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第八話 先取りし過ぎな人は、いつの時代にもいる


 すっかりお月様が仕事を始めた頃、年の離れた蕎麦好き仲間は行きつけのソバ屋で落ち合っていた。


 話があると日向がお茶爺を誘ったのだ。

 誘わずとも、週のうち二、三度は店で顔を合わせるのだが、すぐにでも聞いておきたいことがあった。

 

「店長。ざるそばとミニカレー丼」


 まずは腹ごしらえと、いつもの組み合わせを口にした。


「儂は今日は変化球じゃな。ミートローフと食後にチェリーパイを」

「変化球すぎねぇか!? お茶爺、ここは蕎麦屋――」

「あいよ、ざるカレー丼、ミートローフとチェリーパイだね」

「あんのかよ!」


 不思議そうな顔で店主の妻と茶太郎が日向を見つめる。

 厨房からは店主も顔を覗かせていた。


「おや、何年も通っていて、日向君は知らなんだのかい?」

「あらまあ、ヒー坊が知らないことにおばちゃんは驚いたよ。偶然これまで、耳にしたことがなかったのかねぇ……不思議だわ」


 視界の端では、うんうんと店主が頷いていた。

 

「どちらもこの店の裏メニューじゃよ」

「そ、蕎麦どころか、出汁すら使う気配がない裏メニューだぜ……」


 長年親しんだ店の奥深さに、日向は度肝を抜かれていた。

 

「それで日向君や。夕食を一緒にというからには……何か話があるんじゃろう?」


 お見通しだと言わんばかりに、茶太郎はニヤリと笑みを浮かべた。


「なあ、お茶爺。さっきは夢いっぱいみてぇな話をしてたけどよ……この話に危険な要素はねえのかい?」


 気遣いに感謝しながら、日向は思いの丈を吐き出した。

 一直線に前を向く花の足元が、安全であるかを確認したかったのだ。



「ほう、楽しいことには前のめりな日向君にしては、中々に慎重じゃのう」

「強い光の影にには、濃い闇が出来るものだって、前にキューさんが言ってたからな」

「ふぉっふぉっ、九官鳥とは思えぬ含蓄じゃのう。いや、マジで」


 青空家の飼い鳥と面識がある茶太郎は、楽しそうにヒゲを揺らした。


「それで、どうなんだい?」

「まあ、幾つか懸念はあるのぅ……」と、茶太郎はお茶を啜った。


「一番気になるのは、これまでの繋がりじゃな。

 ヴェーバー・シュピールくらいの大企業となると、これまで日本版を出すにあたって色々な人間や企業と繋がりが出来ておるはずじゃろ?

 そこで突然、うちがドえらい案件を請け負うことになったとすると……」

「恨みを買うってことかい?」

「先方が御手洗君とウチの会社にと言ってしまえば、それ以上は何も言えんがの」

「まあ……何度か仕事を受けてりゃあ、義理だ人情だっていう人も出てくるわな」


 気持ちは分からなくもねぇ、と日向は頷いた。


 特に今回の件は、業界の人にしてみれば相当に夢のある話題であるらしい。

 その点がまた、己も関わりたいと人の心をざわつかせかねないのだろう。

 お金だけの問題ではないのだ。


「義理や人情という点では、最も強いだろう初代『妖精百日』の翻訳・販売を手掛けた会社は、すでに存在せんからの。その点は安心だが……」

「逆に、だからこそうちにもチャンスがと思う人間がいるかもしれねぇな」

「まあ、他にも色々あるが、そういう大人の事情は一切気にせんで大丈夫じゃよ。横槍が来た場合は、全てウチの会社が対処を請け負うからな」


 茶太郎はドンを胸を叩いた


「頼もしいねぇ」

「全力でサポートすると言ったのは、そういうことじゃ」


 あの一瞬でそこまで考えていたのかと、リーダーとしての一面を見せた茶太郎に日向は感動を覚えた。


「くぅー、かっこいいじゃねえの」

「褒められて気分がいいから、今日は儂の奢りじゃ!」


 花はもちろんのこと、ブラウンスマイルの人たちも、この件に関しては大きな戦力になるに違いない。

 だが自分はどうだろうと、日向は何気なく自らの手のひらを見つめた。


「俺にできることはあるのかねぇ……」


 折角のチームになれたのだ、助け合ってこそである。

 何より、彼女が笑顔になる一因くらいには成りたいものである。


「ふむ、まずは御手洗さんが先方と会ってからじゃと思うが……先行して知識を得ておくといいかもしれんな」


 茶太郎は年の功を発揮して、若者へのアドバイスを口にした。


「知識?」

「ああ、世界のボードゲームの歴史。特にドイツのものがいいかもしれん。妖精百日についてやヴェーバー・シュピールに関する記述がある書籍なぞ最高じゃな」

「そうだよな。力になる以前に、最低限の知識もねぇからな」

「うちの会社にも資料室はあるし、大きな図書館に行ってもいい。ネットという手もあるぞい」

「なるほど、資料室に図書館か……」


 呟きながら、日向は心のメモに記述した。


「しかし、どれも特殊な書籍じゃろうからなぁ……ふむ」

 茶太郎は、いいことを思いついたとばかりに、ポンと手を打った。 


「神保町にな、儂や社員がたまに覗きに行く関係で、積極的に玩具の古書を集めてくれる店があるんじゃ。国内外新旧問わずにな」

「その店なら、いい本が手に入りやすいんだな?」


 役立ちそうな情報に、日向は耳を傾けた。


「行く価値はあるぞ。駅から歩いて徒歩三分。店の名前は……ブラッディーウルフ」

「ブラッディウルフ!?」

「うむ、ブラッディウルフじゃ」

「古本屋が?」

「古本屋がじゃ」


 日向の脳裏に口の周りを血まみれにした狼の映像が浮かんだ。

 ベロリと舌なめずりをして、こちらを見ている。


 そこに文化の香りは一ミリも存在していなかった。


「こ、古書店につける名前じゃねぇだろうに、斬新すぎるぜ」

「昭和三十六年開店で、今年六十周年を迎えるのう。ちなみに店名は創業以来変わっておらん」

「六十年前にブラッディーかよ……時代を先取るにもほどがあるぜ」


 奇抜な先人のセンスに、ごくりと唾を飲み込む。


「とはいえじゃ、日向君は前のめりになりすぎないスタンスがいい気がするがのう」

 一転して気楽な様子で、茶太郎が言った。


「御手洗さん、一途な子っぽくないかね?」

「お茶爺、大正解」

「そういう子は、いっぱいいっぱいになりがちじゃろう?

 余裕を作ってあげたり、ぽっと代わりに荷物を持ってあげる役割もいいかもしれんぞ」

「おう。その点については、この件がなくても、会社に誘った時からフォローするつもりだったぜ!」

「ふぉっふぉっ、そうかそうか」


 ニヤリと笑う日向に、茶太郎は可愛い孫でも見るように目を細めた。



「一歩引いた視点や立ち位置が、武器になることもある。

 特にこの件は、それが大事なのかもしれんぞ?」


 自慢のヒゲを触りながら、茶太郎は予言のような内容を口にした。



 怪しい預言者みたいだなと店にいた全員が思ったことは、当人には秘密である。


お読みいただきありがとうございます (*ᴗˬᴗ)⁾⁾


あまりに美味しそうなので、日向はチェリーパイを追加注文しました。


次の投稿は明日の昼頃を予定しております。

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