を上書きして、私を満たしてくれるから。だから、逆に冬君が不安に感じている時は、私があなたの不安を上書きしていって、そう思っているよ」


 雪姫の声が、あの人の声をあっさりと、かき消してしまう。

 俺は目をパチクリさせた。


(雪姫にこの不安がバレていた?)


 今まで、あえて考えないようにしていた。

 俺には、何もないから。ただ、それだけだから。そして、もうとっくに終わってしまったことだから。


 そう思っていたのに。


 雪姫は俺が守らなくちゃいけないと、そう思っていたのに。でもこの子は、むしろ俺を包み込むように微笑んでくれている。


「私、冬君が寂しがり屋なの、知ってるからね」


 目尻に熱さを感じたのは。

 込み上げてくるの感情を感じたのは――きっと、風が乾いているせいなんだ。

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