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第五話 姉御


 アルバイト初日。

 花は緊張していた。


「逆によ、緊張できるのも今のうちだぜ。

 御手洗さんならすぐに馴染めるさ。玩具が本気で好きな人ばかりだし、社長に似たのか気さくな人が多いしな」


 隣には、自らを誘ってくれた青年。

 花の緊張を感じ取ったのか、リラックスできるようにと軽い口調で場を和ませようとしていた。


「えっとね、違う意味で緊張しているというか……」


 彼こそが、花が現在緊張している原因だというのに。


 待ち合わせ場所に到着すると、いつもよりはパリッとした服装と髪型の彼が立っていた。

 私服でいいとは言われたが、憧れの会社に失礼があってはならないと気合をいれた服装をしていた花は、選択は間違っていなかったと、ほっと一息を吐いた。



 そうして安心したのも、つかの間――


「今日は、頼りにしてくれていいぜ」と、頼もし気に言った彼の笑顔に元々の緊張感は空の彼方に消え去り、別の緊張感が噴き出してしまったのである。


「あー、やっぱ、緊張しないなんて無理だよな。何年も憧れてたんだもんな」

「うん、それもそうなんだけど……」


 的外れな意見を口にした相手に、空は曖昧な笑みを返した。




 日向の説明を聞きながら、会社への道程を進む。

 歩調を合わせてくれているらしく、おろしたての慣れない靴でも十分についていけるペースである。


 この辺りは昔からある中小企業がオフィスや工場を構えており、ブラウンスマイルもそんな会社の一つであるとのこと。

 民家や商店が混在しており会社のすぐ近くには銭湯まであるらしい。


 人の生活がギュッと凝縮された地域というのが日向の総評だった。



 十字路の角にあるコンビニに沿うように道を曲がると、前触れもなく茶色なお豆腐型の建物が視界に飛び込んできた。


 株式会社ブラウンスマイル。

 四階建てのコンクリート造りのしっかりとした建物。その一角ではなく、全てが社屋なのだという。


 経済的には国内のアナログゲームについて、そこまで好調だという話を聞いたことがなかった花は、さすが時代の荒波を越えてきた古豪だと心の中で舌を巻いた。


 一階はガラス張りでショールームになっているらしい。

 仕事とは別に見学させてもらえないものかと、花は目論見を秒速で立て始めた。



 入り口に向かう日向の背を、空は追う。

 あまりに慣れた様子なので、花は「あれ?」と疑問に感じた。


「えっと、青空君さ、ここに来るの慣れてる?」


 気になった花は、本人に聞いてみることにした。


「何回か来たことがあるからな。アルバイトじゃなくて個人的な用事だぜ」


 軽く返事をするが、一学生が玩具会社に個人的な用事とは。

 興味を持ったが、それを確かめる暇もなく二人は目的地へと到着した。


 入り口の自動ドアをくぐると、すぐ右手には受付があり、左手にはショウルーム入り口とかかれた案内板が立っていた。

 

 約束の場所である正面ロビーには、すでに一人の女性が立っていた。

 迷う素振りも見せずに日向は彼女に歩み寄ると頭を下げた。


「おう」と気さくな様子で片手をあげたのは、若い女性であった。


 自身に満ち溢れた立ち姿。

 活力あふれる笑顔を浮かべ、ショートボブの髪は見事に赤く染めあげられていた。

 

 花は思わす『姉貴』や『姉御』という言葉を思い浮かべた。


「こんにちは、今日からお世話になります、先輩」

「今日は、姉御って呼ばないの?」


 二人は知り合いなのかということが一瞬気になったが、『日向君もやっぱり、そう呼ぶよね、分かる』という感情が先に立った。


「今日から新人アルバイトですからね、それくらいの分別はありますよ?」

「新人とかアルバイトとか以前に、我が社の恩人に言われてもねぇ」


 体を丁寧に花に向けながら、女性は会釈をした。


「御手洗さん初めまして、青空君はお久しぶり。姉崎です。二人ともよろしく」

「よろしくお願いします!」


 かっこいい女性のはにかむような笑顔につられて、花は文字通り、花を咲かせたような笑顔になった。 

 同時に『あっ、名前も姉御っぽいな』と思った。


「早速だけど、移動しましょうか?

