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第四話 幼馴染と賢者


「ということで、彼女と一緒の職場で働くことになった」


 向かいに座った人物にそう報告しながら、日向は右手に石を握りこんだ。


 目の前の床には十二個の穴が開いた木製ボード。

 その穴たちに、手の中の石を一つづつ落としていく。


「一歩進んでよかったじゃないか」


 話を聞いていた男が、じゃらりと石の音を立てながら同様に手番こなした。

 細身でやけに目力の強い、シャム猫のような顔立ちの青年であった。


『キョウハ、メデタイナ』

「ありがとよ。まあ悪い気はしねぇな」

「……しかし、日向から色恋の話を聞くのはいまだに慣れないな」


 太陽が傾き始めた縁側で、二人の青年は遊戯に興じていた。


 マンカラと呼ばれるボードゲーム。

 複数のゲームが楽しめるのだが、中でもオーソドックスなルールをこなしながら青年たちは雑談をしていた。


「出会ってこのかた、お前が異性の見た目について話しているのを見たことはないし、大学に入るまで色恋の『い』の字も口にしたことがなかったからな」

『ワタシハ、ヒソカニシンパイシテイタゾ』

「へっ、これまでビビッとくる相手がいなかっただけさ」


 友人からの指摘に、日向は照れ隠しの言葉を口にした。


「突然、好きな人ができたかもと言い出したかと思ったら、理由が弁当だからな……」

「サブカルだって、あれをみたら目を奪われるさ」

「弁当にか?」


 サブカルと呼ばれた青年は、疑いの視線を日向に向けた。


「そう、弁当にだよ」


 最初は、ただ綺麗な盛り付けに目を奪われただけだった。

 ところが、次の機会、また次の機会と回数を重ねるごとに、あることに気がついた。


「御手洗さんは、日常にも一生懸命で手を抜かないんだ。

 人に振舞うものじゃないんだぜ、食べる場所だって食堂とかじゃなく、人のいない広場だ」


 たまに昼食をともにする相手も、同級生のサークル仲間である。

 日向にしても、それらを目にしたのは偶然である。本来であれば、誰の目にも触れずに、ただ胃の中に入るものであるのに。


「最初は料理好きなのかと思ったんだけどなぁ、本人曰くは不器用だから上手く手を抜けないだけだって、むしろ恥ずかしそうにしてたよ。

 俺は素直に尊敬したね。信頼できそうな人だなぁって思ったぜ」

「……何度も聞かされたよ、その話は。これも一風変わった惚気話なのか?

 まあ、日向らしくていいとは思うが」

『ウム、ソノトオリダナ』


 微笑ましいものを見つめるような二つの視線を受けて、日向は照れ隠しに代わりに頭を掻いた。


「って……いや、これやっぱ、おかしいよな?」

「どうした、サブカル」

『ナニガオカシイノダ?』

「だってこれさ、完全に会話になってるよな?」


 サブカルこと軽井沢かるいざわ三希みつきの言葉は、日向の隣で首を傾げる小さな存在――九官鳥に向けられたものだった。


「そりゃ、キューさんは九官鳥だから喋るだろう?」

『トウゼンノハナシダナ』


 漆黒の羽が美しい、目に知性を宿した……目以外にも知性を宿しまくった自称・・九官鳥である。


「ほらぁ……おかしいって。喋るってこういうことじゃないだろ?」

「へへっ、サブカルよぉ、三日に一回は同じことを言うよな。人生で千回はその台詞を聞かされてるぜ」


 困ったやつだと日向は笑った。


『ミツキヨ、コマカイコトニコダワルト、ビッグナオトコニハナレンゾ』

「絶対に限界突破してるから、キューさん。小さい頃は、賢い鳥もいるもんだと思ったけど。この年になればさすがに普通じゃないって分かるだろ?」

『カシコイ……フフッ、アマリホメテクレルナ』

「とはいえ、事実喋ってるからなぁ……」


 目の前に存在するものを否定することはできない。日向の考えは単純ではあるが真理でもあった。


「俺の衝撃を共有してくれる、常識ある誰かは存在しないのか……」


 日向ともう一人の幼馴染、それから本来のこの家の家主である老夫婦も、キューさんの存在をあるがままに受け入れていた。

 三希だけが、頑なにその存在の特殊さを訴え続けていた。


「サブカルよぉ、そうやって騒ぐわりに、キューさんのことをSNSや動画サイトとかに投稿したり、どっかの学者さんに相談したりはしないよな?」

「はっ、そんなことしたら、変なやつに興味をもたれてキューさんが困るだろう?」


 馬鹿なことを質問するなと、三希は鼻で笑った。


『ホウ……』

「それに面倒臭いのが嫌なだけだ」

「へっ、サブカルはやっぱいいやつだな」


 言葉通りに面倒くさそうな顔をした幼馴染に、やはりこいつは自慢の友人だと日向の胸は暖かくなった。


「まあ、日向の恋の話に戻るが、アルバイトの行きかえりに食事とかくらいは誘いやすくなるんじゃないのか?」

「うーん、そういうのはちょっと。御手洗さんの時間を奪うつもりはねぇんだよなぁ」


 日向の中で花は、その名の通り高嶺の花というやつである。


「なぜだ、せっかくのチャンスだろうに」

『ヒナタヨ、コウゲキヲセネバ、イツマデモシロハオトセナイゾ』

「だってよ、キラキラしてる彼女の邪魔をしたくはねえだろ?」

「邪魔?」『ジャマ?』


 一羽と一人が、同時に首を傾げた。


「例えば、あくまで例えばだぜ、彼女をデートに誘うとするだろう?

 すると俺とのデートの時間分、彼女はアナログゲームに関われなくなるじゃねえか」

「ふむ……」


 日向から彼の想い人が、重度のアナログゲーム好きであることを聞いている三希は、一理あるかと納得した。


『アナログゲームヲ、イッショニアソブダケノデートナラバ、フタリトモマンゾクナノデハ?』


 賢者な鳥が、バサリと羽を広げながら起死回生のアイデアを口にした。


「ああ、それはいいアイデアだ。キューさん」

「……ありだな」


 喜ぶ花の顔が目に浮かぶ。悪くない案だと日向の心は速攻で揺らいだ


「……ま、まあ、それも、もうちょっと親しくなってからだな」

「珍しくヘタレたな」

『フッ、ウイウイシイナ』


 幼馴染からの指摘に、日向は誤魔化すように話題を転換することにした。


「あれだぜ、サブカルも誰かに惚れちまったら、いくらでも相談にのるからな」

「ふっ、俺の恋路に他人の力は必要ない攻略サイトの助けは借りてもな」


 力強く三希は言い切った。


「そもそもだピンクの長髪で、胸が大きくておっとりした性格で、特徴的な語尾で喋る女子が三次元にいるはずはないからな。

 日向やキューさんの力を頼る機会はないさ」

「サブカルは、、あっさりと現実の女性を敵に回す発言をするよな」

「別にいいんだよ、三次元の女性に何と思われようがな」


 軽井沢三希、重度の二次元愛好家(スキー)であった。


「まあ、サブカルが楽しそうなら、それでいいさ」

『フッ、ワカモノドモヨ、オオイニコイヲスルガイイサ。ツライコトガアレバ、キューガナグサメテヤロウ』

「……やっぱ、おかしいって、キューさん」


 楽しそうな二人と一羽の姿を、綺麗な夕焼けが染め上げていた。


お読みいただきありがとうございます (*ᴗˬᴗ)⁾⁾


キューさんは、日向たちと出会って10年目になります。


次話は明日の昼頃を予定しております。

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