表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
135/152

122 アップダウンサポーターズ出陣




「……な、な、なんでこんなことに……」


 まるで金魚がエサを食べるように、口をパクパクさせていたのは、教頭・禿末熒(とくすえひかり)、頭頂部がキラリと光る54歳。


 校長の椅子を虎視眈々と狙い、その政治のために、芦原議員に近づいた。そのコネで教育長ともパイプがある。そんな彼が未だ校長になれていなかったのは、葦原議員の妻――PTA会長、葦原秀実と、あまりにも密接な関係になりすぎたからだ。


(普通に考えたら分かるじゃん。エロハゲ、馬鹿なの?)


 そんな暴言を今ここで声にしなかった私は偉い。

 だいたい、私にも志乃ちゃんにもエロい目で視線を送るの、本当にヤめて欲しかった。


 ――大人の火遊びには、片目を瞑る。


 議員仲間に、そう笑い飛ばす芦原議員自身、火遊びでは済まない女性問題を抱えていた。掘れば掘るほど、そんなゴシップが出てくる。芦原は、それを武勇伝として語るのだから、ピントがずれているとしか言いようがない。


 教頭は、そんな芦原の情報網を侮った。それがコネクションを得ながら、ポストを得られなかった原因だと知らずに。


 でも、そこから一歩踏み込まず防衛策を講じてこなかった芦原も、三流と言える。


 時計型端末に表示される報告書。そして想定外と言わんばかりに愕然とした表情の教頭を見比べる。


 わりと初期の段階で、春香と葉月がこの情報は抽出してくれた。行動が遅くなったのは、上川君と雪姫ちゃんの意志を最大限に尊重したかったから。そして、下河さんを追い込んだのが、生徒会長だと割り出すことが遅れたから。彼らが、ここまで行動を起こすとは、想定外だった。


 それだけ、下河雪姫を追い詰め――追い出したかった。彼女は自分たちの顔を知っていると、思い込んで。


(……でも雪姫ちゃんは、彼らを認識していなかったのよね)


 生徒会長は、過去に告白してきた男の子。その一人ぐらいの認識だ。そういう意味では、恋愛は残酷だと思うが、同情はしない。


 芦原総司は、雪姫ちゃんを所有することを望んだ。彼を拒絶した女性は、雪姫ちゃんが初めてだったから。


 そして、その取り巻きは、遊戯(ゲーム)する感覚で、雪姫ちゃんを追い詰めた。まるで公園の砂場、そこをたむろする蟻に、水を流し込んで喜ぶ善悪の区別がつかない幼児のように。


(私は悪い教師だ――)


 本来なら生徒一人一人を平等に見て、彼らの課題に寄り添うべきだ。更生まで考えて。


 それなのに私は、雪姫ちゃんと上川君に、完全に感情移入している。彼らを許せない私がいるのだ。


 吹き出す感情。唇を噛んで、なんとか抑える。

 でも、これでピリオドだ。



「教頭先生、どちらに行かれるんですか?」


 静かにこの場から去ろうとしていた教頭に、私はニッコリと微笑む。


「……こ、校内巡回だっ!」


 一瞬、言葉を失って。それから、すぐにそんな言葉を紡ぎ出せるのもある意味、才能か。足早に教頭は去ろうとして、パタッとその足音が止まる。


 ひゅっ。

 風が凪ぐ、そんな音がして。教頭の首筋に薙刀を突きつけるのは、袴姿の音無さんだった。

 弓から薙刀への武器交替。流石すぎた。


「な、なんのつもりだ……」


 たらっと、冷や汗が流れる。音無さんは、酷薄なまでに、冷たい笑みを浮かべる。


「今、この事態以上に巡回すべき案件は、校内にないと思いますが?」

「無論だ! 職員室に、応援を呼びに行く! 不埒な不良生徒を速やかに拘束しなくては――」

「ですよね」


 音無さんが、にっこり笑う。


「は?」

「ね? 瑛真ちゃん?」


 見れば、瑛真ちゃんも満面の笑みで――ジャランと手錠を掲げる。


「は?」


 カシャン。

 教頭の両腕に手錠がはめられた。


「な、な、な、な、これは、どういう――」


「あぁ、ご安心なく。全てが終わったら、ちゃんと解錠しますから。重要参考人として、職員室でお話を聞かせてくださいね」

「ふざけ、ふざけるな……」


 ガシャン、ガシャンと手錠を外そうとするが、無駄なことだった。スナック「女王蜂」の依頼を受けて雑貨屋「生活のカナメ」がオーダーメイドで作成したコラボ製品である。教頭の非力な力で、脱出できるほど柔な商品じゃない。アップダウンサポーターズの全力をを舐めないでいただきたい。

