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25 君のとなりが居心地良すぎて(下河家へようこそ)

 うっすらと目を開ける。もうとっくに陽は落ちていた。


(今日はバイトがなくて良かった――)


 いや、そうじゃない。そ、そんな状況じゃない。

 どうしてこうなった?


 雪姫の家のリビング。ソファーで今日はチーズタルトをご馳走になった。そこまでは何となく憶えている。でも今、どうして俺は雪姫の膝に頭を乗せて寝ているんだ?


 いつもシックで、リハビリがしやすいように歩きやすくラフな着こなしが多い雪姫。今日は膝上のフレアスカートで。こうしていると、雪姫の体温が頬にダイレクトに伝わってくる。ヨコシマな感情を抱くよりも早く、照れ臭さが先にたって。


「あ、冬君、起きた?」


 俺を見下ろしながら、雪姫は言う。


「かなり疲れているみたいだったから、あえて声をかけなかったんだ」


 雪姫はクスリとそう笑う。


「ご、ごめん、雪姫、い、今起きるから?」


 と慌てて起きようとする俺の髪を優しく、雪姫は撫でた。


「へ?」

「冬君はいつも私を支えてくれているから、そのお返し。あ、でもイヤなら止めるからね?」

「……イヤじゃない」


 ボソリと小さく呟く。でも、それは雪姫にしっかりと伝わっていたようで。


「ん。それなら良かった」


 雪姫が本当に嬉しそうに微笑んでくれるから、俺はそれ以上言えなくなってしまって。ただ顔が熱い。自分が思う以上に、真っ赤になっている気がする。


 理由は分かっている。明らかに、昨日の寝不足がたたっていた。朝、雪姫と面と向かって心配をされて。怒っていたワケじゃないことを安心したのも、理由の一つ。気が抜けたのかな、って思う。


 お昼食べたお弁当は、本当に満たされて。どうしても一人だと食べることを面倒に感じてしまうので、簡単に済ませてしまうことが多い。最近、手作りといえば、バイト先の賄いメシが主で。


 だから雪姫の作ってくれた弁当に、癒されたんだと思う。


 でも、何より疲労と寝不足が雪姫に見抜かれていたことが大きい。いつもはダイニングで、スイーツとストレートの紅茶。でも、今日はリビングのソファーに案内されて。


 やや甘めのミルクティーと、濃厚だけどしつこさを感じないチーズタルト。隣に座る雪姫との距離が心なしか、近く感じた。


 満たされた体は素直だった。欠伸が自然と込み上げてくるので、俺は噛み殺すのに必死で。


 ――大丈夫だよ。


 雪姫がそう囁いた。冬君は学校を頑張ってきたんだし。いつもアルバイトも頑張ってる。昨日の夜も、私のことをずっと気にかけてくれたんでしょ?


 ――だから、ありがとう。


 ほっとしたからかもしれない。睡魔に誘われて、夢の世界に旅立つまでに、そう時間がかからなかったようで。

 ただ、いつのまに膝枕されていたんだろうか。そこの記憶は全くない。


「そろそろ、声をかけても大丈夫?」

「ん?」


 聞き慣れない声に、俺は目をパチクリさせる。ボヤけた視界の奥で、テレビを前にしてゲームをしている少年が一人。


(え?)


 焦って体を起こそうとするが、それは雪姫に止められた。


「冬君、そんな勢いよく起きようとしたら、目まいがするよ? ゆっくりで大丈夫。それにまだ少し、早いから」

「はやい?」

「うん、折角だからって。お父さんとお母さんも冬君にご挨拶したいって言うから。どうせなら晩御飯も。それと弟も冬君に――」

「下河空ですー。よろしくね、冬希兄ちゃん」


 にっこり笑って言う。空君はネット対戦型バトルロイヤルFPS「フォーリンナイト」を楽しんでいたらしく、画面に「ナンバー1」の文字が。


 玄人が参戦しない時間帯とは言え、100人の中の1位だ。俺も時々このゲームをするので、凄いなと思う。


(いや、論点はそこじゃない――?)


 弟? その前で膝枕? お父さん? お母さん? ご挨拶? 晩ご飯? あまりの情報量の多さに、自分の脳がオーバーヒート寸前で。いや、もう後頭部から煙が立ち上がっている、そんな気分になる。


 キッチンの方を見ると、二人がせっせと食事の準備をしているのが見えて。


(――雪姫のお母さん、それからお父さんも?)


 慌てて体を起こそうとするが、やっぱり雪姫に頭を触れられて、起きられない。いや、そんなに力が強いわけじゃない。ただ髪を撫でられるだけ。それだけなのに、覚醒しきれていない意識と断ち切れていない眠気の相乗効果で、雪姫に骨抜きにされている気がする。


「ダメだよ、冬君。疲れてる時はゆっくり休んで、大丈夫だからね? 夕飯まで、もう少し時間あると思うから、ね」

「あ、え、うん」


 もう、そうやって頷くしかなくて。雪姫の距離の近さは嬉しさもあるが、時々勘違いしてしまいそうになる。彼女が純粋で前向きだからこそ。そこに悪乗りしないようにしないと。そう気持ちを引き締める。


「ま、冬希兄ちゃんが悪いよね。寝言でも、あんなことを言ったらね」


 え?


