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119 彼を部外者って言うのなら、私が一番部外者だよ

 ――私は、冬君に物申したいことがあります。


 そう言ったのは、自分なのに。

 お昼休憩が終わって……。


 テストを受けて。そしてまた次の休憩時間。


 冬君が、来ないって分かっているのに、それだけで気が抜けそうになっている自分がいた。でもと気持ちを切り替える。冬君からもらった真っ白いシャープペンシルを撫でた。ただ、それだけで彼が近くにいるような錯覚を感じる。


 ――え? それcolorsファンクラブ限定、真冬モデルぢゃん!……って、あれ? 何か私の持っているのと……違う?

 ――さすが黄島さん、お目が高い。これはね、試作品モデルなんだ。俺の書きやすさを追求したら、コスパがひどいことになってしまって。あと、汚れにくいように、保護コーディングもしたからら。結果、ボツになっちゃったんだよね。

 ――それって、世界で一つの真冬モデル?

 ――そういうことになるかな?


 にっこり笑って言うから。


 ズルいなぁ、冬君は。大切に使っていたと分かるのに、その一品を惜しみもなく贈ってくれるのだから。


 モノだけじゃない。言葉も、時間も、何もかも。全部、私を最優先してくれているのが分かる。これじゃ好きになるなって言う方が無理難題だ。


 だから、会えないと思うと、それだけで息がつまりそうになる。

 ついこの間まで、私はずっと一人だったのに。


(冬君は学校で、私は家で待つだけで……)


 待つだけはイヤと、そう思う自分がいる。本当は教室に行きたい。みんなとも当たり前のようにお話がしたい。


 でも、何よりも、冬君が他の子に笑いかけていたら、それはちょっとイヤだって思ってしまう。その視線を、全部私が独り占めしたい。そんな思考が止まらなくて――。


 そんな私の思考を打ち破るように、スマートフォーンがLINKの着信を伝えた。




 fuyu:大丈夫?

 yuki:もぅ、心配しすぎだよ。今は次のテストに備えていたトコ。

 fuyu:それなら良かった。


 LINKの会話が、それで終わってしまった。心のなかで私のバカバカと、自分の頭を叩く。だって優しい冬君のことだ。私がそんなことを言ったら、間違いなく勉強を最優先させようとするのは見に見えている。


 むしろ、右肩がギブスの冬君が、授業に支障をきたしていないか。そっちの方が心配になって――テスト勉強どころではなくなってしまった。


 ――ゆっき、本当に重症だよ?


 彩ちゃんがそうクスクス笑っていたことを思い出す。私だってそう思う。こんなに人のことを好きになる日が来るなんて、思いもしなかった。むしろ、どうして男女で手をつなぐのか。キスをするのか。付き合うってなに? 意味が分からないって、ずっと思っていたから。


 でも、今なら分かる。


 触れたい。

 もっと、近づきたい。

 誰にも渡したくない。


 冬君に私だけを見て欲しいって、やっぱりそう思ってしまう。


 だから、未だに朝倉先生のことが腑に落ちない。

 昔から、冬君のことを知っていた人。


 悪い人じゃないって分かるから、なおさらに釈然としない。

 朝倉先生以上に、私の方がもっと冬君の良いところを知っている。そう思わず叫びたくなって――。


 そんな感情がパンクしそうなタイミングで、暖かい温度に包みこまれる。

 ズルい。


(……ズルいよ)


 あのタイミングで、抱き締めてくれるの。本当にズルいって思ってしまう。どんどん自分の独占欲が強くなっていくのを感じるのに。それなのに、そんな浅ましい感情すら、冬君は全部受け止めてしまう。


 強さだけじゃない。弱い部分まで、冬君はちゃんと私に晒してくれる。だから素直に甘えられる。


 でも甘えるだけじゃイヤだ。冬君を支えるのは私なんだ。そう思うけれど。でも今は――会いたい。そんな感情が止まらない。


(……本当に重症だよ……)


 同じ敷地内にいるのに。今、教室に行ったら、冬君はどんな顔をするのだろう? 廊下を走っていったら、冬君と一緒に、先生に怒られてしまうかもしれない。

 もしかしたらあるかもしれない。そんな未来を思い描いていたら――。


 コンコン。

 司書室のドアを叩く、そんな音が響いて。そして、ゆっくりとドアが開く。


(冬君……じゃない……?)

 だって、冬君ならノックは三回だ。

 そして、私が返事をするまでは、ドアを開けることはない。


青柳(あおやぎ)君……?」


 小学校から知る、青柳芯太君が気弱そうな笑顔を浮かべて立っていた。






■■■





 その視線を受けて、自分の呼吸が浅くなることを実感した。

 青柳芯太君。


 Cafe Hasegawaで、会って以来だ。


 彼のことは、よく覚えている。クソガキ団のみんな以外で男子と絡むことは少なかった。小学校時代の私は、何かと男子に絡まれる彼のことを見過ごせなかった。


 浅はかな正義感を振りかざしていたのだと思う。


 身勝手な正義でむしろ青柳君を困らせた。彼が、あのバレンタインデーの日、指示されて私のチョコを踏み潰したのは、その最たる証しだと思う。

 今は、そのことをどうこう思わない。拳で解決しようとした、私が愚かだったんだ。


 でも、今はそれよりも――。


 青柳君がドアを開けた瞬間。

 真っ白い影が飛び込んで、跳躍する。それから本棚に収まったのだ。青柳君はまるで気付いていない。


(……ルルちゃん?!)