 それとも、最初ということで展示を案内する?」


 魅力的な提案に、花の心は揺らいだ。

 隣では「御手洗さんに任せるよ」と、日向が視線で語っていた 


「……お仕事の話をお願いします」


 理性を総動員して、花は言った。

 ギリギリの戦いだった。

 隣に日向がいなければ、サークルで十分に熱を発散できていなければ、圧倒的に欲望軍が理性軍を蹴散らしていただろう。


「分かったわ」


 振り返って颯爽と歩き出した姉崎の姿は、色っぽさや可愛らしさとは違う魅力に溢れていた。



     *



 移動しながら、花は二人の会話を聞いていた。


「うちの会社が、奇妙なトラブルに巻き込まれた時に解決してくれたのが、日向君とその幼馴染たちなの」

「ありゃあトラブルとかじゃなく、笑い話ですって」

「それでもうちの会社は助かったんだから……困った時は心技体トリオだっけ?」

「その呼び方は、よしてくださいよ」


 普段は耳にしないような一風変わった内容に、花は興味深々という視線を姉御先輩へと向けた。


「ははっ、時間がある時に御手洗さんには教えるからね」

「お願いします」

「まいったな……」と日向は苦笑していた。


「ここが、しばらくは二人の職場になる場所よ」


 扉の前で、姉崎は歩みを止めた。

 一瞬だけ振り返えると、すぐに両開きの木製のドアを開いた。


「うわぁ」


 その先の光景に、花は驚きの声をあげた。


「へぇ、ハイカラな雰囲気じゃねえの」


 一方で、年齢不詳のアクションを日向は口にした。


 扉を開けるとそこは、ベンチャー企業にある衝立のないオフィスのような雰囲気の部屋だった。

 十人くらいであれば、ゆったりと過ごせるほどのスペース。


 すべて曲線で作られた変わった形のテーブルが二台。

 椅子は適当に持ち出して使うのか、壁際に積み重ねられている。

 

 何より目を引くのは、木製のオシャレな棚に、所狭しと並べられた玩具の数々だった。

 ボードゲームにカードゲーム、バランスでハラハラするようなものに、知恵を使っての木製パズルまで。


 それらは、この会社の歴史の一部であった。


「この部屋が二人の職場、ってことになるのかしら。

 週に三回、三時間づつこの部屋に集まってもらって、議題に沿って色々とアイデアを出すのがしばらくの業務内容。

 メンバーはここにいる三人と、あと一人。抱えているプロジェクトを終えたら来るわ。その子が合流したら色々と動き出す」


「理解できた?」と姉崎は二人の顔を見渡した。


「今は準備期間ってことですね、姉御」

「青空君、早速姉御って言っちゃってるから……まあ、私もしっくりくるから、そのままでいいけど」


 姉崎は呆れた様子で肩を竦めた。


「あの、もう一人のメンバーってどういう人なんですか?」

「アナログ主義なうちの会社の中で、デジタル関係のエースみたいな子ね。人柄は自分たちの目で確かめてね。それって大事なことだから」


 予断は許されない。人を噂ではなく自分の目で見て測りなさい。

 暗にそう伝えた姉崎に、心も姉御なんだなと花は感動した。


「ちなみに今日は、顔合わせ兼、お互いの性格を知るための時間にするつもりよ」

「姉御、自己紹介でもすればいいんですかぃ」


 敬語というよりも、微妙に下っ端言葉になってしまっている日向が手をあげた。

 その様子に、花はくすりと笑みをこぼした。


「そんなことよりも、もっと互いを知る方法があるでしょう?

 ここを何の会社だと思っているの?」


 姉崎は、姉御らしい気風のいい笑みを浮かべた。


「ですよね。」


 視線を周囲にあるゲームたちへと向けながら、花は深く頷いた。


「さすが期待の新人ね。分かってるじゃない」

「ああ、そういうことかい」


 これから何をするのか把握した日向が、ニヤリと笑った。


「そ、それなら、あの『高層ビルのお掃除屋さん~裏のお掃除も大忙し~』を是非。

 絶版なうえに出回った数も少なくて、いつか遊びたいと思ってたけど、どんなイベントやボードゲームカフェでも出会ったことがなかったので」


 ここぞとばかりに花は意見を口にした。


 まさかと、部屋に入った時から気になっていた。

 開発元だとしても、無造作に大したものではないというが如く、こんなお宝が置かれているとは。


 初日から訪れた望外な幸運に、頭の中ではファンファーレが鳴り響いていた。


「……詳しいのね」


 興奮を隠せない花に、姉御は目を丸くした。


「あー、こういう人です」

「そっか、頼もしいわ」


 楽しそうに笑う花を見て、二人は頷き合った。


「えっと……」


 視線に気づいた花は、恥ずかしくなり俯いた。

 呆れてしまっただろうかと、日向の顔をちらりと覗き見た。

 

 そこには、優しい目をした笑顔。


 花は、彼が自らを誘ってくれたことを心から感謝していた。


お読みいただきありがとうございます (*ᴗˬᴗ)⁾⁾


姉崎は昔から色々な人に姉御と呼ばれがちですが、名字のせいだろうなぁと勘違いしています。


次の投稿は明日の昼頃を予定しております。

*申し訳ありません。所用により18時に予約投稿いたします。

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