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第七話 それは浪漫からはじまった


「はわ、はわわ」


 気風のいい女性が「はわわ」と口にするという希少な体験をした、僅か十五分後。

 日向は、お爺ちゃんが「はわわ」と口にする激レアな体験をしていた。


 この先の人生で二度と見ることはないだろう光景に、その原因となった事の大きさを改めて実感する。


「しゃ、社長、も、餅ついてください」

「姉崎さん。そ、そうじゃな、臼と杵、倉庫にあったかのう」

「餅つきじゃなく、落ち着きです。姉御も社長も落ち着きましょう」


 思いがけず始まりかけた餅つき大会に日向はストップをかけた。


「それで、御手洗さんだったね。挨拶は改めてさせてもらうとして、この会社の代表取締役の月島つきしま茶太郎じゃ」


「は、はじめまして、これからよろしくお願いします」 


 とんだ初対面を体験した花は、一切の挙動がぎこちなくなっていた。

 ロボットのように、かくかくした礼をする。

 憧れの会社というのは誇張のない表現だったようである。


 一連の出来事に一番負担がかかっているのは花であろうと、日向は心配した。

 

「早速だが、事の経緯を説明してもらえるかね」


 花は準備していた画像や文章を用いて、昨晩からの流れを解説した。



 会議室には花の声ばかりが響き、時折、茶太郎が疑問点を指摘する。

 残りの二人は口を挟むことさえしなかった。



「……驚いたのう。まさか『妖精百日』がなぁ」


 話題となっているゲームの愛称らしきものを茶太郎は口にした。

 

