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105 私と彼と小春さん(featuringエッチにゃんこ)


「ココからは私に任せてもらって良いんだけれど、ね」

「私の冬君ですから。お世話は私がします、ご心配なく!」


 ついムキになって、私は語気が強くなってしまった。


「冬は私の子だもの。私が今日はお世話するから、雪姫さんこそ、ご心配なくね?」

「ど、どうして私の名前を……」


 あの場で改めて自己紹介する余裕なんてなかったから、思わず面食らってしまった。


「そりゃ、冬から聞いているもの。大切な彼女さんなんでしょう? お会いできて嬉しいわ」


 単純に額面通りには受け取れない、剣呑な感情に怯みながらも、私はまっすぐ前を――小春さんを見やった。


「こ……こちらこそ」

「でも、今日は私に冬を満喫させてね。ちょっと冬成分が足りないから」


「私も、いつだって冬君成分が足りるって思ったことはないです。だから絶対に譲れません」

「奇遇ね。ちなみに、私も満足するってことはないかな。でも、冬ったらすぐ恥ずかしがるのよね」


「それじゃ、私にアドバンテージですね。冬君、私をちゃんと求めてくれるから」

「……雪姫さん、私ね。あなたとしっかりお話をしないとって思っていたの。だって、やっぱり冬が、そこまで気持ちを許すの、どうしてなのかなって?気になって仕方がないのよね」


 クスリと、小春さんが笑う。


 会合はあっさりと終わったものの、私と小春さんとの応酬は、こうやって今も続いていたのだった。あの神原小春――今は、上川小春さんとこうやってジャレあっているのだから、私の方が信じられない。


 肝心の冬君はと言うと、流石に疲れ切ってしまったのか、今は私の膝の上で、小さな寝息をたてている。そうだよねって、思う。本当に今日は色々なことがあったから。


「あのね、雪姫さん?」

「……はい?」

「やっぱり代りましょうか? 雪姫さんも疲れたでしょう?」


 気遣うようで、それでいて切なそうな目で冬君を見る。そんな小春さんの憐憫とした表情に、私は思わず吸い込まれそうになった。元アイドル、神原小春。その片鱗を垣間見せられた気がしたのだ。


 それは冬君の垣根なく向ける笑顔と、通じるものがある。


 でも、って思う。浅ましいと思われても。小春さんにドコの馬の骨と思われても、冬君の隣は譲りたくないか。私は弱い。そんなこと、自分が一番よく分かっている。冬君がいないと呼吸すらできない。今でもそれは変わらないのだ。


 でも、冬君が傷ついている時に、何もできないのはイヤなんだ。私のワガママだって、自覚している。でも、小春さんだって、誰にだって、絶対に譲りたくな――。


 と、冬君の手がのびる。

 その瞬間、私の胸はチクリと痛んだ。


 それは、そうか。お母さんがやっと来てくれたんだもん。家族の邂逅をジャマする権利は私にはない。そう言い聞かせるのに、自分のなかで仄暗い感情が反発して。まるで泥の底に突き落とされた。そんな錯覚すら憶えた。


(……バカみたい)


 いつだって、冬君は私を見てくれていた。肩の骨を折ってなお、大國君と私達の関係を気にしてくれて。それなのに、今の私は浅ましい嫉妬に駆られている。


 本当ならお母さんとの時間を作ってあげるべきで。今の私は単なるお邪魔虫でしかなかった。












「雪姫――」












 冬君の唇から、そんな声が漏れた。

 あなたの手のひらが、私の頬に触れたと気付いたのは、数秒時を刻んでからのことだった。


(え……?)

 

 あっという間に引き寄せられて、私の唇に暖かい温度が触れる。見れば、小春さんが目を大きく見開くのが見えた。


(な、な、何――)


 すっと唇が離れて。冬君は安堵したように、吐息を漏らした。

 私は口をパクパクさせるしかない。


 冬君は、本当に()()い。


 だって、私も冬君を前にしたら、自制がきかない自覚がある。今までだって、彩ちゃん達に呆れられたのは1回や2回じゃないと思う。でも、冬君はほんの何気ない瞬間、あっという間に私の懐に入り込んでしまうんだ。今のようにドキドキさせるくせに、何気ない顔でその後も接してくるから、あなたは本当にズルいって思ってしまう。


 きっとルルちゃんが、ああやって他の猫ちゃんに慕われているのも、飼い主さんの影響なんじゃないだろうか。そう思うと、やっぱり不安になってしまう。他の子にも、そういう顔見せないでほしい、笑わないで欲しいって、つい思って――。


「……びっくりした」


 ようやく小春さんが、絞り出すように言う。


「まさか、息子のああいう表情(カオ)を見る日が来るだなんて、ね」


 苦笑しながらそう言う。私だって、まさか義理の母になるかもしれない人の前で、公開キスをする羽目になるなんて思ってもみなかった。肝心の冬君は未だ、夢のなかだ。本当にズルい人。ワルい人だって思ってしまう。


