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35 君へ伝えたいこと



「冬君、好き。このカフェオレ、本当に美味しいよ――」





■■■





 俺は思わず、雪姫を見た。耳朶まで真っ赤に染めて、潤んだ目で俺を見ている。


「えっと、雪姫……。その好きって意味は、カフェオレがって意味――?」


 俺の言葉を聞いて、雪姫は俯いてしまう。俺は間抜けな言葉を飲み込んだ。


(バカか、俺は――)

 そう思う。


 雪姫の一番でいたい。彼女の傍にいたい。絶対に離れない。そう雪姫と約束をしたじゃないか。友達という関係で、そのポジションに維持するのはそもそも無理だし、いつか終わりがくる。その時、他の誰かが雪姫の隣にいることを納得できるのか?


(絶対、無理だ)


 だって知ってしまったのだ。自分は何もなくて、カラッポで中途半端。意を決して新天地に飛び込んでみたものの、結局、新しいコミュニティーに入り込むことするらできなかった。そんな俺に、雪姫は温もりを与えてくれた。


 人と接すると、過呼吸になってしまう。そんな子だからこそ、支えたい――そう思っていた。でも、そうじゃないと今なら言える。


 俺は――俺が、雪姫に支えられていたんだ。雪姫の前でなら自然と笑うことができて。


 何となくつまらないと思っていた日常が、こんなにも色彩豊かに感じられて。

 雪姫の一番でいたい。ここ最近ずっと思っていたことだ。


 今回のカフェオレだって、普通に淹れたらそれで終わる。その程度のものだった。ココまでする必要は全くなかったんだ。

 だったら――どうして――なんで。


(でも、その答えって、俺のなかではすでに明確なんだよな)


 弥生先生と海崎にコーヒーを淹れた後の、雪姫の言葉が今さらながら脳内で再生される。



『だって――冬君が私の知らないところで、私の知らない表情カオを見せていると思うと、なんだか悔しくて。私はもっと、冬君のことを知りたいのに――』



 同じことを俺も思っていたと、今さらながらに気付いく。彼女の幼馴染達が過去に見てきた雪姫の表情。俺が知らないその素顔。当たり前だけれど共有できなかった、それ以前の時間。それに嫉妬している自分がいた。


 彼女の言う「好き」がカフェオレの「好き」でも構わない。苦手だったコーヒーを飲めるようになった。外野からしてみたら、ただそれだけのことだと思うかもしれない。


 でも俺にとっては――俺しか知らない雪姫を知ることができた、最大の瞬間で。


 俺にしか見せない表情(カオ)を、もっともっと教えて欲しい。そんな欲が溢れ出して、止まらなくて。

 ワガママな自分の感情が、もう止まらない。だから、この気持ちを言わずに後悔するよりも、言って後悔した方が、まだよっぽど良い。


(それもウソだ)


 打算なんて、計算なんてできない。この気持ちを秘めたまま過ごすことができないだけ。


「雪姫……」


 ビクンと彼女が体を震わす。俺は深呼吸をした。ココまで来たら、もう言葉は止まらない。改めて、雪姫の顔を見やりながら、申し訳ないと思う。一番不安なのは雪姫のはずなのに。それなのに彼女の想いを一切考慮せず、俺は自分のワガママを押し通そうとしている。


「いや、下河雪姫さん。聞いてくれないか?」

「……はい」


 雪姫はコクンと頷く。その目を見やる。不安に囚われて仕方ないはずなのに、しっかりと俺の言葉を受け止めようとしてくれていて。彼女の望まない答えを俺はこれから言うのに。



「俺、雪姫のことが好きなんだ」





■■■




 終わった、と思った。自分でこの関係を断ってしまった。雪姫を失いたくないと思いながら、自分の感情が抑えきれなくて。リハビリを続けたいと思う彼女の意志を蔑ろにしてしまった。自分自身でこの関係を終わりにしてしまったのだ。改めて思う。なんて俺は愚か者なんだろうって――。


