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37 君に「当店自慢のカフェオレです」と言われるのは、かなり気恥ずかしい


「えっと……。そろそろ、ごめんね上川君。それから下河さん。ちょっとだけ、相談をさせてもらって良いかな? 瑛真も別件で相談があるんだったよね?」





■■■





 ようやく体の火照りも心音も落ち着いてきて、マスター達に向き合う。雪姫と手は繋いだままで。


 瑛真先輩の相談は何となく察しがついたが、マスターからの相談は、皆目検討がつかなかった。


「瑛真、最初に僕から上川君にお願いしても良い?」


 マスターの言葉に、先輩はコクンと頷く。


「と言っても、そこまで難しい話じゃないんだけどね。上川君、僕達にもカフェオレを淹れてもらっても良い?」

「へ?」


 そんなことならと思ったが、ちょっと脱力を感じてしまった。流石に追加でコーヒーアートを描くのは、シンドイと感じる――それだけ雪姫におもてなしをすることに、集中していたんだなと我ながら呆れる。


 カフェオレを淹れるだけじゃなくて、まさかココで雪姫に告白をするとは思っていなかった。オレは精神的に消耗しているのを実感した。ただ――心地よい疲労感が占めているのも確かで。


 欲しいって思ったことなんかなかったのに。初めて、欲を出したのに。その願いが叶ってしまって。まだ夢を見ているみたい、そう思ってしまう。


「冬君、大丈夫?」


 雪姫が覗き込んでくれる。


「ん。大丈夫だよ」


 コクリと頷いて見せる。でも、と思う。雪姫に最近隠し事ができない気がする。何となく思っていることが伝わってしまって。逆に雪姫が感じている嬉しさ、不安も俺は妙に伝わる時がある。雪姫のことをもっと知りたいと思っているからか。それがとても――嬉しい、そう思ってしまう。


「大丈夫じゃないように、私には感じるけど?」

「……ちょっと気が抜けたのは確かかな」

「ココのところ、お仕事終わってからずっと練習していたもんね。上川君のことだから、家でもイメージトレーニングしてたんじゃない?」


 美樹さんがソコで余計なことを言う。最近分かったのは、雪姫は心配性なぐらい世話焼きな一面があるということだ。お弁当の件しかり。本当に俺を気遣っているのが分かる。でもマスター達の好意で今日があるので、それくらいは――。


「あの長谷川さん、私からもお願いがあります」


 真っ直ぐにマスターを見て、雪姫はそう言う。


「私は冬君に無理をして欲しくありません。このカフェオレを淹れるのに、どれだけ冬君が頑張ったのか、想像することしかできません。でも、生半可な努力じゃ淹れられないのは、流石の私でも分かります。でも冬君はお願いされたら断らない。だったらせめてカフェオレのみで。コーヒーアートは今回は、我慢してもらっても良いですか?」


 背筋をのばして雪姫は言う。呼吸の乱れは感じない。


「もちろん」


 マスターが優しく微笑んだ。その後ろで、残念そうに「チェッ」と瑛真先輩がいじける。


 ずっとお預けにしていただけに、申し訳ない気持ちがあるが、雪姫に淹れたのと同じクオリティーのカフェオレを、これから淹れられる自信はちょとなかった。


(だけど――ささっと淹れてますか)


 雪姫におもてなしをしたら、次は瑛真先輩に。そう約束をしていたから。その約束は守ってあげたい、そう思う。


 と俺は雪姫の手を一瞬だけ離して立ち上がる。物足りなさ、寂しさを感じながら。雪姫の呼吸は、やっぱり乱れることなく穏やかだった。

 と雪姫も一緒に立ち上がる。


「冬君、私も手伝うよ」

「え? いや、雪姫はお客さんだから。座って、待っていて――」


 と俺が狼狽して言うより早く、シュルッと衣擦れがする音がした。


(え?)


 見ると、美樹さんがエプロンを外して、雪姫にささっとつけてあげるところで。あまりの手際の良さにビックリするのと――上川冬希、落ち着け。これは、かなりいけないヤツだ。冷静に、冷静になれ。なるんだ――。


「……」

「ふふふ、エプロン姿の雪ん子ちゃんに、思わず照れちゃったってヤツ? 可愛いもんね」


 ニマニマ笑って、美樹さんが言う。いや、そういうことをあえて言うの止めてくれませんか? これ雪姫も恥ずかしくなって、また再起動に時間があかるパターンだか――ら?


