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閑話2 アップダウンサポーターズ


 ピアノの調べが大人の空気感を演出する。レコードのノイズが心地良い。でも決して厳かではなくて。ゆるやかな空気感が心を開放的にしてくれる。そんななか、会は開催となる。


 テーブルには簡単に摘めるフライドポテト、ピザといった軽食が並んでいた。参加者、思い思い、手をのばす。それは僕も一緒で。


「では、第一回【上×下(アップダウン)サポーターズ】のミーティングを開催したいと思います。ご挨拶が遅れました、副会長の黄島彩音です。ひかちゃん、がんばるからねー」


 彩音がぶんぶんと僕に手を振る。はいはい、と僕も手を振り返すした。あの、周囲の皆さん、僕らを生暖かい目で見るのヤメてくれるかな? 今回は上川と下河を応援する会だよね?


「まずは今回の会を発足するにあたって、上野さんと名越君に拍手をー!」


 会場から盛大な拍手が舞い上がった。このなかで一緒に騒いでいる僕が言うのもアレなんだけどさ――なんだコレ?


「じゃあ、上野さんから、この会を発足するに至った決定的な上川君の名言を紹介してください!」

「あ……彩音。いきなり振ったわね?」

「アップできるようにサポート! ダウンしてもフォロー! 上にゃんとゆっきをハイテンションで応援します! それが私たち――」


「「「アップダウンサポーターズ!!」」」


 みんなが拳を振り上げる。一緒にやっている僕が言うのもあれだが、本当になんだコレ? いや上野さんも一緒になってやってるし。


「つい彩音のノリにあわせてしまったー」


 もう変なテンション。でも上野さんも楽しそうだ。


「では、僭越ながら上野美帆、上川君が下河さんに囁いた名言をここで紹介します!」




■■■





『雪姫がいてくれないと俺は困る。困ってしまう』





■■■





 上野さんが上川の声色を真似て言うと、黄色い歓声があがった。さすが演劇部。むしろ上川以上にイケボだった。


 しかし神社で会った時の彼の行動を改めて思い出す。上川なら躊躇することなく、必要な時に、必要な言葉を捧げられるんだろうな。そう思うと――うらやましい。



「今日は、しっかりと上にゃんとゆっきの最近の状況をシェア、全力で応援したいと思います! ハイテンションに行くよー! それが私達――」


「「「アップダウンサポーターズ!!」」」


 ノリが良すぎる。参加している多様な面々を見て、なお思いながら。


「じゃ、まずはサポーターズ顧問の弥生先生、お願いします!」

「はい、ありがとうね。黄島さん」


 と弥生先生が穏やかに微笑んで、立ち上がる。


「下河さんと交流して欲しいと、上川君にお願いをしたこと、本当に良かったと思っています。最初、心配になって尾行したんですが」

「この教師、ひでぇ」


 思わず呟くと、弥生先生は笑顔でオダマリと睨まれた。


「上川君は、最初から下河さんの信頼を得ることができた人なんだと思っています。動転した彼女をすぐに支えてくれてたし。上川君は本当に優しい子ですから。下河さんが学校に来られなくなった理由は、皆さんが把握している通りです。歯痒い想いも、後悔も皆さん、していると思います。でも後ろ向きじゃ、何も変わらないので。上川君のように、下河さんの心まで私達は救えないかもしれない。でも私達、サポートはできるんじゃないかしら。皆さんとなら、それができるんじゃないかってそう思うんです。だって私たちは――」


「「「アップダウンサポーターズ!!」」」


「はい、ありがとうございます。私からは以上です」


 いや、弥生先生。それ絶対、ただ言いたかっただけだろ? そして一緒に言ってしまった自分にもツッコミをいれたい。


「では続いて、会長。長谷川瑛真先輩。よろしくお願いします!」


「はい。彩音、ありがとうね。上川君は、去年、入学してからすぐウチにバイトに来た子でした。後輩という認識もなかったんだけど。最初は目が死んでいたかな。お父さんがまかない料理を食べるように声をかけても、断固拒否だったもんね。生きるために働く。それ外の接点は望まない。そんな感じだったから、ちょっと心配だったのよね。そんな彼が、ここ最近はよく笑うようになったっていうのが実感だね」


「下河の影響が強いんだろうな。いや、お互いにか」


 と呟いた声が、意外に大きく響いて。瑛真先輩は大きく頷いた。


「海崎君の言う通りで、本当にそう思うよ。上川君って、優しいクセに本当に不器用で人見知りだから。なかなかコミュニティーにも溶け込めなかったんだと思うけど。下河さんのおかげで、最近は笑うようになったし、遠慮なくなってきたから。でも、やっぱりいらない気遣いはしているけどね、そんな上川君だからこそ、皆と応援したいと思うから、よろしくね」

