139 黄島さんは幼馴染ちゃんのことが心配で
君がいるから呼吸ができる153話目
139 黄島さんは幼馴染ちゃんのことが心配で
――引き続き、報道11では安芸市最大の不祥事とも言っても過言ではない、女学生イジメ事件の続報をお送りします。今回の事件が、芦原議員を中心に、市教育委員会とともに、大規模な組織ぐるみの隠蔽対策と思われます。この後、安芸市長が緊急会見を開く予定となっています。
――続報です。芦原議員の所属政党である、国民国防委員会は先ほど声明を発表。芦原氏を除名処分にすることを決めたとのことです。なお、安芸市議会は多数の会派が、辞職勧告を求める見込みと、各会派・関係者の証言を得ています。辞職勧告決議が議会で採択されるのは時間の問題と思われます。芦原議員側から、現状、進退について何の説明もない状況です。繰り返します、芦原議員の所属政党である……。
■■■
私はテレビのチャンネルを切り替えるけれど――どこも放送している内容は一緒だった。
騒ぎは私が思う以上に、大きくなっていた。それも当然かって思う。なんていったって、あのCOLORSがこの騒動に終止符を打とうと、一肌脱いだのだ。結果、ラジオでの公開告白をキメてくれた、我が幼馴染み――雪姫だった。
イジメ問題そっちのけで、上にゃんに対しての、超ストレートな公開告白をするなんて、誰が思うだろうか。
(……本当にゆっきは――)
頭が痛くなる。でも、雪ん子は真面目にイタズラをする子なのだ。雪姫らしいて思うし、ゆっきの本質は何も変わっていないことに安堵する。
見る人が見れば、下河雪姫と上川冬希――真冬だって分かってしまう。
現に、今もSNSでは……。
――真冬王子、降臨。イジメを受けた子に、幸福の色を塗るのが真冬カラー!
――ちょっと、マジで? 真冬、格好良すぎない!
――いや、それよりあの子なに? アイドルって言われた方が納得なんですけど。
――そう? ちょっと芋臭くない?
――ばーか。ああいう子の方が輝くんだって。
――私の真冬がぁ! 真冬がぁっ!
――でも、これさ。COLORSの再結成のフラグだよね?
その反応に――そうだよね、って思う。
事務所側は3人のCOLORSを作りたかったみたいだけれど、本当のCOLORSファンは4人のCOLORSを求めていたんだから。
それが今回のオンライン配信を皮切りに、真冬がどれだけ雪姫を大事にしているのか。真冬の素顔を垣間見たはずなんだ。
(そうでしょ、そうでしょ)
だから、なおさら。クソガキ団の【雪ん子】を排除しようとした、芦原の議員が許せない。
「……姉ちゃん、苛々しても何にもならないと思うけど?」
「そ、それは……」
彩翔に正論を言われて、テレビのリモコンを持ったまま、宙を所在なげに彷徨う。テーブルの上に放り投げたスマートフォンからは、一切返信がないから画面は真っ暗なままだった。
「あんなことがあった後じゃん。そりゃ雪姫さんも疲れているでしょ」
「そうかも……だけど……」
それなら上にゃんが返信をしてくれても良いと思う。当の真冬様も【LINK】に全く返信をくれないのだ。
彼女さんがヤキモチを妬くから、普段の送信はそこそこに控えていたのだけれど。ここまで、2人そろって反応がなかったら、何かあったのじゃないかと思うのは、おかしくないと思う。
「それに、サポーターズがアンテナを張ってるでしょ? 今のところ、定点報告で、芦原関係の動きはないよ。音無家も動くのは勿論、大企業夏目を含んだ最先端IT連合GANFAの協力も確定済み。おまけにCOLORSが二人の支援サポーター。巡回は朱雀春風。これ、最強の布陣じゃない?」
「それも、分かっているけど……」
そう言われたら、ぐぅの音も出ない。反論しようにも、口の中でモゴモゴ上手く言葉にならない。
でも、イヤなんだ。私の知らない場所で事態が進んで、結局は私が何もできないのが――。
「まぁ、姉さんの気持ちも分からなくもないか。それなら、タコさんに連絡を取ってみる?」
「……なんで、タコさん?」
田島辰彦。愛称、タコさん。朱雀神風の特攻隊長と言えば聞こえは良いが、一度感情が滾れば、誰も止められない鉄砲玉。これでも、不動産ショップ、【TA・JI-MA・HOUSE】の社長。上にゃんのアパートの家主でもある。