「でも、納得しちゃったかな」

「へ?」


 私は、今きっと呆けた顔をしているに違いない。


「ほら、雪姫ちゃんの弟君が言っていたでしょ? あの時は何を言ってるのよ、って思っちゃったんだけどさ。今となっては妙に納得しちゃったのよね」

「え……っと?」


 私は目をパチクリさせる。柊さんを前にして、あの時私は必死で。その後の小春さんの来訪で、私はあの時、すっかり気が動転していたんだ。そんな私を見て、小春さんはクスクス笑う。


「あの時、弟君は『この二人、半身のように想い合っているから。そもそも離れるとか、絶対に無理だからね?』って言ったのよ。でも、雪姫さんは、冬を守ろうとして必死だったんだもんね。聞いてなかったのも、あの状況なら仕方がないかな?」


 と小春さんは、息をつく。


「柊は柊で、ちょっと不器用な性格だから、難儀だって思うけどね。好きなら好きってちゃんと言えばいいのに」

「え?」


 聞き捨てならない言葉に思わず、視線を向ければ、さも楽しそうに小春さんは笑っている。揶揄(からか)われたと気付いても、もう後の祭りだった。


「雪姫さん、可愛い。最初は冬が一方的に想いを寄せているのかな? って思っていたんだけど、雪姫さんは雪姫さんで、なかなか面倒臭いよね?」

「……どうせ、私は面倒臭いです」


 小春さんを前にしていることも忘れ、私は思わずぶすっと頬を膨らませてしまう。


「あら? 私は共感するけどね」

「え?」


「だって、好きな人には全力で向き合いたいじゃない? 妥協なんかできないし。ブレーキを踏む余裕なんか無いもの。それなのに皐月(さー)君は、他の子のことばかり褒めるし。ヘアスタイリストの職業病って思ってあげるけど、私の目の前で他の子を褒めるのはデリカシーが無いと思うのよね」

「え、っと……え、え?」


 思わず握り拳を作る小春さんに、私は目を丸くするしかない。


「雪姫さんはさ、彼氏が他の子に笑いかけるのを許容できる?」

「そ、それは……」


 無理だって思う。彩ちゃんが、冬君の名前を呼ぼうとした時。瑛真先輩が、冬君と近いと思った時。幼馴染(カラーズ)の中心で、冬君が笑っている写真を見た時。胸が痛いって思ってしまう。海崎君にだってそう思ってしまう時があるんだ。私は本当に浅ましくて、そんな感情を抱く自分がなんて醜いと思ってしまって――。


「一緒だね」

 小春さんが満面の笑顔で言ってのける。


「え?」

「一緒だ、って思うの。だって、好きな人は独占したいよ。それが上辺だけじゃなくて、自分の本心に触れても、なおブレない人に出会ってしまったら。その笑顔を自分にだけ向けて欲しいって思ってしまうもの。でも、そんな優しさを持つ人は、他人に対しても出し惜しみないものね。冬がそうなのかは、別として――」


「冬君は優しいです。こんな私にも態度を変えないし、本当なら自分には関係がない誰かのことも一生懸命に考えてくれていますから!」


 思わず力がこもってしまったのか、私の膝の上で冬君が体をよじる。そっと、彼の髪を撫でてあげると、何事もなかったかのように寝息をたてて。


 それから息を吸い込むように、鼻先で匂いをかぎとろうとするような仕草を見せた。私の膝に、その顔を埋めたまま。


「……え?」

「あぁ。冬って、昔から匂いフェチだったものね。コーヒーや、アロマ、葉巻の匂いが好きだったのよ。それから、シャンプーの後の髪に匂いとか。よく私の髪を褒めてくれたもの」


 小春さんは、微笑ましそうに頬を緩ませているが、私はそれどころじゃない。今日一日が怒涛の流れで、私はそもそもまだシャワーすら浴びれていないのだ。それなのに冬君は、まるで猫がジャレるかのように、私に擦り寄ってくれる。こんな風に甘えてくれる冬君はレアだけど。普段は恥ずかしがり屋の冬君だから、なおさらそう思うけど――。


(でも、冬君、待って! 今は止まって!)


 今は小春さんがいるから! 

 そんな性癖のカップルだって、小春さんに見られたくないから!


 そんな私の心の声は、今日ばかりは冬君に届かない。

 きっとルルちゃんがエッチにゃんこなのは、飼い主さんの影響だ。でも、今はダメ、本当にダメだから!





「おあー」

 心外と言いた気にルルちゃんが鳴くけれど、私は取り合う余裕がまるでない。





「あらら」


 小春さんが笑う。私はその視線に耐えられない。冬君、起きて! 本当に起きて! でも左手で甘えるように抱きしめられたら、その手を振り解くことなんかできるはずがなかった。


「半身か。冬のあんな表情(カオ)見せられたら、確かに納得するしかないよね」


 小春さんが吐息を漏らす。でも、そんな声すら耳に入らないくらい、私はもう冷静じゃなかった。


「冬君、起きて! 冬君! 冬君っ!」


 私の必死の懇願は、今日ばかりは冬君に届く気配が、まるでなかったのだった。

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