「例のカフェオレが気になりますね、先輩」


 と参加者の女子から声が上がった。確かに下河の小さなヤキモチから始まったコーヒー問題(パニック)。しかし上川がココまで気合をいれて準備をしていたのは本当に予想外で。


(普通、ただの友達ならそこまでしないからね、上川。タダの友達なら、ね)


 どれだけ、この友人は幼馴染(ゆき)のことを大切に想ってくれているんだなろうか。そう思うだけで唇が綻ぶ。その一方で、やはり一抹の寂しさも感じるのも事実で。自分たちは、そこまで雪姫に向き合うことはできなかった。


「カフェオレに関しては、お父さんから」


 と瑛真先輩は、視線でバトンを【cafe hasegawa】のマスター、長谷川誠さんに託す。隣で、妻の美樹さんがニコニコ微笑んでいた。


「あー、なんだ。コレに関しては、俺から言えることは本当になくて申し訳ない。豆のブレンドもミルクの配分も、全部研究したのは上川君だ。一時は、日付をまたいでカフェオレと格闘していたとだけ言わせてくれ。どんなカフェオレなのかは、今はまだ言えない。ただウチの店で出して良いと思う程、クオリティーが高い。それぐらいに気合が入った一品だ。コーヒーが苦手な人もこれは絶対飲んでもらえるし、文句なく美味しいと言ってもらえるんじゃないかな。次回はみんなに紹介できると思うのでその時に詳しく、ということで」


 歓声、拍手が沸き上がる。いや、上川。君の本気はどこまで妥協がないの? 呆れを通り越して、目頭が熱くなる。下河のためにそこまで考えてくれていたのか。そう思うと、教室で眠そうに、気怠そうにしていた理由の真相を知ることができて、つい頬が緩む。


「日常のリハビリはどう過ごしているのか。私達も度々目撃していますが、ココは何より町内の生き字引。町内会長の厳さんと副会長の梅さんにお願いをしたいと思います!」


 と彩音が声高に、町内会の重鎮へバトンタッチした。


「あのお転婆な【雪ん子】が、そんな状況になっていると思わなくてな。一時は、彼氏ができたのかと思っていたが、聞けば彼女のリハビリに上川青年が付き合っていると言うじゃねーか」

「泣かすよね。上川君、本当に良いオトコ。アタシがあと10年若かったら、放っておかなかったけどネ」


 10年若くても、あんたは76歳。安定の後期高齢者だよ。ウチの町内会、とにかく年寄りが元気すぎる。


「それじゃ、厳さんと梅さんからの報告です」


 と言う、彩音の言葉からはイヤな予感しかしなかった。


「3、2,1――開始(キュー)!」




■■■




『冬君の飲んでる缶コーヒー、私も飲んでみたいな』

『え? ブラックだぞ?』

『う、うん……。多分、飲めないのは分かっているけど、冬君と同じものを飲んでみたい、って思って』

『はい、どうぞ』

『え……あ、別に今スグ飲みたいわけじゃ――』

『でも雪姫、一缶は無理でしょ?』

『う、うん……』

『どうぞ』

『……に、ニガイ』

『ブラックコーヒーだしね』

『で、でも甘い……』

『え?』

『冬君のせいだから』

『へ?』

『冬君、そういうこと他の子にしてないよね?』

『え? する相手いないし。雪姫がダメって言うなら、もうしないし――』

『私、限定なら良いけど……』

『え?』

『な、なんでもない。なんでもないから――』




■■■




「以上、厳さんと梅さんからのご報告でした!」


 綾音の進行に会場のボルテージは留まるところを知らない。羨望のまじった歓声があがる。これでただの友達とお互い言い張るんだから、この二人には呆れるしかない。

 これは会場全体の総意だろう。まぁ、今さらなんだけどね。


 彩音の話からも、下河は自覚がある気がする。一方の上川は無自覚で。今ある目の前のことに全力なのかもしれないが――こんな甘い空気、街中に無差別に放り込むのはヤメテくれないか?


 それよりツッコミたいのが、厳さんと梅さんによるリプレイ実演だった。みんなこの点には触れないけど。何を見せられているんだろう、僕達は?