「冬君、可愛いって思ってくれる?」


 エプロンを広げて、雪姫はお辞儀をして見せる。その頬をわずかに朱色に染めながら。

 むしろ再起動に時間がかかりそうなのは、俺の方で。


「……正直、可愛いって言葉じゃ足りない」

「嬉しい」


 雪姫は本当に、嬉しそうに微笑む。寄り添って、腕と腕が触れる距離。ただそれだけなのに。それだけで、俺の心臓は早鐘(はやがね)となって胸を突き続ける。


「お手伝いさせて、ね」

 雪姫はそう言って微笑んだ。




■■■





 雪姫は手早く、コーヒーカップやソーサー、トレイを用意する。まるで、場所を知り尽くしているかのようだった。


「下河さん、中学生の時はアルバイト来てたとは言え、流石だね」


 と言うマスターの声に、俺は目を丸くした。つまり【cafe Hasegawa】では雪姫の方が先輩、ということになるようで。


「夏休みの期間限定だったから。冬君のようには動けないよ」

「でも先輩は先輩だね」

「へ?」

()()()()


 ぼそっと、小さく雪姫に囁く。雪姫は想定外の事態にはめっぽう弱い。最近雪姫と関わるなかで知ったことの一つだ。


「同じ年でしょ! 普段、お子様扱いするクセにこういう時だけズルイ!」

「お子様扱い?」


 そんなことをした憶えは無いけど。そう思いながら、雪姫の髪を手で梳く。雪姫が落ち込んだり、感情が不安定になった時はこれに限る。むしろ雪姫の髪を梳くことで、俺自身の気持ちが落ち着くんだけど、ね。


「そういうところ! そういうこと言ってるの!」

「イヤだった?」


「い、イヤじゃないけれど。イヤじゃ……無いけれど。冬君にされるのは、す、好きだけれど……そうやって、すぐ子ども扱いするのは、イヤ。他の人にしたらもっとイヤ――」

「子供扱いしてないよ。雪姫に安心して欲しいから、するだけ。それと、雪姫にしかしないよ。誰構わずしないから。そこまで節操無しじゃないし、そんなことできる人なんかいないから」


 言葉にしてもぷぅっと雪姫は頬を膨らませる。子ども扱いはしてほしくない。でも髪を手櫛(てぐし)されるのはキライじゃない。そう表情が物語っている。俺はおかしくて、つい笑みが零れてしまった。


「――はいはい、そこまで。上川君、飲食物扱う時に髪を触るのはNGだよ。フロアに立つ以上、プロとしての認識は持ってね。そう、いつも言っていたよね?」


 冷静な声が飛んできて、俺も雪姫も思わず背筋をのばした。でもマスターの顔を見ると、笑顔は絶えてなくて。


「仲が良いのは分かったから、ほどほどにね」


 マスターはそう言って笑む。


「何を見させられているんだろなぁ、私ってば」


 瑛真先輩が、目のやり場に困ると言いた気に、ため息をついて窓の外へ視線を逸した。

 雪姫がからむと周囲が見えなくなるということをイヤというほど自覚した一日だ。何だか本当に申しわけない、そんな気持ちで一杯になった。





■■■





「当店バリスタによる、()()のカフェオレです」


 雪姫がそうニッコリ笑って、トレーをマスター達に配膳していく。雪姫にそう言われ、気恥ずかしくなって俯きたくなる。でも雪姫の動作その一つ一つが綺麗なので、つい見惚れてしまっていた。


 マスターも美樹さんも、基本は広おおらかなのだが、所作や接遇を何より大切にしていた。逆を言えばココを蔑ろにする輩は【cafe Hasegawa】で働くことはできない。このカフェでバイトに採用されるうえでの重要なラインになっている。雪姫の所作は、俺から見ても優雅で自然だった。