「そりゃ、あんな風に言われたらさ。姉ちゃんもスイッチ入るって」


 ちょっと待って? 数分前の寝ていた俺? いったい何を雪姫に言ったの?

 確認しようにも、起きようにも雪姫に髪を撫でられて身動きできなくて。

 雪姫の顔を見上げると、優しい表情は相変わらず。でも両頬を朱色にそめているのが俺でも分かった。


「え、雪姫?」

「大丈夫。私も、冬君が大切な友達と思ってるからね。むしろこの気持ちは誰にも負けないからね」

「へ?」


 雪姫に髪を撫でられながら。でも不思議と居心地が悪くなくて。雪姫の優しさに包まれて、自分が普段飲み込んでいた寂しさとか孤独感が溶かされていくのを感じる。

 自分が決断しとは言え、故郷を離れての一人暮らし。そんな感情が燻らないと言ったら、それはウソになってしまう。


 (ルル)だけが、生活の支えだったのにな。


 本来なら、もっと雪姫を支えないといけないのに。俺のなかでの雪姫の存在が、どんどん大きくなるのを実感する。


 変な感情が芽生えないように。雪姫の優しさを勘違いしないように、俺はこの感情を飲み込むことに必死で。でも、今だけは――雪姫の優しさに包み込まれていたかった。





■■■




「じゃ、食べる前に簡単に自己紹介させてもらおうかな。僕は、雪姫の父で、下河大地です。改めまして、上川君。よろしくね。それから本当にありがと――」


「ちょっとあなた。上川君にお礼を言いたいのは、私も一緒よ? でも、ここはみんな自己紹介してからにしない? 上川君だって、今日こんなことになるなんて、予想外だったはずだし」


 と雪姫のお母さんが言ってくれて、少し安堵する。余裕がないのは一緒なんだけれど。隣に座る雪姫の表情を見る。雪姫も少し緊張しているように見えるが、どことなく嬉しそうな感情も混ざり合っていて。


「……視線と視線だけでイチャつけるのって、どうなん?」


 空君が何かボソッと呟くが、俺は緊張でそれどころじゃなかった。

 コホン。仕切り直しと言わんばかりに、雪姫のお母さんが咳払いをした。


「改めまして、上川君。雪姫の母、下河春香です。これからも雪姫のことよろしくね。はい、次は空よ」

「俺はさっき、冬希兄ちゃんに挨拶したよ?」

「そういう問題じゃないの。こういうのは、形が大事なんだからね」


「へいへい。えっと、改めまして。下河空です。今、中3で。来年は兄ちゃん達と同じ学校に進学予定だからよろしくね、先輩」

「ゲームばかりしてたら難しいと思うよ?」

「学校に行ってない姉ちゃんにマウントとられた!」


 心底ショックという顔を作る空君。それからすぐに、イタズラ心いっぱいの笑みを浮かべて。俺はそんな空君を尊敬の目で見つめていた。


 きっと雪姫が折れずに、真っ直ぐでいられるのは、この明るい弟君のおかげなんだろうと思う。そう思うと、空君には感謝しかない。


「えっと……これは、私もした方が良いかな?」

「え? 雪姫は上川君のことよく知っているでしょ――」

「挨拶に便乗してイチャイチャしたいだけだから、気にするだけムダだよ」


 空君の言い方に俺は思わず苦笑が漏れた。俺達、別にイチャイチャしていないぞ? 雪姫は大切な友達だけど、そこまで近い距離ではないはず。そこは距離感、保っているから――。


「改めまして、下河雪姫です。冬君と友達になれただけで嬉しいのに、こうやってご飯を一緒に食べれるなんて。今日は本当に嬉しいことだらけです。ワガママを聞いてくれて、本当にありがとうね、冬君」

「いや、こちらこそだよ。雪姫、ありがとう」

「いつもティータイムしてるじゃん、二人でさ」


 ボソッとまた空君が呟く。でも俺は雪姫の目に吸い込まれそうになって、時を忘れてしまいそうで。真っ直ぐ見つめる雪姫の目、この目が俺は本当に好きだなって思う。


「あぁ、空が言っていたのはこういうことなのね。凄く納得したわ」

「……えっと、じゃ最後は上川君のことを教えてもらえないかな?」


 雪姫のお父さん――大地さんに言われて、俺ははっと我に返る。つい雪姫に見惚れてしまうのは、最近の俺の悪いクセだ。


 いや、だって仕方が無いじゃないか。俺は今までこんなに真っ直ぐに向き合う人を知らない。雪姫には、今まで辛いことが数えきれないほどあったはずだ。それでも真っ直ぐ、前を雪姫は向く。雪姫から誰か悪口を言ったり、罵倒する姿は見たことがなくて。