「マスター、ブラックコーヒー!」

「こっちは酒だ! オススメを頂戴!」

「……ウチは居酒屋じゃないんだけどね。あ、でも良いのあるよ。ボルドー産の赤ワイン。21万円のボトル入ったから、それ出そうか? 町内会に請求で良い?」

「長谷川、ヤメて。会計と監査と嫁に殺されるから」

「マコちゃん。学生さんが今日は多いから、アルコールはだめよ?」


 美樹さんに言われて、一同ほっと胸をなでおろす。弥生先生、何で残念そうな顔しているかな?


「それじゃ、最後は下河空君です!」


 と彩音に促されて立つのは、下河の弟君だった。昔はよく遊んだ記憶がある。雪姫が不登校になってから、より疎遠になっていたのは事実で。


「えっと……。ありがとうございます。姉ちゃんの学校の人ばかりじゃなくて、先生や町内の人にも応援してもらって、姉ちゃんも冬兄ちゃんも本当に幸せ者だなって思います。俺も応援したいです」


 みんなが弟君の言葉を好意的に受け止めている。そんな空気が醸し出されていた。


「でも、これだけは言いたい。家の中で無自覚にイチャつくのヤメろー!」

「「「えぇ?」」」


 弟君、心の叫びだった。まぁ……あの二人、お互いのこととなると、まるで周囲が見えてないから。連日そんな二人を見ていたら、そりゃ大惨事だろう。思わず同情してしまう。


「二人の世界になるのは、まぁ良いよ。姉ちゃんを変えてくれたのは冬兄ちゃんだし。間違いなく前進していると思う。でも俺がいるのに膝枕とか。冬兄ちゃんはどんなおかずが好きだとか、どんな服を着たら冬兄ちゃんが喜んでくれるだとか。リハビリの先で飲ませてもらったコーヒーが苦かったけど、だけど甘かたっとか。意味わからないし。でもだいたい予想していたけど――やっぱりかぁぁぁ! 知りたくなかったぁ! 頼むからヨソでやってくれぇぇぇ!」


 あぁ……。これは弟君。本当に憐れだ。合掌してあげるしかない。


「光兄ちゃん、合掌とかいらないから!」


 弟君に叫ばれて、思わず僕も吹き出す。


「じゃ、南無――」

「お経もいらないからね!」

「でも、応援はするんだね?」


 僕は思わず微笑んでしまう。


「……それは、多分皆さんと一緒で。姉ちゃんには幸せに笑って欲しいし。そんなたくさんのことは望んでいないけど、当たり前に高校生としての生活を送って欲しいって、弟としては思うんだよね。それを実現しようとしているのが、冬兄ちゃんだってことも良く分かっているから」

「うん、そうだね」


 僕はにっこり笑んでみせた。弟君がそれぞれにもみくちゃにされるのを見やりながら。彩音と弥生先生が弟君に、その話をもっと詳しくと強請(ねだ)られているのを尻目に。


 僕はレモンティーを飲みながら、沸き上がりそうな感情を飲み干す。応援すると決めた、この感情に偽りはない。この喧騒を見やりながら自然と笑みがこぼれたから、僕はきっと大丈夫――。


「ひかちゃんも、こっちおいでよー」


 彩音がブンブンと手を振る。やれやれ、と僕も立ち上がり、彩音の隣へ行く。


「それでは皆さん、(えん)もたけなわでございますが」

「こんなオシャレな喫茶店で、宴会の締めを聞くとは思わなかったよ」


 彩音に一言申してみるが、彼女はどこ吹く風で。


「いいの、いいの。細かいことは気にしない。それじゃ、皆さん、最後にいきますか!」

「「「おー!」」」


「準備良いですかー!」

「「「yeahイエー!!」」」


「それじゃ、最後、いきましょう!」

「「「おー!」」」

「声を合わせて、せーのでいきますよ!」


 と彩音が拳を握る。それに合わせて、みんな恥ずかし気もなく拳を握りしめて。

 やれやれ、みんなバカばっか。そう思いながら、僕も拳を握りしめた。


「それでは、せーの!」


 僕らは、ジャンプするような勢いで、拳を振り上げた――。

【読者の皆様へのお願い】

左手は腰に。右手は拳を作って。

そして最後のフレーズを一緒にご唱和ください。


「アップできるようにサポート! ダウンしてもフォロー! 上にゃんとゆっきをハイテンションで応援します! それが私たち――」


ここで拳を振り上げて、今です、このタイミング。さぁご一緒に!


「「「アップダウンサポーターズ!」」」


副会長 黄島彩音がお送りしました。

ありがとうございましたっっ!!

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