 堂々と入室して、まるで置物のように収まっているけれど、バレバレだからね?! 猫は自由って言うけれど、自由奔放にも程があるよ!


 気が動転して、思わず過呼吸も引っ込んでしまった。

 青柳君の視線が、本棚に移動しそうになる。慌てて、私も移動する。


「……下河さん?」


 青柳君は首を傾げる。私は慌てて、胸に手を押さえてみせた。


「やっぱり息が苦しい?」

「少し……ね」


 ウソである。大嘘だった。ルルちゃんの存在を感じるだけで、まるで冬君が傍にいる、そんな錯覚を憶えた。いつも、私が辛かったり、苦しかったり。挫けそうなタイミングであなた達は駆けつけてくれる。冬君が、ルルちゃんのことを『相棒』と呼ぶのが、しっくり来る。


「すぴー、すぴー」

「へ?」

「すぴー?」


 見ればルルちゃんが、呑気に寝息を立てていた。うん、猫ちゃんは寝るのがお仕事だもん――じゃないよ?! ルルちゃん、バレちゃうから。猫を連れ込んだって騒がれたら、私も冬君も怒られちゃうよ!


「下河さん?」

「すぴー、すぴー」


 声に私が出して見せた。


「え?」

「息が苦しい時、こうやって深呼吸をするの。へへっ」


 照れ笑いどころではない。恥ずかしすぎて、死にそうだった。どこの世界で、そんな深呼吸をする女子高生がいるというのか。


「……やっぱり、今でも過呼吸になるの?」


 青柳君が、おそるおそる、私を見る。


「少し。でも、だいぶマシになったかな?」

「……あの時は、本当に本当にごめんなさ――」


 頭を下げようとした青柳君を、私は掌を前にして制した。

 青柳君の言葉を聞いただけで、あのバレンタインデーの日の光景がフラッシュバックする。なんども、なんどもフラッシュが瞬くように、瞼の裏側に焼きつく。チョコレートを青柳君が踏み潰した、あの瞬間まで鮮明に。

 息が浅く荒くなるのを、唾を飲み込んで、なんとか耐えた。


「その言葉は、Cafe Hasegawaで、もう言ってもらったから。だから、もう大丈夫。それに、今の私は冬君がいるから」


 自然と、そんな言葉が漏れて。青柳君が、目を大きく見開くのが見えて、むしろ私の方が戸惑ってしまう。


「やっぱり、上川君はとはそういう関係なんだ……」

「うん」


 コクンと頷く。隠しても仕方がない。隠す意味もない。きっと青柳君は、みんなと同じように、私をクソガキ団の雪ん子として見ている。全ての人に理解して欲しいとは思わない。でも、私は冬君がいるから息ができる。この事実は、どんな言葉を使っても取り繕えないし、ごまかすつもりもない。


「……でも、彼は県外の人でしょ? そんな人を信頼しても大丈夫なの?」

「え?」


 私は青柳君が何を言いたいのか、全然理解ができなかった。


「だって、彼は部外者じゃないか。僕は下河さんが騙されていないか心配で――」

「じゃあ、私も部外者だね」


 驚くほど冷たい声が出ていた。青柳君の表情が強張るのが見えたけれど、もう私の言葉は止まらない。


「だって、私は一度みんなに拒絶されたもん。青柳君だって、そうでしょう? 冬君を部外者って言うのなら、私が一番部外者だよ」

「ちが、僕は違う、そんな風には――」

「私が悪いんだって、思うことにしたの。でもね、冬君が言ってくれたの」


 ――雪姫が見ようとしている綺麗な世界を泥で塗ろうっていうのなら、誰だって絶対に許さない。


 冬君がそう言ってくれたんだ。

 息をしても良いんだと思った。

 目を開けて、この世界をもっと見たいって、そう思った。

 冬君となら、もっと色々な場所に歩いて行きたい。一緒に生きたい。そう思ったんだ。

 冬君の言葉が、今も胸の底に鳴り響いて。

 油断をすれば、暗闇で閉じてしまいそうな自分の感情。その奥底に、光を照らして。

 気付けば、乱反射して。

 誰のどんな言葉よりも、暖かくて。



「下河さんは……僕との約束を忘れちゃったんだね」


 か細い声なのに、まるで呪詛のように重苦しく、青柳君の声が鼓膜を揺らす。


「あおやぎ君……?」


 でも彼はクルリと背を向けて。力なく司書室を出て行った。


「青柳君?」


 かろうじて、絞り出した声。でも、足はセメントで塗り固められたかのようで、前に踏み出すことがでいなかったんだ。






■■■






「いつまで、そうしているつもりだ?」


 声をかけられて、私ははっと我に返って――目が点になる。


「え……次は、明智先生なんじゃ――」


 弥生先生からは、そう聞いていたから、なおさら思考が追いつかない。


「私がテストの監督官では不満か、下河?」


 有無を言わさず、発せられる圧に息が、また苦しくなる。


「……いえ、()()()()

「テストを始める、席に着け」

「はい……」


 なんとか、かろうじて頷くことができた。でも、呼吸が浅いのを自覚する。締めけられるような頭痛をおぼえて。


 目眩で視界がグルグルと回って――チカチカ、視界が真っ白い。意識を保つのが、やっとだった。

 と、教頭先生がまるで品定めをするかのように私を見やる。




「お前の態度次第じゃ、色々考えてやっても良いんだからな?」


 そう自分の唇を舐めながら、教頭先生は私に囁いた。


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