「冬希さんの隣室だし、何かあればタコさんがサポーターズに連絡するって、メッセージきていたでしょ?」
「う……」
そういえば来ていた気がする。雪姫以外の情報は全てシャットダウンしていた私だった。
「……彩翔、タコさんに連絡入れてよ」
「なんでさ。LINKの登録しているでしょ?」
「……ヤダ。ひかちゃんに、他の男性と繋がっているって思われたくないもん」
「冬希さんにはさっき、メッセージを入れていたでしょ?」
弟が、ひどく呆れた顔を浮かべている気がした。
「それは已む得なく。基本的に、私はひかちゃん以外は、グループLINKって決めているから」
「え? あの店長さんは?」
なんでバイト先の【生活の要】がココで出てくるのだろう? 思わず私は首を傾げた。
「だって店長さんと姉ちゃん、仲良いじゃん」
「仲良いって……そりゃ、仕事だし」
「あの店って、店長さんと姉ちゃんの2人だけじゃなかった?」
「パートの幸枝さんを入れて、3人だよ」
「店番のお婆ちゃんじゃん。実質、二人だと思うけど?」
「業務連絡しかしてないけど?」
私が真面目に答えるのを尻目に彩翔は何故か、さも呆れたといわんばかりに、冷たい視線を向けてくる。
「……ま、姉さんが光さんバカって、とっくに知っていたけどさ」
「バカとはなによ、バカとは。良いから、早くタコさんに連絡してって」
「はいはい……」
さらに彩翔は呆れた視線を放ち――それから、自分のスマートフォンに手をのばした。思わず、祈るようで気持ちで、手を組んでしまう。
だって――。
あの時、芦原議員は雪姫を物理的に排除することに躊躇いを見せなかった。
もうイヤなんだ。ゆっきに手を差しのばすこともできず、地団駄を踏むしかない日々なんて。
ゆっきは、私の親友で。クソガキ団のメンバーで。
上にゃんだって、そうだ。私の中の第一印象は――真冬によく似た人。
どうして入学式早々、よりによって、自称陽キャの面々に話しかけるんだろうと思っていた。
上にゃんは、きっと憶えていないだろう。その面子の何人か、今の生徒会執行部と繋がりのあった連中だということを。
余所者とあしらわれて。
陰キャと罵られて。
それで終わり。
あの場所に――私もいたんだ。
ひかちゃん以外の男の子と仲良くなるつもりはなくて――今も、そのスタンスは変わらないけれど。
上にゃんが、人との交流を絶つには、十分な理由だったように思える。
だって、彼は元COLORSの真冬じゃなくて。
上川皐月の子供でもなくて。
神原小原の息子でもない。
上川冬希として、見て欲しかったと――雪姫を通して、私は知ったから。
(君も仲間だからね?)
君も、私達と一緒。クソガキ団だから――。
Riririririri――。
彩翔がスマートフォンをスピーカーモードで、タコさんに通話をする。頼みのタコさんは、すぐに出た。
「彩翔? 彩翔かぁぁぁぁっっ?!」
「「タコさん……?」」
今にも泣きつきそうなタコさんのテンションに彩翔はドン引きし、私は背筋が寒くなる。これは絶対に何かがあったのだ。
「何があったの?」
我慢ならず、スマートフォーンに向かって声をかける。
「お? その声は彩音もいるのか? ナニもクソも。あいつら《《壁が薄いの》》忘れてるから。ナニカニし放題だから!」
「どういうこと?!」
やっぱり、芦原のジジイ。ゆっきと上にゃんを――。
「いや、違う。姉さんが思っているようなことじゃないからね」
「じゃぁ、何なのよ?」
「あぁ、雪ん子!? あんな声あげて。まずいって、それはちょっと……」
「落ち着いて、タコさん! 今、私もいくから!」
「いや、むしろ行ったらダメなヤツだから」
彩翔が何故か、私を制止する。冷静に分析するのは弟の美点だと思うが、今こそ動くタイミングじゃないかと私は思う。
「いや、無理だな。彩音が来る前に、コレ逝っちゃうから」
「そんな?!」
「でも、このペースだと、またヤるんじゃないか?」
「……そうよね。ゆっきが、やられっぱなしのはずないもんね。ゆっき、頑張って!」
「しかし、冬希もタフだぜ」
「上にゃんも、負けるはずないよ。だって、COLORSの真冬だもん」
「ありゃ、正真正銘の弾丸だぜ。タマが尽きねぇ」
「上にゃんって、銃とかもっていたっけ?」
「姉さん、違うよ……色々違うから……」
彩翔が、深くため息をついたかと思うと、スマートフォンを手に取る。