 


「ぐあ、痛いっ、まって、ちょっと、歩く、歩かせて――」


 階段でもまるで容赦がない。

 荷物を引きずるように、音無さんは、この救いようのないハゲを連行していったのだった。





■■■





「冬君……ありがとう」

「へ?」


「冬君は、私にとってのヒーローなんだって。今日のことで純粋にそう思ったの」

「それを言ったら、雪姫は最高のヒロインじゃないかな?」


「私が?」


「うん。守られるだけじゃなくて、一緒に立ち向かってくれたでしょ。俺はそんなヒロインに憧れるんだよね。ま、俺が主人公は有り得ないと思うけど――」

「そんなことないよ!」


「ゆき……?」


「私にとってのヒーローは、やっぱり冬君だって思うから」

「それじゃ、俺のヒロインは雪姫って言い切って良い?」


「私じゃなきゃイヤ。他の子をヒロインにしないで欲しい」

「雪姫……」

「冬君……」


 しばしの無音。間髪入れず、私は問答無用で保健室のドアを開けた。

 ガラガラッと大きな音をあえてたてて。


 その唇と唇が触れそうになる、その刹那。


 ビクンと体を震わせ、慌てて上川君と雪姫ちゃんが離れる。不自然に、その間隔を空けながらもその手は離れないのだから、思わず頬が緩んでしまう。


「上川君、下河さん、やっほ〜」

「志乃ちゃん先生もいますよー」


 私の後から、志乃ちゃんが元気よく手を振る。あの図書室の惨状だ。養護教諭として怪我人の確認をしてもらっていたのだ。


 志乃ちゃん曰く、怪我人ゼロ。


 なお、倫理観皆無の子は、手当の必要無しとアルコールを吹きかけて終了。痛みで呻く様は阿鼻叫喚。地獄絵図である。控えめに言って、優しい笑顔で覆い隠した「鬼」がそこにいた。


「そのまま続けて大丈夫だよ?」

「「しませんから!!」


 笑顔の志乃ちゃんに必死の抵抗。でも、すぐにお互いしか見えなくなる君達が悪い。そして何よりココは、公共の場「保健室」である。決して、某ホテルの代替場所として使って良い場所じゃない。もちろん図書室も同様。ここは教師として上川君に、ちゃんと忠告を――。


「ま、弥生ちゃんのファーストキスは保健室だったもんね――」

「にゃ、にゃ、何を言ってるの?!」


 私は慌てて、志乃ちゃんの口を塞いだのだった。









「はい、仕切り直しね」

「志乃ちゃんが言うな」


 私の抗議の声も何のその。クスクス笑ってそれだけで有耶無耶のにするのだから、本当にタチが悪い。 


 教頭に詰め寄られた時は、何気なく躱してくれたのは志乃ちゃんだ。そうでなければ、もっと早く雪姫ちゃんの退学が決まっていたに違いない。味方だと心強く、敵に回せばあっという間に退路を塞がれる。戦場カメラマンの妻、朝倉志乃を侮ってはいけない。