 だからこそ。雪姫を傷つけるヤツがいたら、俺は自制できないだろうな。そう思う。


 俺は深呼吸をした。この短時間で自分を知ってもらえるなんて、そんな都合の良いことは思わない。だから、今日はそのキッカケで。雪姫の家族にこれから、知ってもらえたらと思う。友達として認めてもらえたら。それだけで満足だから。


「上川冬希です。雪姫さんとは、本当に仲良くしてもらっています。きっかけは学校のプリントを届けに来たことでした。でも、むしろ俺が雪姫さんに支えてもらっていると思ってます。俺、県外出身なので。こっちで初めての友達が雪姫さんだったから。雪姫さんは俺にとって、一番大切な人です。これからも仲良くさせてください、よろしくお願いします」


 素直な気持ちを言葉にして、俺はペコリを頭を下げた。


「冬希兄ちゃんは天然タラシ、と」


 また何か空君が呟くが、緊張してそれどころじゃない。大事なこと、大切なこと、伝えたいことは言ったはずだ。


 大地さんは、俺の方を見てクスリと笑みを零した。俺は、その意味が分からず首をかしげる。


「上川君、本当にありがとう。雪姫は、君が関わるようになってくれたから、本当に明るくなった。人と接するだけで過呼吸になっていた雪姫のことを思うとね、今はまるで別人――いや、本来の雪姫を本当に久しぶりに見ているんだろうね」


「私からもお礼を言わせてね。ずっと悩んでいたのよ。雪姫のトラウマを私達親は解決してあげることができなくて。今でも解決はできていないかもしれない。それでも、上川君が関わってくれたことで、雪姫は変わった。私達はそう思ってるから」


 俺は頬が熱くなるのを感じた。雪姫の両親が、どれだけ彼女を大切に想っているのか、本当に強く感じたから。大地さんの微笑みは、安堵した証なのかもしれない。

 と、隣りに座っていた雪姫の手が、俺の手に触れて。


 ――冬君が、私を支えてくれるから。私、頑張りたいって思えるんだよ。

 雪姫は俺にしか聞こえないぐらいの小さな声で、囁いた。


「そして、テーブルの下でも遠慮なくイチャつく、と」


 空君は、待てないと言わんばかりにハンバーグに箸をのばして――春香さんに睨まれた。


「空。まだ『いただきます』をしてないでしょ? ちょっとお行儀が悪いんじゃない?」


 笑顔だけど、春香さんの目は笑っていなくて。

 ゴクリ。思わず唾を飲み込んだ男子三人。


 うん、下河家で一番怒らせちゃいけない人は、春香さんのような気がした。


 そんな家族の様子を見て、雪姫は楽しそうに微笑んでいて。と、その視線が俺と合って。破顔する――そんな笑顔を見せてくれて。


 やっぱり好きだな、雪姫の笑顔。心の底からそう思う。この笑顔を守るためなら、俺はきっとどんなことも躊躇わない。


 だから。今は思うだけだから許して欲しい。

 雪姫のそういうところ、本当に好きなんだ。心の底からそう思う。


「……冬樹兄ちゃんさ、時々心の声がダダ漏れだよね。だから寝言でもあんなこと言うんだよ」


 ゲンナリとした空君の声も、俺の鼓膜をただ震わすだけで。言葉として届かない。

 だって雪姫の隣が居心地良すぎて。俺はもう少しだけ雪姫の笑顔を見惚れていたかった――。

【お父さん(下河大地さん)の独白】


えっと? 俺は何を見せられて。いや、本当に上川君には感謝だよ。それは本当にそう。娘の笑顔を取り戻してくれたのは、上川君だから。それは本当に間違いないと思っていて。本当に感謝しきれないし、これからも雪姫をよろしくね、なんだけど……。


お弁当からはじまって。春香さんに写真見せてもらったけど、愛妻弁当じゃん! 冷凍食品一切なしって!? 春香さんが作る俺の弁当は冷凍食品祭りよ?

しかもデコ弁じゃん! fuyukiハートマークって。やっぱり愛妻弁当じゃん?


帰ったら、娘の膝枕で眠っていた上川君。学業にアルバイトと並行して、雪姫のリハビリに付き合ってもらって、そこも本当に感謝。

でも、リハビリって雪姫が学校に行けるためのリハビリだよね?


君らのリハビリって、恋の個人レッスンとか言わないよね?

保険でかけているR-15指定以上のこと、してないよね?


今もそうやって、二人で見つめ合ってさ。目の前にお父さんがいること解ってるの、雪姫?




し、し……信じているからね。上川君!

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