 考えてみると、高校入学してすぐの俺は、コミュニティーに入ることができず、かなりやさぐれていた。よくバイトに採用してもらったな、と今更ながら思う。


「ま、上川君は基本的に、お辞儀がしっかりできる子だったからね。教えたらできる子だと思っていたら、それ以上だったっていうオチで。これはご両親の教育の賜物かな、って思うけどね」


 とマスターが言う。色々な経験をさせてもらったのは事実だと思う。でも結局、母さんの期待には一切応えられなかったので、思わず忘れかけていた罪悪感が目覚めてきた。


「冬君?」


 きょとんと――そして心配そうに、雪姫が俺を覗きこんでいく。


「大丈夫だよ」


 ニッコリ笑って見せる。俺は雪姫の椅子を引いて、彼女にも座るように促した。だって今日のメインゲストは雪姫だから。


「そういうところ、なんだよね」


 ボソッと美樹さんが楽しそうに笑む。雪姫は促されながら、顔を真っ赤にしているのだが、その意味が分からない。


「ちゃんと空気読んでエスコートできる子だから、さりげなくお客さんの人気も高いのよね」


 ボソッと美樹さんがとんでもないことを言う。よくお客さんに声をかけられる自覚はあるが、そこまでで人気は無い気がするんだけど――って、え、雪姫? 雪姫さん? なんでそんな怖い顔になってるの?


「美樹さん、その話をもっと詳しく聞きたいです」

「じゃ、私は学校での上川君の様子を教えてあげよう」


 瑛真先輩がニマニマ笑って言う。いや、俺そんな学校で先輩と接点なかったですよね?


「上川君って、弥生先生と仲が良いもんね」


 この先輩、とんでもない爆弾を投げ放ってきた。

 雪姫が何故か、先生のことをを意識している。それを知ったのもつい先刻のことだったけれど。


 ただ、何となく察することができる。雪姫の不安の一つ。自分の知らないところで、俺がどんな風に過ごしているのか。きっと彼女はそれが不安になっている。それは俺が、雪姫と幼馴染たちとの過去に一抹の寂しさを覚えることとイコールで。


 俺からしてみたら、雪姫以外の人に目を向ける、そのものがあり得ないんだけれど。

 でも、不安に囚われたらなかなか這い出せない。それも分かる。

 だから、雪姫の手をしっかりと握ったうえで、真正面から言葉を尽くすしかない。

 心のなかで勝手に思っていても伝わらない。それは今日、イヤという程痛感したから。


 そして、欲がどんどん増えていく。


 今日、こうやって雪姫と過ごせて満足なはずなのに。

 一緒にカフェオレを淹れるのを手伝ってもらって。


 こうやって過ごすことができたら、嬉しいなって単純に思ってしまう。

 同じように、雪姫と一緒に毎日、学校で過ごしたい。そう思う。


 雪姫を無理させたくないし、焦らせるのも違うと思うけれど。

 結局、どれだけ俺は雪姫のことしか見てないんだろう。思わず苦笑が浮かぶ。


「冬君?」


 雪姫は目をパチクリさせる。


「俺は結局、雪姫のことしか考えてないんだなって実感しただけだよ」

「え?」


「雪姫とね、一緒に色々なことにチャレンジしたいって、この短い時間で思ったの。笑うかもしれないけど、俺の最優先事項って雪姫なんだなぁ、って。そんなことをちょっと実感しただけ。今日は嬉しいことがたくさんありすぎて、上手く言葉にならないんだけどさ」

「……笑わないよ。嬉しいのは、私の方だからね」


 息遣いが乱れることはなくて。

 苦しそうな素振りも、感じられなくて。


 穏やかで。

 平穏で。

 雪姫の隣りにいるのは俺で。


 そして、雪姫が笑ってくれる、それだけで嬉しいはずなのに――物足りない、そう思っている自分がいる。そんな俺はなんてワガママなんだろう。


「それじゃ、上川君のカフェオレをいただこうかな?」

「アップルパイも遠慮なく食べてね」


 マスターと美樹さんに言われて、俺達は合図を送るでもなく、意識することなく、


「「はい」」


 そう二人同時で頷くので、つい二人で顔を見合わせてしまって――もうお互い自然と笑顔が溢れていた。

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