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第六話 はわわ


 花がSNSを始めたのは高校入学直後のことである。


 言語の勉強と趣味における情報収集を目的に、世界的に使用されるサービスを選択した。


 現実の知り合いで相互フォローしているのは、中学からの親友ただ一人。


 最近、現実の知り合いで二人目の相互フォロワーになってくれないかなと、気になる青年に声をかけたのだが

「SNS? やってねぇなぁ……」の一言で、しょんぼりすることとなった。


 すぐに、それも彼らしくて素敵だなと立ち直りはしたが。

 


 現実の知り合いと繋がっていないのは、当時同級生であった親友にアドバイスされたからだ。


「この内容ならば周囲には伏せたほうがいい」という忠告に、当時の花はただ首を傾げていた。

 後になって振り返った時に、彼女は親友の意図をようやく理解した。


 投稿される内容は、ほぼドイツ語で書かれている。

 フォロワーもドイツ語圏の人ばかり。

 はなもちならない子だと判断されて、もっと窮屈な学生生活になっていたのかもしれないと、花は頼れる友に感謝した。



 以降、現在に至るまで、花は精一杯に世界のゲームへの興味を語り、日本発のまだ知られていないゲームを海外に発信し続けた。

 そこには純粋な愛が溢れていた。

 同好の士であれば胸打たれるほどに。


 もっとも最近では、投稿内容に別の愛もちらほらと見え隠れしていたが。

 全員が結構な年上である、顔、あるいは声を知らぬ知り合いたちは、微笑ましくその様子を見守っていた。

 



 そんなフォロワーの中に、特に花と仲の良い同士が存在した。


 最初期からのフォロワーであり、花よりも遥かに豊富な知識を持つご婦人。

 孫という単語を当たり前のように使用していることから、お婆ちゃんと呼ばれる年齢なのではないかと花は推測していた。



 その晩、尊敬している彼女からダイレクトメールが届いた時、花は特に疑問を抱かなかった。

 

 四年以上の付き合いの間に、何通かやりとりしたこともある。

 妙な内容が来るはずはないという信頼も存在した。


 些細な違和感を感じたのは、メールの件名が『願い事』という意味のドイツ語だったことだ。


「えっと……」


 メールを開いて読み進めるうちに、花の表情はこわばりだす。


「……え?」


 想像もつかない内容が、そこには記されていた。


「え、いや、えぇーーーー!? むぐ」


 夜中なのに思わず大声をあげて、急いで口で手を抑えてしまうくらいに。



 こうして遠い地に住む同士からのメールにより、花の新しいアルバイトは風雲急を告げることとなった。




     *


 株式会社ブラウンスマイル。その三階にある第二ミーティングルーム。


 本日から新しい試みが始まり、若者たちにより討論が行われるはずだった部屋では、一人の女性が混乱の極みに陥っていた。


「はわ、はわわ……ほ、本当の話?」


 花の話を聞いた姉崎は、驚きのあまり、はわはわしていた。

 彼女も自分が、人生で「はわわ」と口にするなどとは想像もしていなかったに違いない。


 それほどまでに彼女は、はわはわしていた。はわわの極みであった。


 同僚や友人から姉御と呼ばれる、精神的に成熟した彼女がここまで動揺していることが、事態の異常さを表していた。

 