「お茶じ……社長からみても、すごい話なんだな?」


 つい呼び慣れた名前を訂正しながら、日向は問うた。


「それはもうじゃ。飯田いいだ飯店はんてんのマッドネスギガチャーハンくらいにやばい」

「や、やばいじゃねえか」


 日向は会社の近くにある中華料理屋の、名物メニューを思い浮かべた。

 カロリーで人を殺すつもりじゃないかと噂される危険物である。そもそもネーミングがヤバい。だが美味い。


「日向君から話を聞くに、御手洗さんが好きなゲームはシュピール、日本ではユーロゲームなどと呼ばれるジャンルじゃろ?」


「はい、そうです」と花は頷いた。


「ヴェーバー・シュピールという会社は、そのジャンルにおいて世界屈指の会社じゃ。そうじゃなぁ――」

 言葉を区切ると、茶太郎は自慢のひげをモフモフと触り、再び話し始めた。


「サッカーなどのスポーツに例えると、うちの会社は国内リーグで中堅くらいの位置づけじゃ。

 一方で、ヴェーバー・シュピールは、問答無用で世界のビッグクラブに数えられる。

 そして、モニカ・ヴェーバーといえば、今は鬼籍に入っておる旦那さんと二人で、レジェンド選手だと思ってくれ」


 そう語りながら、茶太郎は子どものように目を輝かせていた。 



「彼らの選手経歴、初のビッグプレーが『妖精の百日世界旅行』の開発ってところだね」


 社長の後を引き継いで姉崎が語る。


「ああ、三人が興奮している理由が分かったよ。一ファンとして、ワクワクしてるんだな」


 日向は納得がいったと頷いた。

 大きな仕事だからとか、お金が動きそうだとかそういう話ではないのだ。


 社長も、姉御も、御手洗さんも、三人ともがただ単純に喜んでいるのだ。


「もしかしたら儂が一番興奮しておるかもしれん。この中では妖精旅行が流行した当時を唯一知っておるんじゃからな」

「いや、私だと思います。だって、あのゲームに出会った時の衝撃と言ったらもう……」

「御手洗さんは若いから比較対象が少ないだけよ。社長は、ゲームが出た時そこそこのお年でしょう? 私の場合は――」


 日向はパンと手を叩き、注目を集めると、私が儂がと不毛な争いを繰り広げる三人に告げる。


「今は、誰がその『妖精百日』を一番愛しているかを話している場合じゃねえだろ?」


 肝心なのは、花が持ちこんだ話をどうするかである。

 仰る通りと口を閉じた三人から、視線を集めながら日向は続けた。


「先方は、御手洗さんに翻訳を依頼すると同時に、ローカライズだかって作業をする会社を御手洗さんが決めていいと申し出ている」

「うん。それで私は、もしもこの話を受けることになったら、スマイルブラウンにそれをお願いできればと思って」


 本題はこれである。



「ふむ……うちとしては願ってもない話だが、身近だからとか気軽だからという理由であれば、考え直した方がいいぞ御手洗さん?」

「社長!?」


 即受け入れると思っていたのだろう、花に一考を促すような発言に姉崎は声をあげた。

 何を言っているんだ、このお爺ちゃんはよぉ、と強気な瞳が語っていた。


「この件については、きちんと考えて君が相応しいと思う会社を選ぶべきじゃよ」

「いいのかい、完全に商機だろう?」

「日向君。今回の話は、この業界において浪漫の塊のような話なんじゃ」


 茶太郎が真剣な顔で言った。

 長年付き合いがある日向にしても、これほど真剣な彼を見たことは、過去に一度しかない。

 去年の冬、互いの行きつけの店で、一番美味いメニューを討論した時だけである。


 思い返してみれば、意外なほどにどうでもいい話であった。


「そもそもが人に夢を見せるのが仕事の業界じゃ。この会社にしても数名の浪漫からはじまっておる。

 妖精の百日世界一周など、その極みじゃ。

 最終的にビジネスとして計算が挟まれるのだとしても、できる限りの浪漫がそこに詰め込まれなきゃならん」

「社長……」


 姉崎は茶太郎言葉に感じることがあったのか、これ以上は口を挟むまいといった様子で、唇をきゅっと結んだ。


「御手洗君が渡りをつけて欲しい会社や人材がいるのなら教えてくれ。何としても話をつけてくるぞ。

 もちろん、うちと進めるなら全力でサポートするぞい」


 年の離れた知り合いの熱に、日向の胸も少しばかり熱くなっていた。

 もっとも、その気遣いに意味はないとも思っていたが。


「私は、話を受けるならブラウンスマイルさんと一緒だと、最初から決めています」


 彼女は、この会社に勤められることを心から喜んでいた。


 一直線で、嘘のない人だ。そんな彼女が憧れと口にしていた。好きな会社の一つではなく。

 その意味を、日向は正しく理解していた。


「ほう」


 真っすぐな視線を受けて、茶太郎が驚いた顔を浮かべた。


 最初から答えは決まっていた。

 花は許可を取りたかっただけなのだから。


「実際に会ってみて、向こうに断られるかもしれないけれど」


 すぐに、へにゃりと表情を崩して、花は自信なさげに言った。


「御手洗さんなら大丈夫だと思うがねぇ……まあ、駄目だったとしても、すげぇ人に会えるだけでも儲けものだって考えればいいんじゃねえか?」

「軽いよ青空君」

「そもそも、向こうが希望したんだから、妙な事しなきゃ絶対に大丈夫だって」

「そうだよね、うん、平常心で頑張る」


 花の瞳に決意の色が浮かぶ。

 初めて見た彼女の表情を、日向は瞳に焼き付けた。


「ふぉっふぉっ、どうやら話は決まりじゃな」


 若い二人の会話に、楽しそうにヒゲを揺らしながら茶太郎が言った。


「はい。先方にお会いする日付が決まったら、改めてお伝えしますね」


 近日中に別件で来日するので、その際に花と会って話がしたいと希望していたらしい。

 返答は、その時にとも。


「全力でサポートするぞ」

「私も。ワクワクしてきたわ」

「当然俺もだ、どんなことでも手伝うぜ」


 下された決断に、アナログゲームに人生を賭けたものたちが満面の笑みを浮かべた。

 不安や考えることがあるのだとしても、根本的に嬉しいのだろう。



 専門的な知識が必要な話が続くに違いない。

 素人な自分の出番など限られたものとなるかもしれない。


 それでも、自分にできることは何でもしようと、日向は決意した。

 

お読みいただきありがとうございます (*ᴗˬᴗ)⁾⁾


飯田飯店のデンジャラスギガラーメンというメニューも存在します。

危険なくらい上手いとかではなく、危険な量のラーメンです。


次の投稿は明後日の昼頃を予定しております。

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