 息を呑むように、その両手で口を塞ぐ雪姫。信じられない、とその目が言っている。俺は思わず目を逸らす。ごめん、って言葉じゃ足りない。そう思う。


「本当、なんだよね?」

「え?」


「今、冬君が言った言葉。ウソでも冗談でも無いんだよね?」

「ゆき?」


「……今さらウソだって言っても、取り消してあげないから。呆れても離してあげない。冬君の隣、絶対に誰にも渡してあげないから――」


 雪姫が衝動的に俺に抱き着く。俺の首に手を回して。これでもかというくらい距離を埋めるように、俺の胸に顔を埋める。


「私も、好き。冬君が大好き。冬君が悪いんだからね。いつも優しくて。こんな私に愛想を尽かさず背中を押してくれて。だから、ずっと私の頭から離れてくれなくて。冬君が傍にいてくれるだけで、呼吸が落ち着くの。苦しくないの。でも冬君は善意で関わってくれていて。友達として一緒にリハビリを応援してくれているって思っていたから、ずっと我慢してたけど。もう我慢しなくて良いんだよね?」

「え? あ、も、もちろん?」


 俺の頭もパニックになっていて、気の利いた言葉が出てこない。


「今からこういうこと言うのズルいって思うけど。私、自分が欲張りだって最近、自覚してる」

「へ?」


「今まで、諦めるのが当たり前だったから。誰かに悪口言われたり、否定されても諦めたらそれで楽になるから。でも冬君に関しては、絶対に私、諦めてあげない。冬君の隣は私じゃなきゃイヤだ」

「ん。それは嬉しいかな?」

「え?」


 雪姫は、俺の言葉を予想していなかったのか、目をパチクリさせた。


「だって、俺が雪姫の隣にいたいって思うし。このまま友達を続けて、違う誰かにこの場所を奪われるのは、絶対にイヤだから」

「私、ワガママだよ?」


「今まで我慢ばかりしてきた人がそれを言う?」

「だって、弥生先生や、それ以外のクラスの子にだって、冬君が笑いかけているの想像するだけで耐えられないもん。独り占めしたいもん。自分でも驚くくらい、独占欲強いって思ってる」


「それって俺得の嬉しいだけのヤツじゃん」

「え?」


「だって、俺も雪姫を独占したいって思ってるからね」

「ふ、ふゆ君?」


「俺、他の人に笑いかけるほど、器用じゃないし。それができていたら、もっと友達が増えていたよ。黄島さんにも言われたからね、【無愛想猫】って。俺を猫に例えるのもどうかと思うけどさ」

「冬君は、確かに彩ちゃんが言うように猫っぽいと思います」

「こんなゴツイ猫がいたらホラーだ」


 俺がゲンナリして見せると、雪姫は楽し気にクスクス笑う。


「私にだけ尻尾振ってくれる猫ちゃんでいてくれなきゃ、イヤ。冬君の笑顔、全部私が独占したいんだもん」

「猫って言えば、雪姫の方が猫っぽいと思うけどな」


 そう俺が言うと、プイッと視線を逸らす。


「……私は可愛くないもん」

「俺は可愛いと思っているんだけどな。それに、俺の手を離すつもりは無いんだろ?」


 ちょっと意地悪く言うと、雪姫はギュッと抱き締める力をさらに加えて。

 ――絶対に離してあげない。

 そう言いた気で。だから、俺ももっと距離を埋めようと雪姫を抱き締める。


「冬君……」

「雪姫?」

「私の気持ち、聞いてくれる?」


 俺はコクンと頷く。

 雪姫は俺の耳元で言葉を紡ぐ。


「今まで苦しかったことがたくさんあったよ。雑音。単なるノイズ。だったんだと思うよ。今から考えれば、みんな未熟で。感情に翻弄されて、衝突したり受け入れられなかったり。許容できなかったり」


 俺は黙って雪姫の言葉に耳を傾ける。


「それは自分自身もそうで。今更、誰を責めようとか、そんなことは思っていないよ。苦しかったし、辛かったよ。確かにね。それは事実だもん」


 思わず雪姫の髪をそっと梳く。


「でもね、でもね、嬉しいこともあって。冬君、聞いてる?」

 俺が目を逸したことに雪姫は気付いたらしい。だって、あまりに距離が近くて。つい照れくさくなってしまったから。


「……うん、分かってる。冬君はいつも聞いてくれているもんね。でもね、大事なことだから、何度でも聞いて欲しいの」


 俺は真っ直ぐに雪姫の瞳を見つめる。思わず吸い込まれそうになる。


「良い? 辛かったし、苦しかったけれど。冬君に会えたから。冬君がいてくれたから。――コラ。目を逸らさないでよ。私だって恥ずかしいんだからね」


 バレていた。雪姫がむぅっと頬を膨らませる。でもその目は、言葉の一つ一つを伝えようと、真剣で。言葉には、一切迷いがなくて。俺は小さく息をついた。全部、受け止める。俺自身、迷いも躊躇いもなくて。