「そう言われると思って、相手に許可をもらってSNS上のやりとりを持ってきました」

「ごめんね、う、疑っているとかじゃなくて、あまりの内容に、驚いて……普通、驚くわよね?」

「ですよね」


 気持ちは分かると花は頷いた。


「と、とにかく、ローカライズの、いや、社長を呼んでくるわ!」


 扉を激しく開け放ち、急ぎ退出していく先輩を花は見送った。


 今日のミーティングに使おうと思っていたのか、色々な道具が入ったボストンバッグとノートパソコンがデスクの上には残されていた。


「……驚いたな」


 黙って推移を見守っていた日向が、絞り出すように言葉を口にした。


「だよね……」

「いい大人が、はわはわ口にするのを初めて見た」


 日向は険しい顔で、天を仰いだ。


「え、気になったの、そこなの!?」 

「お、おう、御手洗さんの話は、すげぇことなんだろうなって程度しか分からなかったからな」


 花の剣幕にたじろぎながら、日向は二人と自らのテンションの差を説明しだす。


「俺の場合、アナログゲームは楽しむだけのライトユーザだからな。

 その会社の名前と妖精の世界旅行ってタイトルも聞いたことがな――」

「ヴェーバー・シュピール社の『妖精の百日世界旅行』だよ」


 花は被せるように訂正した。


「おう、それそれ。そんなにすごいゲームなのかい?」

「それはもう。異世界から来た妖精が、地球を百日間かけて旅するってボードゲームなんだけど基本のルールは単純明快だよ。

 百日の間に手に入れたものの価値がもっとも高かったプレイヤーが勝利。

 魅力的な世界観に、計算されつくされたイベントの数々のおかげで、ゲームとしての面白さと、まるで自分も世界を冒険しているようなワクワク感が得られると、当時世界中が熱狂したの」


 御馴染の――本人としては無自覚な早口で花は説明した。

「丁寧な説明は、また後で」

「おう、是非ともお願いするよ」


 こういう時に、面倒くさそうではなく、本当に楽しそうにしてくれるのが彼の素敵なところだなぁ。

 と、一瞬、関係ないことに思考が飛びそうになったが、気を取り直して花は説明を続ける。


「日本でいう人生をボードに見立てたゲームとか、あとは海外の作品で土地を広げてくゲームとか有名なものがあるでしょう?」

「まあ、俺でも知ってるな」

「世界規模であれ級のタイトルを保有しているすごい会社なの。

 その会社の栄光の始まりともいわれるタイトルで、後に発売されたゲームにも多大な影響を与えているの」


 金字塔。歴史に名を残すと評されるような数少ないタイトルの一つである。


「そんなすごいゲームに関して、御手洗さんにメールが?」

「うん。『妖精の百日世界旅行』の続編が出るのであれば、そのテキストの翻訳を担当する気はありませんかって」


 花は頷いた。昨晩からずっと彼女はどこか夢見心地であった。



「それって、とんでもないことなんじゃねえのか?」

「すごいよ、『妖精の百日世界旅行』の続編が出るってだけでも、世界中の愛好家が拍手喝采だと思う」


 それに関わって欲しいというだけでも信じられない内容だ。

 翻訳を担当して欲しいという要望など、もう世界中が自分にドッキリを仕掛けているとしか思えなかった。


「あの、心も姉御な人が、はわわってなるわけだぜ……」


 ようやく事態の大きさに気がついた日向が、驚いた表情を浮かべた。


「私も昨日の夜、はわわって言っちゃったからね……」

「失礼だけど、いたずらとかの類じゃなくて?」

「失礼なんかじゃないよ。私だって、メールを送ってきた当人に何度も確認したくらいだもの」


 相手が人格者でよかったと、心から花は思った。

 こちらが納得するまで、何度でも丁寧に説明してくれたのだ。


 むしろ、ドッキリが成功したといった具合で終始楽しそうにしてくれていたのが救いである。


 結局、マイクを使って通話して、ようやく現実だと認識した次第であった。


「うん。私でも知っている人からのメールだから。

 ただ趣味が合う、年の離れた友だちだと思ってたんだけど……本当、まさかだよ」



 花にメールを送った相手の名は、モニカ・ヴェーバー。


 ヴェーバー・シュピール社の前会長にして、伝説のゲームを開発した人物の妻であった。


お読みいただきありがとうございます (*ᴗˬᴗ)⁾⁾


花は英語についてはからっきしです。

友人は「何で、文法とか似てるんじゃないの?」と頭の上に?を浮かべています。


次の投稿は明日の昼頃を予定しております。

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