「……テスト、再開ですか? それとも、不合格――?」


 雪姫ちゃんが、体を強張らせる。一瞬、息が浅くなるが、上川君が強く手を握るだけで、その呼吸がおさまるから不思議だ。


「あ、あの弥生先生!」

「へ?」


 ち、近い! 上川君、近い! き、君って睫が長いんだね――って、そんなことを感心している場合じゃなかった。


「俺が最悪、退学なのは仕方がないと思っています。でも、雪姫だけは! 雪姫はみんなと――」

「そんなのダメに決まってるじゃない」


 ぐいっと、雪姫ちゃんが上川君を引き寄せる。


「私だって、拳を振るったよ。だから、冬君と同罪だって思う。冬君が退学なら、私も退学だよ」


「あの、もしもし?」

「でも雪姫!」


「でも、じゃないよ。一生懸命、私のことを考えてくれた冬君を置いて、私だけ学校に残るはおかしいよ。それに、私は冬君がいないと息できないもん」


「……クソガキ団のみんなが、雪姫のことを待って――」

「冬君だって、そのクソガキ団のお一人だって、私は何度も言ったよ?」


「あの、だからもしもし? いい加減に私の話を――」


「それは嬉しいって、思うけど。でも、やり過ぎたのは事実で」

「だから、怒られるのなら、少なくとも私も一緒だから。冬君を絶対に一人にしないよ」

「ん、うん……ごめん、ありが――」


「君達はまず、人の話を聞きなさいぃっって!」


 堪忍袋の緒が切れた、私の怒号が保健室内に響き渡った。

 上川君と雪姫ちゃんは、目を白黒させる。


「上川君も下河さんも、自分だけで抱え込みすぎ。周りにもっと頼って」

「「へ?」」


「全部、自分でやろうとしない。ここから先は、大人の仕事だから」

「先生?」


 上川君が目をパチクリさせる。


「私たちが、何の手を打たずに今日まで来たなんて思わないでよ? でも、ここまでコケにされたことは、本当に不本意だったけれどね」

「えっと……?」


 困惑している上川君に、私はニッと微笑んでみせる。


「担任として、上川君に指示を出すね」


 私は静かに指を差す。


「上川君は、下河さんと保健室で待機。学力テスト観実施分は、延期し後日開催とします。私が職員会議に行っている間、ヒーローはヒロインをしっかりと守ること。指先一本、触れさせたらダメですからね」


 芦原総司、生徒会役員。そして大田太を始めとした、関係者は拿捕した。後は、彼らの罪を暴くだけだ。


 でも、そんなことよりも上川君は口をパクパクさせ。そして雪姫ちゃんは真っ赤になって俯いている。


「き、き、聞いてたの?」

「なんのこと?」


「いや、だから……だから!」

「それは『冬君は、私にとってのヒーロー』ってくだり? それとも『雪姫は最高のヒロイン』ってあたり?」

「最初から聞いていたんじゃないですか!」


 上川君が羞恥心から真っ赤になって叫ぶ。当たり前じゃん、鍵穴からしっかり覗いたわよ。あんな美味しいシーン、私と志乃ちゃんが見逃すワケないじゃん。


「良いと思うけれどね。下河さんにとって、真冬君は正真正銘の主人公だと思うから」


 志乃ちゃんはクスリと笑む。それから上川君の髪を乱暴に撫で回した。


 上川君が抵抗しようとする姿を尻目に、思わず唇が綻ぶ。雪姫ちゃんが、少しだけ不服そうな表情を見やれば、なおさらに。


 そうそう、そういう年相応の表情が、私はずっと見たかったんだ。


(だから――。)


 それぞれ、物語の登場人物は全力で向き合っているのに、作家気取りでシナリオを勝手に作り上げようとする、そんな大人は見るに()えない。


 自分の物語を棚に上げて、誰かの物語を蹂躙する出演者も。

 シートでふんぞり返って、文句を言うだけの観客にも。



(だから――。)



「主人公君、ヒロインちゃんをよろしくね」






■■■





 廊下を歩く。

 授業は全て、停止させた。


 臨時の職員会議が開かれるため、全教室、で生徒は自習だ。


 普段なら、自習となれば悪ふざけする生徒が少なからずいるはずなのに、まるで息を潜めているかのように、空気が重い。

 それでも、お構いなしに私達は歩み進める。

 隣には志乃ちゃんが。

 歩み進めれば、途中から瑛真ちゃんが。

 そして、海崎君も。寄り添うように、黄島さんが。

 大國君も。

 最後に音無さんが合流して。


 誰が言うでもなく、拳を突き上げる。





 ――アップダウンサポーターズ!

廊下に、そんな声が残響したのだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