「でもね、でもね。これだけは言わせて欲しいの。私ね。――冬君がいるから、呼吸ができたんだよ?」


 雪姫がその瞳を閉じる。雪姫が望んだことは流石の俺でも理解した。


 この小さな体でどれだけの苦しみを一人で抱え込んできたんだろう。その詳細を、あえて掘り起こそうとは思わないけれど。

 だって知ってしまったら、きっと俺は感情の制御ができない。


(だから、今は――)


 頑張っているよ。雪姫は頑張ってきたよ。もう一人で抱え込む必要はないよ。一緒にこれからは支えるよ。そう目一杯の気持をこめて。

 俺は雪姫の唇に、自分の唇を重ねようと――。






 

■■■





「上川君ー! そろそろ良いかな? 今日こそ、私にカフェオレ淹れてー!」


 パタパタと賑やかな足音を響かせて、カフェに乱入したのは瑛真先輩で。思わず俺は顔を上げ――ようやく我に返った。


「あー、瑛真ちゃんのバカ!」


 間髪入れず美樹さんが残念そうに声をあげる。最後ににマスターがやれやれと、深く溜息をつく。


「「……あ」」


 俺と雪姫は慌てて離れたが、もう遅かった。


 忘れていた。俺達は周りが一切、見えていなかった。ココが【cafe Hasegawa】で。バリスタとして雪姫におもてなしの最中で。今までマスターと、美樹さんにずっと見守れてたいた?


「あー。まだお取り込み中だった? ごめん、私カウンターの方で待ってるから、もう一回仕切り直しで、どうぞどうぞ!」

「し、しないから!」


 俺はこれでもかって言うほど、体を火照らせながら叫ぶ。


 してれくれないの? 雪姫が寂しそうな目で見上げてくるので――ちょっとその表情は狡い。そう思う。でも見れば、雪姫も茹で上がったかのように真っ赤で。


 それでも。俺達は互いの手を離そうとしなかった。


 言葉にしなくても。

 視線を交わすだけで。


 その温もりを感じるだけで、溢れ出す気持ちが止まらない。

 今まで、一人で悩んでいたことがバカみたいだ。


 俺も雪姫も、好きっていう気持ちが止まらないのを実感する。

 と、雪姫は、背伸びをした。

 俺にしか聞こえない声で、躊躇うことなく、もう一度だけ囁いた。





「私ね――。冬君がいるから、呼吸ができたんだよ?」








作者、尾岡れきです。

ココまでお読みいただき、ありがとうございました。

本作は、プロローグ・閑話を含めて

全39話かけて、今回の形で落ち着きました。

組み立てていたプロットは、登場人物達のそれぞれの動きに翻弄されて、全く

当初想定していた方向性と明後日のカタチになりましたが。


(当初は雪姫が学校に行くことができて、行事等イベントをこなしていきながら、冬希が告白をするというものでしたが、二人の想いが強すぎたw)


さて、本当にココまでお読みいただきありがとうございました。

読書の皆様の応援には本当に感謝しかありません。







今作ですが。

今回をもちまして……。






二人は想いを、ようやくお互い、言葉にすることができました。

でも、まだ雪姫はまだ学校に行けてないし。

まだまだ、二人が乗り越えていかないといけないことが多々あります。


もう少しだけ、お付き合いいただけたら幸いです。



それでは皆様、最後に左手は腰に、右手は拳を作って準備を!

ご唱和、よろしくお願いしますね!



「アップできるようにサポート! ダウンしてもフォロー! 上川君と下河さんをハイテンションで応援します! それが私たち――」



「「「アップダウンサポーターズ!」」」



皆様、ありがとうございました!

尾岡れきでした!


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