「タコさん、健闘を祈るね」
「は? 彩翔?! こんなピンクな状況で、俺っちを放置するのかよ? お前には人の心がないのか?!」
「ピンク?」
私は目をパチクリさせる。今のは、ちょっと意味がわからない。
「Good Luck!」
「お前、ムダに発音が良いな――」
彩翔によって、通話はそこで切られた。
「え? 彩翔、ゆっきの所に行かないと――」
「姉さん」
彩翔は、真剣な表情で、首を横に振る。
「絶対に今、行っちゃダメだ。雪姫さんの逆鱗に触れたくないよね?」
「え? えっと……うん?」
確かに雪ん子・ゆっきが怒れば、さながら雪女。一帯は氷河期かと思うくらい、凍てついてしまう。彩翔の言葉を聞きながら思う。つまり、ゆっきは臨戦態勢ということなのだ。
「コード・ピンクは待機。弾丸は順調、ってことで。何かあれば、サポーターズから連絡があるから。姉さん、いつでも動けるように待機。良いよね?」
にっこりと彩翔は笑う。
「え、でも。タコさんが――」
「タコさんは、散ったんだ。今は祈ろう」
「あ、うん?」
――姉がチョろい。チョモランマの標高よりチョろすぎる。
「彩翔、何か言った?」
「ん? 何でもないよ」
彩翔がなぜか苦笑を浮かべた、その瞬間だった。
私のスマホが、音声通話の通知を伝える。瑛真先輩からだった。
■■■
「瑛真先輩、何かあったの?!」
「おぉ? 彩音はやる気だね」
「あの、瑛真先輩……彩音を巻き込むのはどうか、と……」
電話の向こうから、ひかちゃんの声が聞こえてきて――私は、心の温度が下がるのを自覚する。
「……ひかちゃん、どうして瑛真先輩と一緒なの?」
「彩音? え? あの、なんか……声が怒ってない?」
「私、雪姫のことが心配で、ずっと待機していたのに。ひかちゃんは、瑛真先輩とデートなんだ?」
「副会長の音無先輩もいますよ。うっふん」
「文芸部一の紅一点、芥川媛夏さんと海崎先輩はデート中です、うっふん」
「文芸部の黒一点、猫田クララ参上! ぶっちゅ~」
「……ひかちゃん?」
私が、ずっとゆっきのことを心配していたというのに――ひかちゃん、何をやっているのか。正直、腹がたって仕方がなかった。
「ちょっと! ちゃんと、圭吾もいるから!」
「俺を巻き込むなって!」
Kゴリなんか、今はどうでも良い。私は、ひかちゃんに物申したい――。
「ひかちゃんの最低っ!」
「……あのね、彩音。私らは、学校のサイバーセキュリティーを強化しようと思ってね。今も電話での苦情やイヤガラセがあるわけで。SNSでも誹謗中傷あるから。個人が特定できるように、音無ちゃんとシステムを組んでいるんだけれど、さ。デバッグ作業を彩音にも手伝って欲しくて――」
瑛真先輩の言い訳なんか聞きたくない。瑛真先輩、私がひかちゃんこと好きなの知っているクセに! こんなのひどいよ!
「ひかちゃんのバカっ! えっち! すけべ! 鬼畜ハーレムオタク!」
私はこんなに頑張っているのに、ひかちゃんときたらコレだもん。どうして、いつも他の子ばかり見て、私を見てくれないんだろう。絶対に振り向かせると誓っている私だけれど、今日だけは怒っても良いと思うんた。
「あのね? 彩音、絶対に勘違いしているでしょ? 音無先輩達も火に油を注がないで――」
「知らない! 私はコード・ピンクに従って、弾丸モードなんだから!」
言葉にしてから思った。何を言っているんだろう、私?
「コードピンク発動ですよ、皆さん!」
なぜか音無先輩がふふっと――何かを企んでいるかのように、笑みを溢す。あの笑い方、まさにクソガキ団だった。
「いきましょう、みなさん! せーのです!」
「「いえっさ~!」」
芥川さんと猫田さんが、声をハモらせて。そして――。
「「「うっふ~ん」」」
ピンクな声が重なるのはどうして?
この状況が、ワケが分からない自分がいるけれど――。
「「良いから、僕(私)の話を聞いて!?」」
ひかちゃんと瑛真先輩の声が仲良く重なったのを聞けば――機嫌がさらに凍りつくことを止めることができない私がいたんだ。
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――光さん、ごめん。うちの姉さんが本当に面倒くさくて。
その呟きは、沸騰した感情を前にして。
塵となり、消えていった。




